黒葛原深弥美:第八話 消えたお約束
深弥美さんと付き合うようになって、必須と言えるイベントが回避されまくっていたりする。
そう、曲がり角でぶつかって押し倒し、胸を間違って揉んでしまう事だ!
「……どうしたの?」
そんな俺の気持ちを知らない深弥美さんはこっちを見て首をかしげた。
「横顔を眺めて、歩くのもさ……何だか日常になってきたなーって思っただけだよ」
こうやって俺の隣を深弥美さんが歩いているのなら、そらぁ、彼女にぶつかって押し倒す事もないのだ。
隣を歩いている……まさかこれほど確実で安全なイベント回避方法があるとは転校してきたばかりの俺が知る由もない。
深弥美さんとぶつからないとはいえ、曲がり角で女の子にぶつかりそうになる事はある、
「……待って」
「ん?」
しかし、曲がり角で俺が女子生徒に接近すると女の勘が働くらしい。
俺が相手の女子生徒とぶつからないように深弥美さんが防いでくれるのだ。
ま、今の俺には深弥美さんがいるからな。彼女がいてくれれば、他の女子なんてどうでもいいのさ……ちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ、惜しい気もするけどな。
告白チックな事も当然深弥美さんが回避してくれる。何だろうか、深弥美さんが俺の彼女だと知ったら色々と貢物をもらったりする事も増えたんだよ。
本当に平凡な一学期、とか言いつつ、色々とあったな。深弥美さんに出会って、ぶつかって、運動会を終えて……変な夢を見た。そして、今では深弥美さんは彼女だ。
感慨深い感情が襲ってきて、笑うしかないね。
「あは、あははは……くそぅ、深弥美さんの夢を見続けていたせいか……期末はぼろぼろだったんだよなぁ……」
嘆いたって仕方のないことだ。なぁに、これから、これから頑張れば……多分、おそらく、なんとかこうとか……畜生、二学期は挽回してやる。
俺は成績面では屈辱の二文字をかみしめて夏休みに突入した。
「……」
「ふー……頑張るね」
暑い中、第一実験室で深弥美さんは仕事をしている。
「今日は何作ってるの?」
「……惚れ薬」
「いい値で買おう」
「……浮気、するの?」
「いいや、深弥美さんに飲んでもらってもっと俺に惚れてもらう」
「……必要ないのに」
深弥美さんはこういった怪しい薬を作るのが大得意だった。しかも、それなりに固定客がついたりしている。さながら、学園の魔術師だ。
一見すると万能な魔術師さんだ。しかし、この効き目を約束される薬を購入するには条件が必要だ。
彼女に気に居られている生徒しか薬を買う事が出来ないのだ。
深弥美さんが作るものは様々で……料理の時に味覚が少し鋭くなる薬、告白の勇気をくれる薬、惚れ薬(この薬飲み効果が相手によって違うらしい)他にも色々あるものの主要なものはこう言ったものだ。
他にも、悪魔とか天使とかを呼ぶ薬もあるらしいけれど……売り物じゃないそうだ。
「それは……杖?」
「……媒介」
彼女だからと言って、全て知ることが出来るわけもない。俺が深弥美さんに教えられない事もあり、深弥美さんが俺に教えられない事もある。
今日もその一つだ。何でも、三年生の誰かを守る魔法をかけるそうで、その人の父親に貸しがあるとのこと。
一年のみの有効期限があるそうだ。
「俺もかけてもらえば怪我とかしなくなるのかなぁ」
「……ここに、いるから」
「そうだな、深弥美さんがいるからいいか……まぁ、俺が気をつけなくちゃいけない事だけどさ」
「……その通り、かも」
魔法使いか、魔術師か……どっちも似たようなもんだな。違いが良くわかんないし。
そこで、訊ねることにした。
「深弥美さんって、魔女? 魔術師?」
「……どっちでも、ない」
「そうなの?」
「……説明したいけど、うまく説明できない」
ただ単純に疲れるのか、長く喋る事はあまりない。
「饒舌になる薬って持ってなかった?」
「……ある。だけど、恥ずかしい」
俺の前では顔を見せてくれている為(額の上で髪をまとめてるのも可愛い)、頬が朱に染まるのをちゃんと確認してくれる。
俺と違って深弥美さんは一言でときめかせてくれる。胸に顔を埋めて『……好き』なんて好きな子に言われてみろ……殺されるかと思ったぜ。
「……いつか、こちらからも冬治に告白する」
真顔でそんな事を言ってきた。
たったそれだけで、俺の心拍数……限界まで上がりますとも。
「こ、告白……今度は深弥美さんからしてくれるのか」
「……違う、さっきの話」
「さっき? でも彼氏彼女だからって無理しなくてもいいぜ。そこまで気にしてないし」
お互いのすべてを知りたい、教えておきたいと言う人たちもいるだろう。でも、隠し事の一つや二つ、持っておいた方がいいと俺は思う。
お互いを知り尽くしているよりも、もっと相手の事を知りたいと思ったほうが楽しいだろうからな、うん。
ちなみに俺の隠し事はケータイで隠し撮りした深弥美さんの写メの数々だ。
言葉には尽くしがたい深弥美さんのデレ顔集である。辛いとき、悲しいとき、あれを見るだけでこっちもでれっとした顔にしてくれる破壊力があるのだ。
そんな俺の表情を見て深弥美さんはそっぽを向いた。
「……あれ、消した」
「え? あれって何?」
「……写メ」
「ま、マジで!?」
ま、まぁ、一つぐらいなら構わんさ。ふふ、寝顔、怒った顔、これほどまで無いと言うシャッターチャンスで深弥美さんの表情をとらえている。
きっと知ったら恥ずかしいと言う理由で、消されるのだろう。
俺はこの時、帰ってPCのフォルダ毎消されているとは知らなかったのだった。




