五週間分のありがとう
「瀬戸君、お皿はこれでいいの?」
「ん、ああ。それでいいよ」
二人で食べる最後の食事は、咲夜が好きだと言っていたカレーにした。具材はジャガイモ、ニンジン、玉ネギ、豚肉と至ってシンプル。
下準備と米を研いだのは俺だが、残りの味付けやら何やらは全て咲夜がしてくれた。……コイツ、料理もできるんだぜ。
と、得意げになってしまいたいくらいに、何でもそつなくこなしてくれると来たもんだ。俺も将来、こういう子を嫁にしたい。
「えっと……飲み物は麦茶でいいか?」
「うんっ、ありがとう」
カレーを煮込んでいる鍋をおたまでかき混ぜながら、咲夜は空いている方の親指と人差し指で小さな丸を作って見せた。……全く、こういう一面が可愛いんだよな。
最近、咲夜と一緒に生活する上で、俺自身に新たな発見があった。それは、ストレスが溜まらないということ。
いつも咲夜と関わっていると、心が安らいで学校でのストレス(主に西内)なんてどうでも良くなってしまう。
「感謝だな……」
小さく呟いて、冷蔵庫を開けた。――そして気付く。
「やべっ……麦茶切らしてたんだった」
いつもならそこに在るはずの麦茶のペットボトルがない。……そういえば昨日飲み干しちゃってそのまんまだったな……。
「悪い咲夜。麦茶切らしてるの忘れてた……」
「大丈夫だよ?」
困ったように笑う咲夜から了承を得て、飲み物は冷蔵庫に入っていたウーロン茶に。
十分に煮込んだカレーを湯気立つライスの上に被せる。二つの湯気が混ざって、その見た目と匂いが食欲を更に掻き立てた。
「「いただきます」」
両手の平を合わせ声を揃えてから、カレーを一口頂く。
「んっ、美味いよ!」
「そう? ありがとう」
恥ずかしそうに頬を染めてお礼を言う咲夜が可愛くて、俺まで赤くなってしまった。本当……コイツはこういう仕草がいちいち似合ってるから困る。
「あっ、お茶頂くね」
その恥じらいを誤魔化す為か、咲夜は手元に在ったコップを手にした。
「ウーロン茶かあ~久し振りかも」
コップの中を輝かしい目で覗く仕草がどうも子供っぽくて、俺までつられてコップを手に取った。
「咲夜の家って普段は何飲んでるんだ?」
ふと気になった、結構どうでもいいことを訊いてみる。個人的なイメージだけど、咲夜の家って豪邸っぽいんだよな。……そういえば、月夜の家は豪邸だったよな。
「何って、普通に麦茶とか水道水とかだよ?」
「へえ……意外だな」
「意外って……何飲んでると思ったの?」
「ん~……京極の名水とか?」
何それ? と咲夜は吹き出した。
二人で一緒になって笑った後、落ち着いたところで喉が鳴った。やっぱり熱くて辛いものを食べたら水分を欲すっていうのが人間の性だろう。
コップに口を付けて傾けると、口の中に広がるほんのりとした甘み。甘さが味覚を支配したか……と思われた頃に遅れてやって来る新たな味覚。
それを表現するには、どうやら俺には語彙が少なすぎるようだ。……そうだな……この味を俺なりに表すとすると――。
――ビー玉くらいの大きさの、酸を塩基で中和するときに生じる化合物を舌の上で転がしているみたいな感じ。
簡単に言おう。甘塩辛い。
「ガハッゴフォッ!」
「なっ、何これ瀬戸君!? めんつゆ!?」
二人してむせ返って、水道水で口をゆすいだ。
「ゲホッ……あんの母親はぁ……!」
ウーロン茶の容器にめんつゆなんて入れてんじゃねえよ……!! 俺だけならまだしも、咲夜にまで何てもん飲ませてんだ……!
「わ、悪い咲夜。多分母親が――」
「ぷっ……あははははははは!」
「さ、咲夜!?」
咲夜が……咲夜がめんつゆ飲んで壊れた!! ど、どうしてくれるんだよ母さん! 帰宅部唯一の清涼剤が――!
「ごめんごめんっ……あはは! 可笑しくって……あはははは!」
あまりにも清々しく笑う咲夜につられて、俺も笑ってしまった。全く……二人暮らしの最終日にこんなに綺麗な笑顔が見れたこと……母さんに感謝しなくちゃな。
「瀬戸君の家に着てからは楽しい毎日だったよ。いっぱい笑った……」
「そうだな……」
そして俺達の記憶は、三週間前へと巻き戻される。
咲夜が家に来て一週間目。まだ新しい環境に慣れなくて戸惑っていた咲夜が「お世話になるから」と言って、家の掃除を手伝ってくれた時。
台所の戸棚を開けたら蛇のおもちゃが降って来て絶叫したり。
二週間目。シャンプーが切れた為、買い置きしてあった詰め替え用を探して物置の扉を開いた時。
父さんが前に一人旅に出た際に土産に持って帰って来た木彫りの熊(体長二メートル)が在って絶叫したり。
三週間目。もう大分この家にも慣れて来た咲夜が夕飯作りを手伝ってくれるようになり、一緒に二人で台所に立った時。
『塩』と書かれていた容器に砂糖が入っていて、とんでもなく甘いスパゲティができて、二人で爆笑したり。
思い出すだけでも楽しい三週間だった。
「瀬戸君、居候させてくれてありがとう……凄く嬉しかった」
「咲夜が困ってたんだ。……当然のことをしたまでだよ」
改めて二人で話してみて、咲夜の新たな一面を知ることができた。学校で話してる以上に優しくて、可愛い。
「本当に……楽しい毎日をありがとう」
うっすらと、咲夜の目尻に涙が溜まっている。……きっと、家ではあんなに笑って過ごすことが……なかったんじゃないか。
「咲夜……」
「何?」
「……明日も笑ってくれよ。……お前は笑ってる方が可愛いから」
年に一度の文化祭くらいは、笑っていてもらいたい。




