春成桜:第十話 変化した二人
気付けば二学期末テストが行われようとしている。
去年までの俺だったならば、まるでミンチにされる豚のようにクラスの隅っこで震えて縮こまっていた事だろう。
しかぁし、今年は違う。夏休みの弊害……失礼、春成さんのおかげで学年トップクラスを突っ走るまでに鍛え上げられたのだ。ただの期末テストごときに蹂躙されるだけの俺ではない。
「冬治君」
「ん?」
「今日から私の家で勉強会しようよ」
「うん、いいよ」
当然、春成さんからのお願いを断るわけない。たまに陰っていた事もあったけど、今では完全に前向きになって前よりさらに仲良くなったと思う。
何でも言い合える友人……親友になった。うーむ、まさか、こっち方面に進むなんてなぁ。ちょっと思っていた方向とは違ったりする。
でもさ、今はこの関係でいいと思うんだ。なーに、焦る事は無い。変に告白して今の関係も拗らせたらまずい。
時折、誘われるような視線があるのは気のせいに違いないね。親友だから、気を許しているだけだ。頬を寄せられたり、肩に顎をのせられたり、押し倒されたって全部それは気のせいだ。ちょっとしたいたずらに違いない。そのあと、すねた感じで蹴られるけどそれも気のせいですね。
「あ、それならあたしたちも混ぜてよ」
「桜の教え方超うまいって夢川君が言ってたもん」
「赤点脱出したいの!」
まるでゾンビのような人たちが群がってきた。
その瞳は間違いなく、去年の俺そのものだ。
「うん、いいよ」
春成さんと二人きりで勉強できないのはちょっとだけ、寂しいものがあるものの……たまには他の人と一緒に勉強もいいだろう。何より、誘惑攻撃が減るし。
それなりの人数になったのでそのまま教室で勉強会が行われることになった。
「ねー、ここおせーて」
「はいはい」
「桜―こっちもー」
「わかったー」
春成さんは大忙しである。こんなんじゃ、自分の勉強どころじゃないはずだ。ちょっと、お人よしなところもあるけど、そこがまた魅力なのだ。
まぁ、春成さんなら勉強しなくても楽々だろうがね。俺も、楽々なんだけどね。
「ねぇねぇ、夢川君」
「ん?」
「夢川君も最近成績いいよね。あたしに教えてくれない?」
教科書から半分顔を出すクラスメートを見て俺は頷いた。
「俺でよければいいよ。でも、春成さんより教えるの下手かも」
「だいじょーぶだよ。あたしの目的は赤点脱出だから」
なるほど、その程度なら大丈夫だろう。
「よし、君が勉強楽しすぎて四六時中教科書のことが頭から離れられない身体にしてあげよう」
「それはちょっと……」
「なぁに、最初は違和感があるかもしれないがすぐにそれが日常になる」
春成さんも大変そうだし、此処は手伝ってあげたほうがよさそうだ。
それから、田本さんの勉強を終わりまで見てあげることにした。
下校時間になったので、そのままの人数で校門を後にする。
「春成さん、お疲れ」
「……うん」
どうやら本当に疲れているようだ。元気がない。
「大丈夫?」
「痛い痛いのとんでけってしてくれる?」
それで治るのだろうか? まぁ、満足するのならやってみよう。
せっかくなので、周りの人たちに聞こえるほどの声でやった。
「痛い痛いのとんでけー……どう?」
「ほ、本当にしてくれるなんて……」
ちょっとからかってあげるとすぐに元気になってくれる。照れた顔とか可愛いなぁ。
絶対に言えないけどさ。
「おやおやぁ? お二人だけの世界にいってますなぁ」
「いちゃつかないでほしいであります」
下世話な友人達が現れた。
「いや、いちゃついてないから。ね、春成さん」
「……そうだね」
あれ? また元気がなくなったぞ。しかも、恨めしそうな顔だし。
疑問に思っている俺に対し、周りの女子は訳知り顔だ。
「あのさ、付き合ってるのに『春成さん』なんて呼び方、何でしているの?」
いけないだろうか。別に、呼び方を間違っちゃいない。彼女は田中さんでも佐藤さんでもなく、かといって馬酔木さんでもない。
「桜って呼べばいいのに」
「え? そもそも付きあって無いけど」
俺と彼女は親友なんだよ。
「ふーん、そっかぁ」
にやにやとしている悪そうな人だ……せっかく、勉強教えてあげたのに。
「でもま、付き合ってないとしても何だか他人行儀だよ。桜だってそう思うでしょ? 桜は冬治君って呼んでるのにさ」
確かにそうだ。春成さんは俺のことを下の名前で呼んでくれている。
