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黒葛原深弥美:第十話 あれは事故である

 二学期も始まったある日、深弥美さんと別れて俺は一人さびしく、家に帰っている。

「あーあ、二人で一緒にいるときはすげぇ楽しいんだが……一人になると寂しさの反動がやばいな」

 こういう時に『深弥美ちゃんスペシャル』(写メのアルバム名)を眺めながら歩くんだけどな(注意:ながらケータイはとても危険なため、良い子のみんなは真似しないでね)。

 住宅街に差し掛かったところで、空気が変わった気がした。

 お疲れの雰囲気を纏った夕暮れ、人生の黄昏時を感じさせるものになったのだ。

「ああ、葬式か……」

 どうやら、黄昏時じゃなくて夕闇だったようだ。

 ちゃんと色は付いているはずなのに、何故だか白くの世界に迷い込んだ気持ちになる。

 白黒の家の前で喪服の人たちが集まって何やら話をしている。

「歳だったもんねぇ」

「大往生だよ」

「でも、おじいちゃん……ぐすっ」

 高齢の男性が無くなったようで、泣いている人もいた。

 全ての人間が望む、望まないに関わらず必ず行きつく結論だ。

 俺にだって何十年か先にやってくる事柄だ。

 ま、あれだ。絶対死ぬんだから死ぬ前には楽しい事を経験して、死んだ後に『いい人生だった』と思いたいもんだね。考える暇があるのかは死んだ事が無いからわからないがね。

 場違いな人間なのはわかっていたので、さっさと通り過ぎようとすると、誰かの視線を感じた。

「深弥美さんか」

「……冬治」

 家の中から深弥美さんが出てきた。

 黒衣で、大きな鎌を持っている。

 白黒の世界の住人の気がした。

 他の住人たちである、喪服の人達は誰ひとりとして、深弥美さんを見ることはしなかった。

 闇を纏った、その格好について突っ込みすら入れやしない。そもそも気付いていないのだ。

 それならなぜ、俺には深弥美さんが見えるのか……簡単だ、俺は深弥美さんの彼氏だからである。

 以前、似たような事があった時、深弥美さんは俺の前から逃げ出した。

 思えば、あれから一時、深弥美さんは俺を避けていた気もする。そして、俺は変な夢を見始めた。

 少しだけ、またあんな夢を見始めるのだろうか……そんな考えが頭をよぎった。

 そして、すぐさま打ち消された。深弥美さんとの仲はかなり良好だ。

「どうしてここに?」

「……用事が、あったから」

 今日は逃げずに俺の方へと歩いてくる。家から出ると、彼女の服装は黒衣から制服へと変わっていた。

「話したい事があるの」

「え? あ、ああ……」

 俺の腕を引いて、その場から離れるのだった。

 それから俺たちは場所を変えた。

「意外と入れるものなんだなぁ」

「……まだ、残っている先生達がいる」

 俺と深弥美さんは学園の屋上に来ていた。もちろん、勝手に入らせていただきました。

「あのさ、先に聞いておくけど……もしかして俺何か悪い事をしたかな? 愛想尽かされちゃった話?」

 まさかの物別れシーンに移行したのかと思っちまう。

 何せ、彼女との間にあまり日常は通用しなさそうだからな。

「……そういう、話じゃない」

 否定の言葉が出て、俺は半分冗談で言っていたものの、胸をなでおろすしかない。

「よかったー……じゃあ俺は別に気張らなくていいってわけか。ほっとしたぜ」

「……気張るのは、こっち……実は死神なの」

 深弥美さんは間を開けるでもなく、いきなりそんな事を言いだした。

 俺はさっき言ってもらった言葉を頭の中で理解する。

「深弥美さんが……死神?」

「……うん」

「ああ、だから黒衣で死神なのか」

 ぽんと手を叩くとちょっと呆れられた。

「……それだけ?」

「え? あ……そんなわけないよ?」

 やばい、これはあれだ。

 彼女がいきなり魔法少女だと告白する……私、実は魔法少女なの……へぇ、ふぅん、そうなの? あっそ、だから何? 俺、そういうのに興味ないから。

 そして、よくわからんが不仲になってそのまま破局!

 お互い無言になって夜空を見上げる。

 静かな空気、俺の心は今、かなり必死になって会話の糸口を探している。

 驚いていないわけじゃないよ? そらぁね、それなりにはびっくりしてるさ。でもね、彼女と一緒に夜の学園にやってきて、二人仲良く並んで夜空を見上げられるんじゃないか……そんな気持ちだったから何だか、拍子抜けしちゃったのさ。

 流れ星を確認し、俺は適当な質問を投げることにした。

「死神って、なにするの?」

「……」

 すぐに返事はない。

 よし、とりあえず俺の言葉に対して深弥美さんは考えてくれている……つまり、俺はちゃんと死神に対して興味があると思ってくれているんだろう。

 ぶっちゃけ、死神なんかに興味はない……興味はないが、死神姿の深弥美さんは可愛い。彼氏目線だからか、更に可愛く見える。

 俺が脳内で『いや、待て、きぐるみ姿も意外といけるぞ』と、考え出したところで深弥美さんが喋りはじめる。

 さすがに、妄想するのも辞めて深弥美さんを見つめた。彼女の表情は至って普通だ。自分の心の奥底を見せないように努力しているらしいがね。

「……残ってる、魂を消すの」

「ふーん?」

「……この鎌で」

 渡された鎌はとても軽かった。

「軽っ」

 瞬きをすると、不思議と手になじむ大鎌がその姿を消していた。

「あれ?」

 気付けば、無くしたと思った鎌は深弥美さんの手に収まっている。

 マジックか何かか?

