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黒葛原深弥美:第十一話 うそつきさん

 秋にある行事と言えば、何だろうか。

 紅葉狩りしか思いつかない俺は秋とは無縁の日々を送ると思う。

 秋に行われる修学旅行で、俺と深弥美さんは同じ班だった。席が左隣だからね、超ラッキーだよ。

 ちなみに、向かった先は奈良だ。

 班行動だったはずが、それぞれ彼女がいたり、彼氏がいたのでばらける事が出来た。時間になったら集合という計画で俺は深弥美さんと一緒に鹿を見に行くことにした。

「鹿いねぇ」

「……うん」

 途中、道に迷って山に向かって……只今遭難中だ。

「……多分、この先」

「そっかぁ……」

 奈良なんて来た事無いので道がわかるわけもない。ましてや、山の中なんてハイキングにいかない俺からしてみればさっぱりだ。

 秋は冬の前、つまりは冬こもりするため、熊が食い貯めしたりするよな……奈良に熊っているんだろうか。

 しかし、こちらには深弥美さんがいる。彼女は死神だ。いざとなったら何とかできるんじゃないかな。

 こうやって楽観的な物の考えが出来るのも、深弥美さんと一緒にいるおかげだ。

「……冬治」

「ん?」

 早速、熊が出てきたのだろうか?

 俺の裾を引っ張る深弥美さんの指差す先を見た。

「……鹿が、いる」

「え? ああ、まぁ……本来の目的は果たせたかな?」

 二人で鹿をみるつもりだったから、結果オーライだ?

 鹿なんて最後に見たのはいつだっただろうか……多分、図鑑で見たのが最後だったかな。

 でも、鹿って二メートルは超えてないよなぁ……あの鹿、俺より身長あるんだけど。

「へぇ、さすが本場の奈良の鹿……こんなにでかいんだねぇ」

 アメリカに行くとハンバーガーが超でかいらしいからな。本場は違うんだろう。

「……そんなわけ、ない」

 そうだよねぇ。

 鹿はこちらを一瞥すると去って行った。

「……大きな鹿を、材料に鹿煎餅を作るのかな」

「深弥美さん、鹿煎餅の材料は多分鹿じゃないよ」

「……ボケてみた、だけ」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向く深弥美さん。

「深弥美さんっ……くっ、駄目だ! 納めなくては! この瞬間を写メに納めなくては!」

 カメラとケータイで撮ってしまうほどの可愛さ。

 俺がもし、行き倒れたらこの写真を連れて行くぜ。

「よーし、ばっちりだ!」

 きっちり撮れているか、確認してみた。

 うん、これは近年まれに見る手ごたえ。

「……消して」

「いやん」

「……消してっ!」

「はい!」

 人が近くに居ないからって、鎌を振り回そうとしなくてもいいじゃないですか……。

「で、デリート! ほ、ほら、消しました!」

「……うん」

 しかしね、俺もただでは終わらんよ。

 カメラの方は深弥美さんが恐くて消したけど、ケータイの方はうちのPCに送っておいたぜ……ぐへへへ、自宅に帰ってじっくり拝ませてもらおうかな。

 それから三十分後、何とか俺たち二人は下山する事が出来た。そもそも、山と言えるかどうかわからないちょっとした丘で迷子になっていたようだ

「……ついた」

「さすがに疲れたなぁ。ちょっと飲み物買ってくるよ」

「……うん」

 自販機を前にして俺はある事を考えた。

 炭酸が嫌いだと言う深弥美さんに以前、炭酸を渡してしまった事があった。

 深弥美さんは口に含んだ瞬間、目を白黒させた後……俺の顔に思いっきりぶちまけてくれたのだ。

 あの時の申し訳なさそうな深弥美さんの表情を撮る……いいチャンスではないか?

 俺は先ほどの写真の件もあったので、迷わず炭酸を押すのだった。

「はい」

「……これ、炭酸入ってる」

 まぁ、有名な赤色を見れば誰でも気付くわな。かなりずさんだったか。

「あれ? ばれた?」

「……意地悪」

 そっぽを向かれて本気でしょんぼりとされてしまう。

 まさかここまで気を落とすとは思いもしなかった。

「これには、これには深いわけがあるんだよっ! 深弥美さんの申し訳なさそうな、何とも言えない表情を撮りたかったんだ」

「……そんなの、撮って……どうするの?」

 至極まっとうな疑問だ。

「一人で見てにやにや……ううん、深弥美さんの表情アルバムを作りたいんだ!」

「……ダメ」

「ちなみに、『深弥美さん笑顔ファイル』は既にあります。ほれ、この通り」

 深弥美さんに渡して見てもらう。

 すぐさま、顔を真っ赤にして突き返してきた。

 うん、本人も納得してくれるほどいい具合に出来上がってたか。

「……いつの間に」

「んー、付き合い始めてすぐかなぁ……友達に『お前の彼女は無表情で無口だろ』って言われて否定するためにね。でもねぇ、これを作った途端、俺は見せるのが惜しくなっちゃったよ。誰にも見せずに大切に持ち歩いているんだ」

「……ば、ばっかじゃ……ないの?」

 これまた、珍しい表情である。こうやって稀に口調が雑になる。これが、たまらなく可愛いんだよなぁ。

 つい反射でカメラのシャッターを押してしまう。

「……やめてよ。普通だったら、ツーショットを撮るんじゃ、ないの?」

「え? 俺が写真に写る? 俺は俺なんか撮るより、深弥美さんを撮りたい」

「……ツーショットが、欲しい。まだ、一つも無い」

 言われてみればそうだった。

 俺の部屋には一応、深弥美さんのアルバムが置いてある。勿論、ストーカーさんが部屋一面に張り付けているような代物ではなく、きちんと許可をもらった(もらってないのもあるが)物ばかりだ。

 ま、深弥美さんのアルバムという事で俺の写った写真は一切ないがね。

「じゃ、たまには一緒に撮ろうか」

「……うん」

 道行く観光客の一人を捕まえて、俺と深弥美さんは並ぶ。

「はい、チーズっ!」

「……んっ」

「え?」

 初めてのツーショットは、深弥美さんが俺の頬にキスをしてくれると言う……実にすばらしいものだった。

 これは一生の宝もんだ、と深弥美さんに言ったらやっぱり消してくれと言われ、カメラから消去されてしまった。

 後日、深弥美さんは俺のカメラをじっと見ていた。

「……あの時のツーショット」

「え? ああ、深弥美さんが恥ずかしいからやっぱ消してって言った奴ね?」

「……惜しい事をした」

 彼女なりに勇気を出した事だったんだろう。

 俺は積極的な深弥美さんも好きだったりする。

 少しだけ、いいや、かなり落ち込んでいる深弥美さんの机の上に、俺はあの時のツーショット写真を載せた。

「え……?」

「消去なんてしてないさ。あれはフリだよ」

 俺はそう言って、間の抜けた深弥美さんの表情を写真に収めるのであった。


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