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春成桜:第一話 隣の席の気になるあの子

 気になる子がいる。

 隣の席の子だ。

「おはよう、夢川君」

「おはよう、春成さん」

 隣の席の相手なら、こうやってスマートに挨拶することも可能だが、美人だと言う事でついつい相手を見て数分呆けてしまう。今日もこの人はかわいい。それこそがこの世界で唯一無二の正しいことだ。

 誰が見てもかわいいといえる顔立ちだが、それと同時にあることを思い出す。

 俺はまだ気になる程度だ。だが、他のクラスの男子は一目彼女を見た瞬間に恋をしていた。自分こそが彼女にふさわしく、この宇宙の法則にのっとった運命の人だと思い込んだそうな。

 彼女に恋をし、心奪われた野郎共はラブレターをしこたま書いて喧嘩することもなく列をなし、入学式の次の日に渡していた。それは異様な光景で、鮮烈だった。

 しかし、男子連中の勝手な恋心が彼女に届くことはなかった。

「ごめん、付き合えません」

「彼女は無理なんだ。友達としてなら仲良くできるよ」

「告白してくれてありがとう。でもね、私は君と付き合えない」

 こんな感じでばっさばっさと切り捨てていく。(一人およそ十秒程度)姿は修羅か羅刹と言ったところだと友達が言っていた。俺も何度か見かけて、そんな時はついつい立ち止まってしまう。ギャラリーだってたまに出来るぐらいだから学園では有名な話だ。

 横一列になって結果を言われていくその姿はなんというか哀愁漂うものだった。

「僕らはみんな、春成さんに振られた心の兄弟さ!」

 そんな理由で男子連中は肩を組み合えるほど仲がいい。

 男子生徒を全員ふってきたので、もしかして男に興味が無いんじゃないかと思う人もいる。ある日、女友達から軽く茶化されたときはちゃんと自分はノーマルだと春成さんは言っていたそうだ。

「普通に男の子が好きだよ?」

 一時期、これは越えられない壁なんじゃないかと敬遠していた男子連中は再度、攻撃を敢行。しかし、防衛側の戦力は高く、彼らは脆くも崩れ去った。

「夢川君?」

 俺がぼさっとしていたためか、不思議そうな顔をしている。俺も現実へと戻ってきた。

「ごめん、ぼーっとしてた」

 男ってのは現金なもので気になる子から顔を覗かれるだけで胸がどきっとするもんだ。こんなちょっとした動作でも男の心をくすぐる……いいや、揺さぶるもんだ。

 もっと脳内がお花畑に近づいていたらあれ、この子ってもしかして俺のことを好きなんじゃ、そう単純に考えたりもする。

「具合、悪いの?」

 ああっ、あの春成さんが俺のことを心配してくれてる? もしかして、この子俺のことを好きなんじゃないか。そうだろ、これ、絶対そうに違いな……いや、ないな。

 落ち着け俺、彼女は誰にだって優しい。俺にだって優しいのはただのクラスメートとしてだ。儚く散った戦士たちと同じになってはいけない。

「大丈夫、俺は元気だ」

「そう?」

 元気なのはいいことだよと付け加えられる。

「あ、そういえば今日私と夢川君日直だよ!」

「え、ああ、そうだね」

 しかし、改めて告白の話は凄いな。

 切り捨て御免とばかりにごめん、無理をただ作業的に繰り返した春成さんも凄いけれど、告白した奴が凄いと思う。

 俺はまだアクションを起こす気はない。日和見しているわけではない、勝率ゼロを確信しているからこそ、しないのだ。

 何せ、この学園に入ったが最後……教師は最後まで固定、クラスメートも固定だ。挙句、席順まで固定とは、さすがに言わない。

 まぁ、席替えもあり得ないだろう。こればっかりはクラスの担任のさじ加減だが、俺のクラスの担任は『絶対しない』と毎年言う予定だと言っていた……つまり、席替えは無し。

 もしふられたら残りの学園生活ずーっと、春成さんと顔を合わせ無くてはいけない。いや、成功したって顔を合わせなくてはいけないけれどもモチベーションが全然違う。春成さんは別にふった相手に特別な事をするわけでもない。ただ、それが逆に男子には堪えるようで泣きながら走り去った男子生徒が数名いる。

