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黒葛原深弥美:第十二話 過ぎたるはなんとかこうとか

 二学期期末も近くなってきた……寒いし。

 一学期末に屈辱を受けた身分としては今回の成績で挽回したいと思う。

 ま、それもまだほんのちょっと先の話だ。今は、深弥美さんとのお昼ご飯を楽しみたいね。

「そろそろ屋上で昼飯食べるのも寒くなってきたなぁ……」

 しみじみ呟いてみる……寒いし。

「……寒い?」

「ああ、寒い」

「……そう」

 隣の席でサンドイッチを食べていた深弥美さんは俺の隣で微笑んでるだけだ。

 他人に見られながら昼飯を食べるのは何とも気分が悪い。

 深弥美さんの視線を感じながらご飯を食べ終えると深弥美さんが抱きついてくる。

「あ、待っててくれたんだ?」

「……うん」

「待ってくれなくても良かったのに」

「……行儀が、悪い」

 深弥美さんの言葉ももっともだな。食事中にいちゃついていい行為は……あーんぐらいだ。

「ねぇ……温かい?」

「うん、凄くいいよ」

 最近は深弥美さんからこうやって抱きついてきてくれる事が多くなった。

 人目を忍んでこの前までは抱きついてきたりしていた…それが、今では積極的にいちゃついてきているのだ!

「でもさ、俺は深弥美さんに抱きつかれて温かいけど、そっちが寒いんじゃないの? 俺、体温低いからさ」

「……じゃあ、こうする」

 言うが早いか、俺の胸に自分の顔をこすりつける。俺の両胸に手を添えて、鼓動を聞いているようだった。

「……鼓動、速い」

「そ、そりゃあね。速くなるよ……抱きしめていい?」

「……好きにして」

 屋上でいちゃついているのは何も俺達だけではない。でも、間違いなく言える事がある。



 どこのカップルよりも、我々が一番幸せだ!



 そんな馬鹿全開の状態で、図書館へと向かう。

 期末テストが近いから深弥美さんと一緒に勉強するためだ。いや、深弥美さんに教えてもらう為である。

 深弥美さんはそれほど成績がいいわけではないそうだ。

 しかし、他のクラスメートや一年の頃の面子に聞いたところ、跳び跳びで全科目満点をとったり、ジャスト赤点を採るそうな……つまり、実際のところは良くわからない。

 中間テストで、彼女は事前に満点を取ると宣言し実行していた。

「あのさ、期末でオール満点って、採れる?」

 どうでも良さそうに深弥美さんは教科書を閉じた。

「……冬治が、望むなら」

「へぇ、すげぇ。愛する彼氏のお願いなら、何でも聞けるってやつかぁ……」

 感慨深げに俺が頷いていると、深弥美さんは珍しく笑っていた。

「……こっちが望んでも、冬治は満点取れない。つまり、冬治が愛していると言うよりもこっちのほうが愛する気持ちが……強い」

 その目に迷いなんて無かった。

 確かに、確かに……深弥美さんが俺に全教科百点取ってほしいと言っても……多分、採れやしないだろう。

 でも、それでいいのだろうか?満点は採れずとも、努力は出来るはずだ。

 はっぱをかけられたような気もする……罠とわかっていても、人は突撃しなくてはならない時がある。それが、おそらく今だ。

 これは彼女なりの挑戦なのだ。

「……告白はされた、でも、冬治のお願いは聞けても、冬治は……お願いを叶えてくれなくてもいい」

 何だか、暗に俺はお願いを聞いていない、深弥美さんに甘えているだけの存在だと言われた気がした。

「俺は……深弥美さんの事が好きだよ。だから、満点採って見せるさ」

「……冬治と、紆余曲折を経ても……一緒に入られるのならそれでいい。貴方が、無理をする、必要ないから」

 静かに伸ばされた手は俺の手をしっかりと掴んでいる。

「俺は、深弥美さんには……負けたくない」

「……冬治の事、好きだから。こっちも、譲るつもりはない」

 ここが図書館じゃないなら思いっきり抱きしめていた……ではなく、宣戦布告していたところだ。

「っと、俺は図書館に勉強しに来ていたんだった」

「……そう、忘れちゃ駄目」

「深弥美さんをみていると全部忘れそうになるよ。いや、待てよ……期末テストよりも深弥美さんとだらだらいちゃいちゃしていたほうが未来のためになるんじゃないのか?」

 深弥美さんの手を掴もうとしたら避けられて、数学の教科書を渡される。

「……愛してるって、証明してみせて」

 深弥美さんはどうやら俺に勉強しろと言いたいらしい。

 ふぅ、そうだな……やはり、宣戦布告は必要だな。

 たとえ、図書館の司書がうるさかろうと、こういう勝負というのは乗り越えるべき試練なのだ。

 人は闘うために生まれてきたと、エロい人も言っていた。

 闘う理由は様々だ……守るため、奪うため、己の力を誇示するため。

「深弥美さん……俺と勝負しよう。勝ったほうが相手に好きな事をお願いできる。これでどうかな?」

「……ありがち。それに、冬治が望めば……お願いは全部聞く」

 やったね!

 いやいや、待て待て、俺!

「深弥美さんのほうが俺より愛が深いと言うのなら……俺はそれを超えて見せるぜ」

 しばらく深弥美さんは迷っていると、頷いてくれた。

「……後悔、する」

「全教科で勝負だからね。あ、深弥美さんはオール満点とってよ」

「……冬治が、全てで満点をとっても、それじゃ勝てない」

 頭は大丈夫かという視線を向けられた。

「い、いや、知ってたよ? 俺がたとえ、満点採ってもそれじゃあ良くて引き分けってさ? う、うん。ただちょっと……ボケて見せただけさ」

 笑いもとれる、彼氏だって……思っただけなんだからね!