はて、いつから呼んでくれていたっけ。
「わ、私は……し、下の名前で呼んでほしいなって……ほんのちょっとだよ、ちょっとだけ思ってる」
「本音は?」
「鈍い振りして気づかない男はひどいと思います」
ちらりとこっちを見てきた。
「ほら、他人行儀だってさ。ちょっと桜って呼んでみて」
「ちょっと恥ずかしいなぁ……」
「でもさ、ちゃんと言っちゃうんでしょ?」
「そりゃ、言うさ」
俺の言葉に周りがさらににやけ始める。
「こほん、さ、桜」
「なに? 冬治君」
そういって目があった。逸らしたいけれど、それもまた嫌だ。結局、見つめあう。
は、恥ずかしい。でも、こういうのも悪くないかも。
「うんうん、青春ですな」
「名前呼び合っただけで青春って……」
「見つめあってる」
「見つめあっただけで青春って……」
十分、青春してると思うよ。これ以上したら性春だよ。
「ねぇねぇ、夢川君、桜と付き合ってないんだよね?」
「ああ、そうだよ」
思えば、親友どまりだ。
この前、ご飯を食べて、春成さ……桜の部屋で勉強してたらそのまま朝を迎えたけども……まだ、親友どまりだ。
朝目が覚めた時、顔真っ青になったもんね。近くに桜が寝てたし、それこそ桜の父親に殴られるかもしれないと思った。
しかし、桜のお父さんはいつも通り俺に接していた。今日はいい天気だねぇとのんきに言って、仕事に出て行った。唖然としたよ。
「じゃあさ、テストが終わったらあたしとデートしてよ」
「はい?」
周りの女子生徒達はにやけていた。桜のおかげで虹色脳細胞へと変換した今の俺ならわかる。
こいつら、俺を……いや、俺らをおもちゃにする気だ。
「ね、いいでしょ?」
「駄目っ。テストが終わったら私が冬治君と遊ぶのっ!」
「……え」
俺が反応するより先に、田本さんと俺の間に桜が入ってきた。
お尻を俺に押し付け、体で隠そうと頑張ってくれている。もちろん、隠しきれてないが。
「おやおやぁ、付き合ってないのにお邪魔するのですかな? わたしもフリーですが、彼もフリーですぞ?」
友人に指摘されてはっとなる桜。
「え、えっと、その日は、私の方が早く約束してたから!」
「ほー?」
疑惑の表情が向けられている。
「約束はさぁ、守らないと駄目だよね、うん」
取り繕って笑っている。
彼女より幾分冷静な俺はため息をついた。
残念、そのくらいじゃ相手は引いてくれないと思うぜ。
「じゃあ、その次の休みでいいよ。夢川君雰囲気変わってかっこよくなったし」
田本さんではなく、別の女子がそう言ってきた。
「あ、ずるーい」
「駄目! その次も一緒に遊ぶから!」
そういって別の女子生徒を相手にし始める。
そんな桜を見て、また別の子が手を叩いていた。
「ああー、なるほど。だから最近告白されても昔みたいに『御免、考えられない』じゃなくて、『待ってる人がいる』ってことなんだぁ」
ぐへへと笑う友人達に桜は顔を真っ赤にしていた。
春成さ……ではなく、桜は待っているのか。そして、まだ告白されているのか、すげぇな。
しかし、待っているって一体、誰を? どこのどいつだ、叩きのめしてやりたい。
「桜?」
「……っつ~~~」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。周りがはやし立てる。
それを見て分かった。彼女が待っているのは、多分、俺だ。
「待ってて誰かに盗られたらどうするの?」
「な、ないもん。在り得ない。告白なんてされるわけ……あ、でもラブレターもらってたし……」
「嘘! 夢川君ラブレターもらった事あるの?」
もう答えを言っているようなものだけれど、俺は気づかないふりをする。
「何気に酷い。でも、もらった事はあるよ。今の流れで俺が引っ張り出されるのもちょっとおかしいけどさ……」
これがちょっと前までなら胸を張って答えていただろう。でも、今回は抑え気味に、無機質に答えておいた。
「ふーん、ま、顔は悪くないし、成績もいいし、運動神経は……どうなの?」
「ふつ……」
「ちょっと運動は苦手だけど、完璧じゃないほうがいいよ!」
何で桜が言うんだろう。こぶしを握り締めて、力説してるし。
その後も俺に対しての質問を桜が全部返した。途中から、得意になって答えているもんだから……友人達に遊ばれている事に気づいていないようだった。
完璧じゃないほうがいい、か。その通りかもしれない。




