黒葛原深弥美:最終話 ハイスペック
「ただいまー」
普段だったら、俺が帰ってきたら深弥美さんはすぐに返事をくれる。
しかし、今日は静寂に包まれているだけだった。
「深弥美さーん?」
ピンクのエプロンに包まれて俺の事を出迎えてくれる深弥美さんはどこに行ってしまったんだ?
両親がこの家にはいないからな。三年になって、深弥美さんと一緒に暮らし始めた。最初はばれるかなーと思っていたけれど、両親は一切気付く様子が無い。
おっと、今は深弥美さんだ。
俺は胸騒ぎを覚え、名前を呼びながら廊下を抜け、リビングに辿り着いた。
「ん?」
廊下に転がっていたのは破けた黒衣と、刃が折れた鎌だ。
「明日は大学の卒業式だって言うのに……どこに行ったんだろ?」
深弥美さんのケータイに電話を入れてみる。
「繋がらねぇ……」
俺と深弥美さんの部屋に入る。すると、そこには鋭利な刃物で真っ二つにされた深弥美さんのケータイが床に落ちていた。
「……何かあったのか?」
破けた黒衣、刃が折れた鎌、壊れたケータイ……どういう事だ?
「虫の知らせか?」
嫌な事が起こりそうだ……いや、既に終わった後だろうか?
「こういうときはここを確認だな、うん」
真っ先に確認したのは深弥美さんに内緒で隠したエロ本だ。
「深弥美さんの本棚にまさかエロ本が仕込まれているとは……彼女も気付くまい」
本棚に仕込まれたエロ本を確認する。
本を抜き取った後に現れる壁、そして取りつけられたつまみを外すとそこには俺の楽園があるはず……。
「うああっ、『気になるあの子は天使っ子~天使と俺の十八禁~』が何か鋭利なもので切り裂かれてる!」
はっ! 殺気!
悲しみにくれる暇もなく、俺は恐怖に震えながら、後ろを振り向いた。
「……冬治」
そこには、死神が……立っていた。
「ど、どこにいたんだ?」
「……トイレ」
「鎌が壊れてたぜ? てっきり他の死神に襲われたのかと思って心配してたんだ」
「……直した。それを切る時に力を入れ過ぎて、壊れた……あと、嘘はいけない」
暗い笑みだった。
「こ、黒衣も切ったのか?」
「……それにたいしての憤りで……力任せに、引きちぎった」
指差す先には俺のエロ本がある。
「その、黒衣ってさ、ミサイルの直撃にも耐えるんじゃなかったけ?」
「……むしゃくしゃして、やった」
近寄る深弥美さんに俺は素直に土下座するしかなかった。
「いや、どーしても、こういうお年頃なんです。ご理解、頂けますか?」
必死と必殺って似てるよね。
必殺技って格好いいけれどさ、必死技ってもうなりふり構っていられない……つまり、土下座は必死技に分類されると思う。
俺の得意技さ!
「……うん」
「理解していただけましたか! それはようござんした!」
「……でも、それとこれとは、別」
「ですよねー」
深弥美さんが本気になればどうなるか、知っている俺はかなり手加減してもらったのだろう。
「深弥美さん機嫌直して」
「……あれ、してくれたら」
「あれ?」
あれって、そんな、俺達まだ学生ですよ。
「……えっち。そっちじゃない」
「たとえ女の子といえどグーで殴るのは痛いよ」
深弥美さんの場合は性別関係ないからな、うん。
「……早く、キス、して」
「わかった」
目を閉じ、顔を近づける。
動作は慣れているけれど、未だに胸がドキドキしっぱなしだ。慣れない彼女にそっと口づけを施した。
「本当は、あんな恰好を……天使の姿をした深弥美さんを見たいだけなんだ」
「……え?」
「黒衣もいいけど、あれも絶対に似合うよ!」
「……考えとく」
深弥美さんの考えとくは九割期待していい。
それから三日後、俺の深弥美さんアルバムは一気に枚数が増えたりする。
子供が出来た時にでも、コスプレした母親の姿を見せてあげようかなー……そう思った。
死神に幸せにしてもらうなんて、転校してきたときは思いもしなかった。
「……冬治」
俺は後ろから深弥美さんを抱きしめると、一緒に窓の外を眺めてみた。
雲なんて一つもない、真っ青な空……ではなく、今にも雨が降りださんばかりのお天気だ。
「青空、一緒に見たかね」
「……そう? それなら……任せて」
改めて思う。俺の彼女はスペックが高すぎると。




