初めての勉強会
東雲高校で前代未聞の帰宅部が結成して活動開始をした翌日、帰りのHRを終えて教室から出ようとした俺を引き止めたのは担任の西内先生だった。
「よし瀬戸、部室に行くぞ」
何がよしなんだよ。
「……分かってますよ」
西内先生の脇をすり抜けて行こうとするが、腕を掴まれてしまった。
「いや、お前はそう言って脱走するかもしれないからな。私が連れて行く」
何でアンタは囚人を連行する立場なんだよ。俺は囚人じゃないぞ。
「脱走ってね、そんなに可愛い生徒が信じられないですか」
「ああ」
即答。否定せんかい。
「そうですか……。しかし先生、こうは思いませんか? 高校生とは言えども、子供の意見を頑なに否定してはいけない、と。
例えばですよ。いつもは生活態度の悪いA君が居たとしましょう。A君は教師の間でも評判は悪いんです。何を考えているか分からない『問題児』的立ち位置。でも、そんなA君にも自分の考えってもんがあるんですよ」
「ほぅ……続けろ」
西内先生は、一瞬思案顔をして俺に続きを促した。
「生活態度の悪いA君は一見、学校の規律を乱す生徒に見えますよね? でもA君はこう言うんです。「そもそも、俺を仲間外れにしたのはクラスの連中だ」と。教師の立場からして、優等生と劣等生だったら優等生を過保護にしますよね。
そりゃ、A君は自分で生活態度が悪いって気付いているのに直そうとしないってのは問題ですけど、A君がいくら本当のことを言っても、貼られたレッテルを剥がすのは難しいんです。だから事実を言っても「嘘だろ」で片付けられてしまう……所謂、狼少年なんです」
言ってしまえば自業自得なんだけどね。
「ただ、狼少年だって最後には本当のことを言った。ここで言うA君も、本当のことを言ったんです」
西内先生は少し頭が混乱して来たのか、俺に「要するに何が言いたい?」と訊いた。
「つまりですよ、俺は嘘をついて来た訳ではないけれど、一部狼少年と重なるところもある。実際に俺は今日、本当に部室に向かおうとした。それなのに先生は頑なに俺の意思を否定したんです。だから……」
そして俺は息を吸って出来る限りの笑顔で言う。
「謝れ」
「爆ぜろ」
ミシッ。
「あがぁぁぁ! 俺の頭蓋骨がぁぁぁああああ!!!」
何でだろう……最近口を開けば開く程、俺の身体が悲鳴を上げている気がする。
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「ったく、無駄なこと言ってないで初めから大人しく連行されればお前の頭蓋骨は無傷だったのにな」
結局俺は狼少年のまま連行された。くそぉ……! こんなにも人を……しかも生徒を信用しない教師は初めて見たぞ。
「無駄なことじゃなくて俺の意思です」
「無駄だろう」
いや、俺の意思は決して無駄じゃないと思いたい。無駄じゃ………………ないよね?
ガララッ。
「脱走者を連行したぞ」
部室の扉を開いて開口一番、声高らかに告げる西内先生。もう反論するのもダルくなってくる。そして俺達二人の見て、部室の中に居た月夜がまず反応した。
「あら? 瀬戸じゃない。車に轢かれたと思ったわ」
「おい待て。今日初めて会ってその挨拶は随分と酷いじゃないか」
「うるさいわね……私の耳を汚したんだから死んで詫びなさい」
「死ねとか容易く言ってんじゃねえよ。三十階建てのビルの屋上から突き落とすぞ」
「ご、ごめんなさい。………………って待って。今遠回しに私に死ねって言った?凄く言ったわよね?」
細かいことを突いてくるなんて、何て性格の悪い女なんだ。
「……瀬戸君、こんにちは」
続いて雪雛が俺に普通の挨拶をする。そうだよな、これが挨拶だよな。開口一番に「車に轢かれたんじゃないのぉ~?」(捏造有)なんて言ってくる奴が普通だとは思いたくないな。
「おう」
「待って、私に死ねって言ったアンタ。矛盾してなかった? 私が死ねって言うのはアウトで、アンタが死ねって言うのはセーフなの?」
「うるせえ女だな」
しつこい女はモテないだろう。
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俺を連行した西内先生が大人しく職員室に帰った後、俺達三人は英語で出された宿題を協力して解いていた。英語に限らず勉強が苦手な俺にとってはこの勉強会はとてもありがたいものだとばかり思っていた――が、
「違うわよ雪雛。userに"o″は付けちゃダメよ。これじゃあ【ユーザー】じゃなくて【失せろ】になってるわ」
「……月夜も違う。userに余計に"s"を付けてる。これだとusser……【うっせー】になる」
――どうやらお二人とも英語が苦手のようで。ってか何で相手の間違いは指摘出来んのに自分が間違ってるんだよ……。
今日出された宿題は、①日本文を呼んでそれを英文に書き換える。②『相手をパーティーに誘い、肯定・否定された』場合の英文を作る。というもの。①はともかくとして、②は中学生レベルだから大丈夫だと思うけど。
「はぁ……やっと一つ目が終わったわ。次はあれよね、パーティーのヤツよね」
月夜がクリアファイルからプリントを取り出して机に置く。ちなみにこの宿題の答えは「If you are interested, come on.」……つまり『もしあなたが興味を持っているならば、来て下さい』となる。何ともスタンダードなお誘いの文だ。
「ええっと……これは『If』を使うんだっけ?」
おおっ、何だか分かっている様子だ。ここは黙って見守ってみよう。
「確か……If you are interesting, come on.よね」
うん、それじゃあ『もしあなたが面白いならば来て下さい。』になってるよ。よりにもよって『interested』と『interesting』を間違えるなよ。
「……違うわ。これはIf you are interested, don't you.よ」
もうそれネタだろ。『don't』って言っちゃってるじゃん。それじゃあ『興味を持っている場合、しない、あなた。』になってるよ……メチャクチャだなおい。
「むぅ。どっちが正解か分からないわね」
「……うん」
何だろう、この状況でどっちも不正解だよなんて言えない。
「じゃあこうしましょ、二人のこの英文を上手いこと組み合わせたらきっと答えになるわ」
「……月夜、ナイスアイディア」
そして二人が頑張ってお互いの英文を組み合わせたのが、こちら。
If you are interested, don't you come.
『もしあなたが興味を持っているならば、来ないで下さい。』
もしも本当にこう言ったら、ただ飯狙いしか集まらないとんでもなくつまらないパーティーになることだろう。