「……ハンデ、一つだけ九十九点をとる」

「わかったよ……ちなみにさ、宣言通りの点数採るなんて芸当、何で出来るの?」

「……死神パワー」

 こんな出鱈目な事、深弥美さんじゃないと出来ない芸当だな。

 それからは俺は、毎日勉強することにしたのだった。勿論、毎日いちゃつきながらの勉強だから……深弥美さんに足元をすくわれそうだがね。

 そして、ようやく始まった期末テスト。

 配られたテスト用紙を見て、俺は自然と笑みがこぼれてきた。

「……ふ、へへへへ……」

 わかる、わかるぞ……問題が全部、わかる。

 空白も回答欄に答えが浮かびあがってきているような気がする。

 名前を書いていなかった、回答欄が一つずつずれていた、回答欄に『深弥美さん好き!』なんて書いてみたかったけど、書かなかった。

 途中、何か面白い事が起こるわけもなく、俺は無事に期末テストを解き続けた。

「……どう?」

「ばっちりだよ」

 最終日、全てを終わらせた俺は満足した。

 久しぶりに頭が活性化してくれたおかげか……これはもしかしたら、もしかするかもしれない。自己採点じゃ間違いなくオール満点だ。

 良く自己採点じゃプラス何点ってあるけど……きっちり解いてないだけか、簡単なミスだ。

「保健体育や家庭科も完ぺきだったよ」

「……将来が、楽しみ」

 ぽっと頬を染める深弥美さんに俺も顔を赤らめるしかない。

「ところで……どれを九十九点とったの?」

「……数学」

 数学と言うと、四季先生か。まぁ、あの先生が作る問題なら比較的とりやすいからなぁ……点数操作もしやすいか。

 休みを挟んで(期末テストが終わったから深弥美さんと一緒にデートしか、してないね!)答案が返ってくる。

「……今のところ、同点か」

「……数学がある、冬治の勝ち」

 すでに他の生徒たちで満点を継続して取っている奴はいない。

 俺と深弥美さんが学園トップを争っている状態だ。周りからも俺を見直す声や視線を受けた(地球の終わりだ! なんて叫んだ奴は爆発しちまえ)。だが、そんな事はどうでもいい、俺は深弥美さんが手加減をしている状態で負けているのだ。

「よし、数学も満点」

 帰ってきた答案には四季先生の可愛らしい花丸が添えられている。

「深弥美さんは?」

「……満点じゃ、なかった」

「そっかぁ」

 俺は自分の勝利を確信した。

 深弥美さんは満点ではなかった……つまり、約束通り九十九点を採ってくれたのだろう。俺は、全て満点だ。

 さーて、何をお願いしようかなぁ……。

「……ごめん、冬治」

「え?」

「……勝ったのは、こっち」

 ぽつりと深弥美さんが言葉を吐いた。

「……百、一点」

「え?」

 見せてもらった数学の答案……最後の問題、いくつかの部分点で構成されている問題だ。その一部に『冬治大好き』と書かれている。これは当然ながらマイナスポイントだろう。

「はーい、みんな座って! こほん、先生は感動しました……今回のテストは難しくしたつもりだったんですよ。それでも、このクラスに二名非常に優秀な生徒がいました。学園内でも噂の、仲良しのカップルですね」

 四季先生の目は熱っぽい……感動しているようだ。

 一体、四季先生は何故……百一点等という不可思議な点数を与えたのだろう。

「一人は……一生懸命最後まで何度も見直し、頑張っていました。もう一人は十五分で全部の問題を解いています。残り時間、ずっと頑張っている男の子の背中を熱っぽく見つめていたのです。小声で、冬治、頑張れって呟いていたんです。それを聞いて、先生……いたく感動しました!」

 涙を流す先生と、唖然とする俺。深弥美さんは頬を真っ赤にし、完全にそっぽを向いていたのだった。

 イレギュラーな事態が起きた。それでも、負けは負けだ。

「……予測不能だった。ごめん」

 謝ってきた深弥美さん。しかし、俺の胸はちっとも残念だとは思っていなかった。

 ……ま、バニー深弥美さんは今度の予定にしておくさ。くそー、バニースーツまで揃えたって言うのにな。

「いいよ、深弥美さんの勝ちさ」

 今、俺と深弥美さんは屋上に居る。

 寒いけど、二人一緒だ。心は温かい。

「さ、約束だよ。俺に願い事をしてほしい。天の川や神様じゃないけど……絶対に叶えて見せるぜ?」

「好きって、言ってほしい」

 いつものように、変な間を開けることなく彼女は俺に告げるのだった。

「そんなのお安い御用だ。もっと他の事じゃなくて……」

「一生、言ってほしい」

 意地悪そうな深弥美さんも可愛いもんだ。

「それこそ、お安い御用だよ。俺は深弥美さんの事が大好きだからね」

「……うん、知ってる」

 俺と深弥美さんがもしも、喧嘩をしたらその時は……泣いて謝って土下座して許してもらおうと思う。

 俺が死んだ時は、深弥美さんに魂でも何でも刈ってもらおう。それから深弥美地獄に落としてもらおう。

 俺にとってそこは間違いなく天国だ。

 寒空の下、何度やったかわからないキスを俺たちはしたのだった。


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