顧問捜索
「――って訳なんだ」
部室に戻るなり、俺は西内先生との話を月夜と雪雛に告げた。この部活には顧問が必要だってことと、部活の顧問をしていない先生は二十人近くしかいないってことをだ。
すると、俺の説明を聞いた二人は表情では反応を示さずに、声を揃えて
「「行ってらっしゃい」」
と、笑顔で俺を見送ろうとしてくれた。
「っておい、ちょっと待て。いろいろと言いたいことはあるが、ひとまずは一つだけにしておこう」
「何よ」
月夜が不満そうに言う。いや、不満が在るのはむしろ俺の方なんだが。
「俺一人が行っても意味が無いだろう。ここは部員全員が行って誠意なるものを見せなくちゃいけないとは思わないか?」
我ながら、正論を言っているのではないだろうか。……と、俺は自分の発言に満足していたのだが、
「はぁ……行こ、雪雛。ウチの部の汚物が使えないってことが分かったことだし」
「……そうね。汚物は汚物入れに捨てられればいいのに」
「待って! 凄く待って! 汚物って俺のことなの!?」
俺の叫びも空しく、二人は颯爽と部室から出て行ってしまった。くそっ……いつかは俺だって人間なんだってことを分からせてやる!
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とりあえず俺達三人は、まだ入学してから一週間しか経っていないのに優しいともっぱらの評判である学年主任の吉野先生の下へと向かった。吉野先生は職員室の自席で、スカートから丸出しになっている生足を惜しげもなく足を組むという行為で晒しながらコーヒーを飲んでいた。
そんな吉野先生に俺は率直に「帰宅部の顧問をしてもらえませんか」と言う。
吉野先生はいきなりの提案に驚きながらも足を組むのを止めて、
「ごめんね。私、美術部の顧問になるかもしれないの」
やんわりと断った。
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「はぁ……どうする?」
吉野先生を筆頭に、いろいろな先生に帰宅部の顧問を断られた俺達三人は、ひとまず職員室を出て、廊下にしゃがんで作戦会議をすることにした。まあ、作戦会議とは言ってもそんなに大事って訳ではないけどさ。
「どうするも何も、後四人全員にお願いするしかないでしょ」
月夜が『顧問をしていない先生の名簿』を眺めながら返事をする。名簿には名前の前に×印の付いている先生ばかりだ。……無論、顧問を断られた先生の名前の前に。
「これって全員に断られたらどうなるんだ?」
「……みんな違う部に飛ばされちゃうのね」
雪雛が、間髪容れずにそう答えた。……前言撤回、この作戦会議は超大事だ。
「次は誰が行くんだ?」
ここまで来ると一人では大変だということで、俺達三人は何人か区切りで交代をしながら先生達に頼み込んでいる。さっきまでは雪雛が四人引き受けてくれた。
「瀬戸しかいないでしょうね」
「……うん」
待って二人共、俺はもう十人くらいにお願いしてると思うんだ。
「俺だけ人数が一桁違う気がするけど……まあいっか」
三人で勢いよく立ち上がって、再び職員室に乗り込む。入り口付近に座っていた教頭先生から「またかよ」みたいな視線を浴びせられたが、それは気にしないでおこう。
次に頼みに行くのは、一年理科担当である佐伯先生だ。若い女の先生で、第一印象は……怖い。
「佐伯先生」
「何でしょう?」
横から声をかけると、佐伯先生はすぐにこちらを向いてくれた。キリッとした目に眼鏡がよく似合っている、いかにも理系が得意そうな顔立ちをしているし。
「俺達の部活の顧問をしてもらえませんか」
もう遠回しな物言いには飽き飽きして来たので、率直に伝えた。……佐伯先生の席からも近い教頭先生から「またやってるよ(笑)」みたいな視線を浴びせられたが、それも……気にしない。
「あなた達の部活……ですか?」
「はい……私達、帰宅部を結成したんですけど、顧問の先生が見つからなくって」
一歩前に出て、月夜が答える。隣では雪雛も「そうなんです」と言った感じでうんうんと頷いている。こうして頷いているだけでも「そうなんだ」と思えて来てしまうから不思議だ。
「帰宅部……ですか?」
初めて聞く部名に、佐伯先生は少しだけ(と思いたい)戸惑っていた。
「お願いしますっ」
俺が頭を下げると、後ろにいる二人も「お願いします」と言って頭を下げた。……頼むっ! これ以上俺の貴重な時間が奪われない為にも!
「私は仕事が多くて部活に顔を出すことはあまり出来ませんけど……それでもいいのなら、引き受けます」
「は、はい! 全然大丈夫です!」
少しだけ顔を上げて、先生と目を合わせると――
「それでは、宜しくお願いしますね」
――凄く綺麗な笑顔を浮かべていた。
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「いやぁ~良かった良かった」
職員室を出て部室に向かう途中、三人で安堵の表情を浮かべていた。顧問は見つかったし、ひとまずは安心出来る。
「ねえ、顧問の話を最初に持ちかけたのって……西内先生よね?」
不意に、月夜がふと思い出したかのように立ち止まった。
「ん? ああ。西内先生だよ」
「じゃあ、顧問が見つかったってことくらいは報告した方がいいんじゃない?」
月夜が俯けていた顔を上げて、俺を見る。……って待て、何でそこで雪雛も俺を見るんだ。
「「行ってらっしゃい」」
「……はいはい」
もう、抵抗しても絶対無駄だという知識が備わっている俺だった。この二人に出会って、関わって……俺の学習能力は異常な程に上がった気がする。
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「顧問は佐伯先生がしてくれるそうです」
再び職員室に戻って来た俺に向けられた視線は「アイツまた来てるよ」という、教頭先生の視線を筆頭に様々なものだった。
「そうか。報告ご苦労」
パソコンで何かを入力しながら、西内先生はこちらに視線すら向けずにそう答えた。……そして、折角の機会だから俺はずっと気になっていたことを訊くことに。
「……そういえば、先生って何部の顧問なんですか?」
「ファンシー部だ」
……ヤバい。
――今笑ったら、殺られる。
「私は昔っから可愛いものが大好きでな」
やめて……! さらに爆弾を投下しないで!
「特に好きなのはアルパカのぬいぐるみなんだ」
「ぶふっ……!!!」
ヒュッ。グサッ!
西内先生の放ったカッターナイフが、俺の髪を掠めて後方にある壁に突き刺さった。ハラリと、俺の髪が数本宙を舞って床に落ちる。
「……っ……っ……」
恐怖で何も言えない俺に、西内先生は笑顔で……ただし目だけは笑わずに、
「アルパカのぬいぐるみが、大好きなんだ」
と告げた。目だけは笑わずに。
「はっ、はひっ」
俺は今後、ちゃんと笑えるだろうか。




