黒葛原深弥美:第六話 夢は現で叶えるモノ
黒葛原さんが俺の前から逃げて約一週間が経った。
「……はぁ」
あれっきり、黒葛原さんは俺の事を避けていた。
どういった事情があるかはわからない……しかし、彼女からしてみればみられたくなかった事なのだろう。
誰だって、みられたくない事の一つや二つ、あるだろうさ。たとえば、エロ本を買っているところとか、大好きな人のシーツに鼻をこすりつけたりする行為とかだ。
ただ、避けられ始めてから黒葛原さんがほぼ毎日、夢の中に出てきていたりする。
俺が彼女の事を好きだから、黒葛原さんとの夢を見たいと願えば夢の中で会う事が出来るのだ。
しかも、どうやら持ち越し可能な夢のようで、黒葛原さんと順調に仲良くなりつつある。既に三回目のデートをしているのだ。
毎回、黒衣に鎌と言う死神っぽい見た目だけど、現実の彼女より積極的だ。
俺が手間取っても、彼女から思っていた事を提案してくれる、笑ってくれるのだ。
現実では、俺と目を合わせてくれる事も無くなっているけどさ。
「…つづらは」
「……!」
もう、凄い勢いでそっぽを向くんだよ。
視界の隅にGが入ったのかと言うほど速いのだ。
曲がり角で黒葛原さんに出会って『仲直りフラグ来たか?』等と考えていたらあっさりと避けられてしまった。別に故意にぶつかろうとしたわけじゃ……ないがね。
「……はぁ」
傍から見たら、やばいよなぁ。気になった女の子と夢の中では仲良し、現実では一方的に嫌われているといった妄想系は……。
一言で言ってしまえば現実逃避。でも、毎日夢のほうが楽しいのは事実だ。
改めて思う、俺は黒葛原さんの事が大好きなのだ。ま、好きだから……彼女に拒否されたらものすごく、辛いんだけどさ。
ついでに言うのなら、黒葛原さんとの夢を見たら疲労が溜まっている気がする。
顔色が悪くなったと友達に言われる事も多々あった。
「……冬治君、冬治君ってば」
「んあ?」
心配そうな顔で七色が俺の肩をゆすっていた。
「……いっけね、寝ちまってたか」
辺りを見渡す。まだお昼休みだったらしい。
寝る前は……朝のHRだった気がする。
「あのさ、今見ている夢……気をつけたほうがいいよ」
「あれ? 俺……七色に夢の話、したっけ?」
何かを考えようとしても、脳みそが全く動いちゃくれなかった。周りのクラスメートたちは仲良く昼ごはんを食べているのに、お腹だって減っていない。
「……言ってないよな?」
数分かけてようやく俺は答えに辿り着いた。
「今聞いてたんだよ。あのさ、僕、冬治君の事が心配だよ。寝言で大体内容、わかったけどね。続き、話してみてよ」
「続きって言ったってな……寝言の事を俺が覚えているわけないし。どこまで知ってるんだ?」
「大体だよ。気になる女子が夢に出てきて……どんどん仲良くなっているみたいだね。ああ、仲良くなっている女子が誰かは言ってないよ」
そうか、それなら良かった。
「どう思う? やっぱり、変だよなぁ……変な奴だと思ってくれて構ないんだがね、夢の中だとものすごーく、楽しいんだ。」
熱にうなされるように喋る俺を見ても、七色はひいたりしていなかった。
彼女の眼は純粋に心配しているだけだった。
「……気をつけたほうがいいって。キスや、その他いろいろやったら……多分、戻ってこられないよ」
「……」
色々って具体的にどんな事だろう…なんて女子に聞けるはずもない。
「それで、どこに戻って来られなくなるって?」
「こっちにだよ。僕は……忠告したからね。冬治君がそれでいいのなら、止められないもん。じゃあね」
スカートをひるがえして七色は行ってしまった。
「……こっちって、どっちだよ」
一つ、ため息をつくと黒葛原さんが隣に座った。もしかしたら、話を聞いていたのかもしれない。
俺の夢の相手が誰なのか、とまでは言っていなかったはずだ。
こりゃいかんね、さっき話していた内容までうまく思い出せなくなっている。
黒葛原さんは……俺が彼女の夢を見ていると知ったらどう思うのだろうか。
「……あのさ、黒葛原さん。話があるんだけど。とても大切なお話なんだ」
