誰にも渡したくない
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月夜の泣き笑いの表情を思い出して、胸がキュウッと締め付けられる。それは俺が恋愛に対して未熟だからなのか……それとも月夜だからなのか?
――答えは両方だ。
俺は今までの人生で、『恋』を知らなかった――いや、知らなさ過ぎたんだ。恋心を抱いたことなんて無かったし、考えたことも無かった。
街中で「寒ーい!」「マフラー貸してやるよ」みたいな会話を聞いても、「羨ましいな」なんて思わなかったし。
……つまりは、恋に疎い人生を歩んで来たと。
それが仇になってしまうなんて……。恋の経験が無いから、月夜のああいう表情に戸惑いを隠せなくなってしまう。いつまでも引きずってしまう。
しかも、それに「月夜だったから」という理由が重なってしまい、更に俺の心を苦しめる。
ごめん月夜……。俺がもっとハッキリした奴だったら……。
でも、どういう経緯なのかは分からないけど……帰宅部に入って、毎日あの場所に来てくれて――ありがとう。
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「――戸君? ――瀬戸君っ」
「へ? あ、ああ……ごめん」
すっかり月夜のことで頭がいっぱいいっぱいになってしまった俺は、雪雛の声でようやく今の状況を思い出す。
駄目だ……今は別のことは考えるな。
「……瀬戸君、入部してから今日までで、一番の思い出は何?」
ふと思いついたように、雪雛が言う。流し目でその横顔を見ると――雪雛の視線は何も無い――まさに虚空を見つめている。
雪雛の綺麗な瞳が大空の一点を捉え、そこから視線を外そうとしない。
――こんなに綺麗で、儚げだったのか?
いつもの雪雛じゃないような気がした。まるで他人のような……そんな錯覚に陥る。
このまま目を離せばそこから消えてしまうような――もう二度と会えなくなってしまうような――そんな気分になる。
分かってる。そんなのが、ただの考え過ぎだってことくらい。
――でも。
そう思えてしまって、それが頭から離れない。
今ここで言わなきゃ……もう絶対に言えないんじゃないか……? ここに居るのに……? すぐ傍に居るのに?
嫌だ……。そんなのは……絶対に。
「……瀬戸君?」
俺の視線に気付いた雪雛が、不安そうにこちらを覗き込んで来る。赤みを帯びた瞳が向けられ、宝石のルビーを思い出す。
――ああ、そうだ。
あの時からだった。雪雛のことを気にかけるようになったのは。期末テストの罰ゲームのことについて、遠回しに西内に相談した時から。
いつしか雪雛のことばかりを考えている自分がいて。
「ああ、いや、その……一番の思い出だったよな?」
「……うん」
一番の思い出か……。
「――帰宅部が結成したこと、かな」
俺達の原点。始まりの場所。出発点。――全ての、始まり。
「……どうして?」
「何でだろうな……。やっぱり部活名リストにすら無かった『帰宅部』が結成して、月夜と雪雛と咲夜に――巡り会えたから」
当初、西内に散々「帰るだけ」と言われていた帰宅部。実際の活動は雑談ばかりで、本当に「帰るだけ」と言われても何の文句も言えなくなってしまったな。
でも、俺達は毎日ちゃんと活動している。休むこと無く、あの場所へと集っている。
ただの帰宅部じゃないんだ。東雲高校の帰宅部は、立派な部として存在している。
「……私も、帰宅部に入って三人と会えて……良かった」
雪雛の瞳からは、今にも涙が溢れ出そうな勢いだ。きっと皆で笑い合った毎日を思い浮かべているのだろう。
「なあ雪雛」
「……何?」
目を瞑って、5-3部室に咲いた笑顔を思い出し、すぅっと息を吸った。
「――俺、帰宅部が大好きだ」
馬鹿やって思い切り笑えて……自分らしさを最大限に表現できる場所。いつも気兼ねしなくてもいい『友達』になれたあの場所が。
「……私も、好きだよ」
こうして思い出話ができるくらいの時を過ごしたことが、何だか嬉しくなって来る。
「でさ……俺、帰宅部と同じくらい――――」
手放したくない。初めて抱くことのできたこの想いを。
忘れたくない。あの場所で過ごしたたくさんの日々を。
通りたくない。お揃いの思い出が照らす、別々の道を。
手渡したくない。どこかの男に、目の前の好きな人を。
だから俺は、想いを伝える。
玉砕してもいい。笑われたっていい。伝えることに、意義がある。無理でも無謀でも……無駄じゃない行為。
「――――雪雛が好きなんだ」
「……へっ?」
冷たい風がヒュウッと吹き、頬を掠める。まるでその時が永遠かのように感じる、沈黙。
このまま時が止まってしまえば――そんなことを考え、打ち払う。
返事を聞くんだ。逃げちゃ駄目だ。
ゆっくりと雪雛の方を見る――と。
「っ……」
驚愕の色に顔を染め、固まってしまっていた。
「ゆ、雪雛?」
何度も声をかけ、反応を伺う。――が、全く反応無し。
数分間名前を呼び続け、やっと反応した雪雛の一言が――
「……え?」
――だったから、思わず顔が綻んでしまう。
「ごめん、いきなりこんなこと言って。迷惑……だったよな」
「……う、ううん」
頭をぶんぶんと横に振って、雪雛は静かに俯く。――そして、きゅっと結ばれた口をゆっくりと開き始め――
「――……私も、瀬戸君が好き」