「……こっちの服は」

 服というより、マントを纏っただけのようだ。闇から伸びる、白い足が色っぽかった。下は何も着ていないんじゃないか、と不安になってしまう。

「……死神の姿を見た者に不幸をもたらすの」

「不幸だって?」

 俺が夜中にこんな深弥美さんを間近で見たら悶々として眠れなくなって逆に幸福……ああ、次の日、寝不足で苦しむのか。

「……真面目な話、してる」

「はい、すみません」

 さすが、深弥美さん。

 怒った顔も可愛いですよ。

「……波長が合いすぎると、夢の中に……死神が出る」

「へぇ、そうしたらどうなるの?」

「死神に魂を持っていかれてしまう」

「夢の中……って、もしかして俺が深弥美さんに会った後、俺が見た夢は……」

「……うん、ごめん」

 俺は確信してしまった。

「つまり、俺と深弥美さんは相性抜群って事だな?」

「……え?」

 目をパチクリとする深弥美さんに俺は続ける。

「ああ、なるほど、あの時深弥美さんは俺に黒衣の影響がないように慌てて逃げたって事か。そうだよね?」

「……そう、だけど」

「深弥美さんって優しいんだなぁ……俺が死神ならそのまま魂を取っちまいそうだ」

 何故かガッツポーズをする俺。

「……あまり長い間、死神の夢を見続けると、こっちで、苦しむ」

 こっち……現実ね。

「言われてみれば、深弥美さんの夢を見始めてからずーっと夢見心地だったなぁ。起きてるときは本当、辛かったぜ。あのままだったらもしかしたら、気がくるっていたかもしれないな」

 軽い冗談を言ったつもりだった。

 深弥美さんは大真面目で頷いている。

「……いずれ、そうなっていたかもしれない」

「マジッすか」

「……だから、冬治を殺そうとした」

 そう言われてもピンとこない。

「えっと、どこら辺で? 何度も萌え殺されそうにはなったけども」

「……最初の夢で」

「最初ぉ?」

「……威厳たっぷりで、黒衣をみた家から出て……冬治を、殺めようとした」

 そんなことされそうになっただろうか。鎌を振りかぶられた事も無いぞ。

「威厳たっぷり? あれ? そうだったけ?」

「……そう、でも、冬治が転んで、押し倒してきた。胸を……」

「あれは事故だ!」

 たとえ、彼女になったとしてもそういうところはちゃんとしておかねばならない。

 身体が目的で付き合っているわけじゃないしな。

「……わかってる」

 深弥美さんはそれから夢の中での出来事を語ってくれた。もちろん、俺はその事を知っている。

「……夢の中でキスをしていたら間違いなく、冬治は死んでた」

「深弥美さんにキスして死ぬなら本望だよ」

 そう言うと結構強めに叩かれた。

「……約束した」

「覚えてる。それに、これは冗談じゃないよ。本気だ」

 俺の目をじっとみて、深弥美さんはため息をついた。

「……わからずや。嫌い」

「嘘嘘、嘘です! 深弥美さんに嫌われるんなら、前言撤回余裕だよ」

「……じゃあ、何で約束を、破ったの?」

「それだけ俺は、深弥美さんの事を想ってるんだ。最後に好きな人と口づけを交わして、死ぬのなら悪くないかなーって……」

「……馬鹿、説明になってない」

 困ったもんだと深弥美さんはまたため息をついていた。そんな深弥美さんを俺は抱きしめる。

「深弥美さん、好きだ」

「……ずっと、近くに居る」

「うん、ありがと」

「……死んだら……冬治の、魂を刈る」

「お願いするよ……あのさ、それでさっきの言葉は……プロポーズ?」

 抱きしめている深弥美さんを見ると恨めしそうな顔をされた。

「……冬治は、空気が読めない」

「ごめん」

「……会った時から、胸を揉んできた」

「あれは事故だ!」

「……そう言う割には嬉しそうな、顔をする。無意識に、やってるのかも」

「ぐっ……」

 くそ、結構やらかしてきているから否定できない。

 俺は深弥美さんを抱きしめ、彼女はくだらない会話を続けてくれる。

「……プロポーズは、冬治の方からして欲しい」

「えっと、深弥美さんっ俺と結婚してくれ!」

「……まだ駄目。一応、学生という、身分」

 俺のプロポーズはあっさり断られたのだった。


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