 ただ、いつまでも様子見と言うわけにもいくまいよ。慎重はいいが、臆病はいけない。気づいて卒業していましたじゃ目も当てられん。しっかし、どうしたもんだろうか。

「あれ? どうしたの? 今日は何だかぼーっとしている事が多いね」

 そこでやはり俺のことを心配している眼差しを見せてくれる。ああっ、やっぱりこの子は俺のことを……って、俺の頭はまだそんなに花が植えられていない。

「……ちょっと寝るのが遅くなって」

 愛想笑いを浮かべながら、誤魔化す。

「へぇ、何してたの?」

「テレビ見てたんだ。犬の特集があっていてさ、それ見てたらつい遅くなったんだよ」

 世界のわんこがわんさか出ていた。中途半端な時間帯から始まり、がっつり二時間持っていかれた。見終わって、え、今の映像で二時間もあったのとテレビ局に問いただしたくなった。

 正直、見ていてためになるとも思えなかったし、こんなことなら新春水着大運動会を見ていればよかったとちょっと考えてしまった。煩悩に埋まりたいお年頃だ。お前、犬なんて見ていたのかよと言われたが、友達とポロリのすばらしさについて熱く語ってしまった。

「それ私もみたー。子犬も出ていたりして可愛かったよね」

「あ、春成さんも見たんだ? てっきり、ドラマを見ているもんだと思っていたよ」

「あの時間帯のドラマって面白くないから私見てないんだ」

 この年頃の女の子はてっきり全員がドラマを見ているもんだと思った。男のほうだとネットの動画だったり、読書だったり、妄想、プラモ、勉強、彼女とプロレス等々やっているもんだ。

「夢川君はどんな犬が好きなの?」

「うーん、パグかな。あの変な顔がたまらない。春成さんはどんな犬が好き?」

「私はホットドッグかな」

 少しだけいたずらっ子の顔を見せた。

「……あ、そうなんだ」

 だが、スルー。ほかの人がやっていたのなら助走をつけてチョップを食らわせているところだった。

「もー、冗談だって」

 そういって叩かれた。さりげないボディタッチを女子からされるとうれしいな。

 ぐへへ、お嬢さん、よかったら俺のホットドック、食してみませんか。そんなさりげない下ネタを俺は差し込むことができない。

「犬と言えば晩冬先輩凄いよね。襲ってきた野犬を放り投げたって聞いたよ」

 晩冬先輩とは生徒会の……会長だったかそこらへんだったか。忘れちまったよ。

「へぇー。そんなにすごい人なんだなー」

 一応、共感はしておいた。

 まぁ、この程度の話はできるわけで、無理に告白せずに普通の友達。つまりは現状維持でも別にいいと思っている。

 流れぬ川は腐るとか言うけどさ、激流に身をゆだねるほど俺も冒険家じゃないのよ。試しにゆだねていった連中がすべて浮かんでこなかったところを見ると激流どころじゃない気がしてならない。

 だが、勝負に出るべき時が来たら全力で流れに逆らい泳ぐしかない。

「あ、そういえば先生から日直は来るように言われてたんだった」

「そうなんだ。じゃ、俺も行ったほうがいいかな」

「ううん、一人でいいって言ってたから私が行ってくるね」

 春成さんが教室から出て行くと一人の男子生徒がにやけて近づいてきた。名前を四季統也という。

「よぉ、兄弟」

「なんだよ?」

 あまりいい噂は聞かないし、あまり先生方の評判も良くない。しかし、悲しいことに彼は割と真面目な性格で遅刻や早退、欠席を一度もしたことがない典型的な真面目組だったりする。