「……?」
ぷいっとそっぽを向かれるかと思ったものの、今日はこっちを見てくれた。
「放課後、保健室に来てくれないかな」
「……わかった」
「ありがとう」
やっぱり、怒っているんだろうなぁ……それから話はしていない。
その後も廊下ですれ違おうとしてぶつかり、押し倒したり、押し倒されたりしてるし。
俺が押し倒された時はそのまま意識を失ったみたいで体育教師に肩を叩かれた。
いやー、おっかなかったぜ。保健室に連れて行ってやると言われたけども、気力を振り絞って断っておいた。
放課後、保健室へとやってくる。この時間帯はセルフ……既に先生はいないし、期末テストも近くなっている為、ここを使用する生徒は少ないはずだ。
秘密の話をするのにはちょうどいい場所である。
念のため、ベッドに人がいないかどうか確認してみた。三つ、置いてあったベッドを確認してみると、誰もいなかった。
「……ベッドか」
気持ちのよさそうなベッドである。まだ、黒葛原さんがここにやって来るまで時間がありそうだ。
「……寝るか?」
体調がすこぶる悪い。自分が立っているのか、それとも座っているのかも今一つわからないような状況だ。
意識を保つ努力をしていなければ、何処かに連れて行かれそうな気分なのだ。目を閉じて、数分すれば間違いなく……眠ってしまいそうな感じだ。
しかし、黒葛原さんを待っている手前、ここで眠ってしまうのはかなりまずい。
「まぁ、あれだ。倒れたりしたら駄目だからな。とりあえず、腰だけ降ろしとくか。どっこいせっと」
腰かけて待とうとしたのがいけなかったのか……そのまま横に成り、あろうことか、眠ってしまった。
「ん?」
夢の中、俺は保健室の中で眠っていたようだ。
「んあ……?」
後頭部がもぞもぞしたので目を覚ます。誰かの顔が見えた…黒葛原さんが俺を見下ろしている。
「……起きた?」
こっちの黒葛原さんとは結構会話が出来るようになっている。ちょっと長く喋ったり、ほほ笑むと顔を真っ赤にして混乱する姿は可愛かった。
黒葛原さんを見るだけで、触れるだけで心が満たされる。心臓は早鐘を打ち、幸せな気持ちが胸を襲うのだ。ただ、黒葛原さんを見ているだけで幸せになれるのだ。
「悪い…俺、寝てたのか」
「……うん」
制服姿の黒葛原さんはほほ笑んでくれていた。
「膝枕してくれてるんだ」
今更長膝枕されているのに気付き、上を見る。
「……どう、かな?」
はにかむ黒葛原さんに力無い笑顔で答える。
「このまま死んだっていいよ……」
「駄目」
「え?」
「冗談でも、そんなことは絶対に……言っては駄目」
普段からは想像もできないような強い視線だった。
「ご、ごめん」
「約束して?」
「あ、ああ……約束するよ」
「……うん、ありがとう」
黒葛原さんは俺のおでこに手を置いて、優しくそのまま撫でてくれた。
「……強く、言いすぎた」
「俺が悪いんだ。気にしないでよ」
今の俺なら黒葛原さんに想いを伝えるなんて造作もない。
「あのさっ」
「……何?」
「俺、黒葛原さんの事が好きなんだ。デートを何度も重ねて思ったよ。あっち……この前も話したけど、現実じゃ黒葛原さんに嫌われてるんだ」
「……」
黒葛原さんは悲しそうに目を伏せた。
「夢だから、やけくそになってるわけじゃないんだ。俺は、黒葛原さんの事が……好きなんだ」
俺はそのまま続ける。
「今ここで……黒葛原さんと、キスがしたい」
「……冬治君は、それでいいの?」
彼女はキスを拒んではいない。確認してくれているだけだった。
「うん」
「……後悔、しないの?」
そういえば、七色が何か言っていたような気がする。うーん……何だっけ。
もう、どうでもいいか。俺には黒葛原さんさえいてくれれば、他には何も要らない。
「後悔するわけない。俺は黒葛原さん以外、必要ない」
「……ありがとう」
目を閉じる彼女の唇は俺の唇に重ねられる。
唇を重ねた俺は、そのまま深い眠りに誘われるのであった。
「……でもね、貴方はちゃんと、向き合って」
黒葛原さんは何かを言っている。
続きなんて聞きとれなかった。




