月光月夜と霧平雪雛
お互いの自己紹介も終わり少しばかりの雑談の後、また各自で好きなことをし始めた。俺はもう終わりそうなミステリー小説を読み、月光はまた勉強を。霧平は何をするでもなく、俺の隣に黙って座っている。
こうして改めて見てみると、二人共綺麗な顔立ちだ。月光はキリッとした目が印象的だけど、それでもキツい顔ということではない。髪はストレートに決め込んでいるみたいで、くせっ毛は見られないし、手入れも十分にしてあるようだ。容姿端麗とはこのことかと思う程に整った顔立ち。
身長も女子の中では高いくらいだと思うし、全体的にバランスの取れた子だっていうのが俺の第一印象か。
霧平の方は、これまた少々吊り上った目が印象的で、こちらもキツいという印象はない。髪はきっと日によって変わるんだろうけど、今日はポニーテールにしてある。俺からするとショートカットの方が可愛い気がするけど、そこは人それぞれだろう。身長は月光と同じか、それよりも少し高いくらいで特に脚が綺麗。すらっとしていて見蕩れてしまうくらいに。月光とは違った良さの有る霧平も、やはりまた容姿端麗だった。
何と言えばいいんだろう……どちらかと言えば、月光が綺麗で霧平が可愛いよりの綺麗みたいな感じの顔をしている。二人共綺麗で可愛いけど。
なんてことを考えていると、不意に顔を上げた月光とばっちり目が合った。
「何見てんのよ」
「ご、ごめんなさ――」
「はぁ……臭い臭い」
「臭いぃ!?」
勢いに気圧されて謝ろうとしたが、暴言に掻き消された。く、臭い?俺の視線が臭いってことなの?それって随分結構な鼻をお持ちですね月光さん。
「……こほっこほっ」
「おい霧平。お前は何で今口元を押さえながら咳をしたんだ? それは俺の視線が臭いってことなのか?」
「ほら、霧平さんも言ってるで――」
「――雪雛でいい」
急に、霧平が脈絡も無くそんなことを口にした。
「えっ?」
これには流石の月光も驚いている様子だ。俺と月光の視線が霧平に集まる。……また咳されたらどうしよ。
「……あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃないから。……だから雪雛って呼んでほしい」
「あ、うん。分かったよ……雪雛」
月光が少し照れたみたいな表情を浮かべながら霧平の名前を呼ぶ。何だかこうして見ていると初恋の相手と付き合えた彼氏みたいに見える。
「……瀬戸君もね」
「ん、あぁ……分かった」
霧平――もとい雪雛は、俺に向き直ってそう言った。雪雛か……何だか恥ずかしいな。男が女子を下の名前で呼ぶって何かソウイウ関係なのかなって思ってしまう俺は思春期真っ只中だ。
「雪雛……か」
「なぁに下の名前で呼べるからってニヤけてるのよ」
「いや、別にニヤけてなんて……」
月光に指摘されて慌てて手で頬に触れる。……やべっニヤけてた。
「わ、私のことも月夜って呼びなさい!……も、もちろん雪雛もねっ」
「あ、おう」
「……うん」
何でコイツはこんなに挙動不審になってるんだ? 部員に名前を下の名前で呼ばせるのにこんなに緊張するもんかね。最近の女子はよく分からん。
雪雛に月夜か……何だか呼ぶのに苦労しそうだなぁ。今まで女子を下の名前で呼んだことなんて(小学生の時以来)なかったし、新鮮な気分だな。
「ところでキチガ……瀬戸」
「お前今何て言おうとした!? 明らかにその後に続くのは『イ』だよな!?」
「うるさいわね……そんなことより瀬戸、何でアンタは帰宅部に入ろうと思ったの?」
俺にとってはそんなことじゃ済まされない問題なんだけど、月夜はどうでも良さそうにして話を進めている。……初めて女子高生にキチガイって言われそうになったよ、俺。
「何でって……早く帰りたかったし」
「はぁ……」
「何でお前はそんなに不出来な息子を見る母親のような目で俺を見るんだ?」
「だっ、誰がアンタの母親よ!」
「ものの例えだよ!」
そんな論戦を繰り広げていると、急に雪雛が耳を押さえた。
「……おい、どうした?」
「……あれ、耳鳴りが……」
「大丈夫か?」
「……まただわ」
「大じょ――」
「――痛ててててて」
「もしかして俺の声が耳鳴りみたいって言いたいんですかね!?」
「……みたいじゃないわ。耳鳴りよ」
「違う! 俺の声は耳鳴りじゃな――」
『――一年B組瀬戸、職員室に来い』
「またかよ畜生!」
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部室棟の廊下を歩きながら思う。そういえば、校舎と部室棟って校内放送用のスピーカーは兼用なんだっけ?まあ、じゃないと生徒がどっちに居るかなんて分からないからね。
でも、校舎と部室棟って何気に離れてるんだよな。渡り廊下が在るだけまだいいかもしれないけどさ。靴を履き替える必要だってないし。
二十メートルくらいの渡り廊下を渡り切ると、職員室はすぐだった。
コンコン。
「失礼しまーす」
軽く礼をしてから中に入る。もう二回目だから西内先生の場所はすぐに分かった。
「先生、お待たせしま――」
「――遅い」
くっ……我慢だ我慢。
「よ、用件は?」
「帰宅部の顧問を探せ」
「はぁ? アンタが責任持ってやれよ」
ヒュッ。カラン。
……西内先生の指で弾いたペンが、俺の頬を掠めた。
「私は温厚な方だ。今回は見逃してやろう」
条件反射で口から出てしまった俺の失言を見逃してくれるなんて、なんて優しいんだろう、西内先生は。出来ればその構えたカッターナイフをペン立てに戻してほしいなぁ。
「帰宅部の顧問をして下さい」
「無理だ」
無理なんかい。
「アタシはもう顧問をしているからな。他をあたれ」
「……じゃあ顧問をしてない先生の名簿下さい」
「チッ……しゃぁねぇな。ほら、それ拾え」
俺の頬を掠めて床に落ちたペンを、俺に拾わせる西内先生。言う通りにして拾い、手渡した。すると、先生は「メンドクセェなぁ」等と言いながらも紙に顧問をしていないであろう先生の名前をずらっと書いてくれた。ざっと二十人くらいだろうか。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
ちゃんと先生してんだなーと感心しながらも差し出された紙を受け取る。
「頑張って顧問見つけろよ。ほら、さっさと行け」
手でシッシと俺を追いやる西内先生。何だ?妙に優しいと言うか手際が良いと言うか何と言うか――
「くっそ、カップラーメン伸びたじゃねぇか」
――職員室を出る時に後ろから聞こえて来たそんな声は聞かなかったことにしよう。