「あいつは不真面目」

「要注意生徒だ」

 貶められているのは誰かの陰謀かもしれない。

「ぼーっとして、どうした?」

「ごめん、もう一回やり直してくれ」

「え?」

「返答しづらかったからこう、なんだろ? 会話のキャッチボールをしやすい感じできてくれ」

「よし、いいだろう」

 コホンと一度咳をして俺を見た。

「よぉ兄弟、今日も春成さんと普通の友達として接しているなぁ」

 こんな風に意外といいやつだ。

「こんな感じ?」

「そんな感じ」

「じゃ、もう一回入りなおすからもう一度返答してくれよ」

 別にこのまま話してよかったのだが、彼個人としても確認を取っておきたかったのだろうか。

「よぉ兄弟、今日も春成さんと普通の友達として接しているなぁ」

 先ほどよりも微笑みを三割プラスした状態でやってきた。

「よしてくれよ。男の兄弟なんていらないから」

 姉妹もいないけどな。いたらうれしいなぁと思う事が多々ある。弟より兄貴、姉より妹って感じかな。そして兄貴より妹だ。

「つれないねぇ……で、一体いつになったら春成さんに告白するんだ?」

 肩に手を回してきて非常になれなれしい。

「どうだっていいだろ。俺がいつ告るなんて言ったんだ」

 最終的には告白したいが、今の状態ではいかんせん、犬死決定だ。彼女から見て俺はただのお隣さんだろう。

「でもお前以外の全員が告白したんだぜい? 冬治が散れば、春成さんは同学年に興味が無いと言う事が立証される」

 いつの間にか最後の一人になっていたのか。

 噂だけど、三年も受験勉強をがんばるため、心残しを無くすために告白しているそうだ。上だけではなく、一年もいけいけどんどんという心意気で結構な数が告白していると聞く。半ば、彼女に告白してふられるのがこの学園の登竜門になりつつある。フラれることで、男の結束を固くする団体に所属できるそうだ。

 春成さん側からしたらいい迷惑だ。彼女がすぐさま切り捨てるのもお互い時間の無駄にしないための努力かもな。

「ん? 俺がこの最後は嘘だろ。C組の二次元万歳君はどうした」

 気づいたら自分が最後の一人だったという体験はあるだろうか。俺は小さいころに防災訓練で一人取り残されたことがある。

「あいつは生身の女に一切の興味はないって言って教師も納得していた筋金入りだ。それに女性教師限定紐パン盗難の夏の英雄はどうしたんだよ」

「夏の英雄は既に告白しているぜ」

 嘘、いつの間に……よく、女子から嫌われていると自覚していながら突き進むことができるなぁ。まずは失った信頼を取り戻すところから始めないとダメだろうに。

「二次元万歳は……あいつが見ていたアニメの主役の中の人と声が似てたらしい」

「そんな理由かよ」

「そうだ。誰だってあるだろ、あ、これって俺の理想に近いから告白しようって」

「ないわー」

「そうか? 俺は、俺の理想のおっぱ……こほん、肉体的美貌が良ければ告白することにしている」

「へぇ、てっきり面食いだと思っていたが」

「肉体的美貌にもちろん入っている。胸部がすごく形がいい。あともう少し成長したらもう何も言うことはない」

 周りの女子からヒソられていた。そりゃそうだ、ボインからは気味悪がられ、ナインからは目の敵にされることだろう。

「まぁ、少し道から外れかけていた連中もすでに告白済みだ」

「基準がわからんな」

 声が似ていればいいのかよ。

「結果は『ごめん』だ。彼は泣き叫びながら『女、女なんてーっ』といいながら池田の胸に飛び込んだ。池田は『うほっ』とか言いながら抱きしめてたよ」

「そうだ、池田はどうした。女には興味が無いって公言していたぞ」

 これならどうだ。体育教師が恐ろしい目で池田の事を見ている事を。そして、池田が熱視線で教師を見ている事は周知の事実だ。

「それが生まれて初めて、ときめいたんだそうだ」

「……マジかよ。言っちゃ悪いが春成さんは別にボインやフェティズムの極みってわけでもないだろう。どこにでもいる優等生とかそんな感じだ」

 彼女はただの、二年生だ。魅力があると言われれば、優等生っぽい感じがするだけ。何かに特別秀でているわけでもなく、特別優しい性格でもない。

 そりゃ、男子の何人かは好きになったりもするはずだが、ここまで行くのは不思議な話だな。

「だが、冬治も知っての通り魅力がある」

 何やら知った感じでうんうんうなずいていた。

「まぁ、確かに」

「魅力と言うか、魔力でもあるんじゃね」

「それは……ねぇだろ」

 魔法を使うのは俺だってあと十年以上必要だ。

「ともかく、後はお前だけだ。近日頼むぞ」

「知るか」

「お前もダメだったら学園の男子すべてが集まった二年男子全滅の会をやるつもりだ」

「あ、それは少し楽しそう」

 春成桜。クラスの学級委員長で優等生。裏表の無い性格で品行方正、間違った事には厳しいってわけでもなく、少しは抜け道を与えるタイプ。

 それが今では、おそらく学園で知らない人はいない人ってことになる。

「ただいまー、冬治君」

「お帰り、春成さん」

 教室へと戻ってきた春成さんを見て俺はため息をついた。

 うーむ、侮れん人だ。


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