自分の居場所
月光を振った――とは俺は思っていないが――次の週の月曜日。
週明けということもあってか、俺が学校に着いた頃に登校済みの生徒はいつもよりも少なかった。
自席に座る時、何気なく月光の机の中を見てみたが……まだ着ていないみたいだ。まあ……今顔を合わせるのは少し気まずいから俺にとっては好都合だけ――
バァ――ンッ!
――突如耳に入る、轟音。音のした方を見ると、真谷が教室の扉を勢いよく開け放っていた。血相を変えてこちらを睨んでいる。
「おい瀬戸ッ!」
「ど、どうしたんだ?」
悪いことをした記憶も無いし……ここまで怒る理由が全く解らない。
「『どうしてアイツを傷付けるような真似したんだッ!』」
「は? アイツって? 傷付けるっ――」
「とぼけんなぁ!」
俺の言葉を遮って、真谷が己の拳を俺の机を叩きつけた。……痛そう。
「テメェ……! どうして美影を振ったんだよ!?」
「ど、どうしてって何だよ? っつーか何でお前が知って――」
「どうしてだって言ってんだ!」
真谷の勢いに圧倒され、俺は金曜日のことを話した。
放課後、月光に呼ばれて屋上に行ったら告白されたことも、それを「真谷がいるから」という理由で断ったことも。だが、それを聞いた真谷は――、
「ざけんなッ! 俺はなぁ! 金曜、美影と一緒に帰ってる時に振られたんだよ!」
と、言ってのけた。そしてそのまま――怒りに任せて俺の胸倉を掴んだ。
「おっおい……! 苦し……」
「どうしてなんだよ! どうして美影は……何が起こって……!」
「落ち着……け……事情を……」
真谷の腕を必死になって掴み、『苦しい』と訴えると、彼はすぐに手を離してくれた。
「がはっ――!」
呼吸が可能となった俺は喉元を押さえて少しでも楽になろうとする。俺らのやり取りを見ていたであろう女子勢からは「やばくない?」等という声も上がっている。中には先生を呼びに行こうと話す子も。
「美影がなぁ……」
そんな周りの空気とは違い、張り詰めた空間の中で真谷は重々しく口を開いた。
何でも、金曜日に一緒に帰っている時のこと。月光が急に立ち止まり、何の脈略も無く「別れたい」と言い出したらしい。当然真谷はそれに食い下がり、理由を聞き出そうとした。だが、月光は「ごめん」しか言わなかったらしい。
そんなやり取りを数分続けていると、ついに月光は新たな言葉を紡いだという。
「雪哉君と両想いになったの」
と。その時はどうすることも出来ずに別れを受け入れた真谷だったが、今日になってどこからか「瀬戸雪哉が月光美影を振った」という話が耳に入り込んで来た。
彼は思ったのだ。「どうして両想いなのに振ったんだ。俺が血の涙を呑む気持ちで別れたのに」と。
説明をし終えた真谷の瞳には、更なる強い炎が宿っているように見えた。怒りを彷彿させているような、悲しみがあるような瞳だ。
「まっ、待ってくれ真谷! 俺が月光と両想いって、そんな訳な――」
「美影がそう言ったんだよ! 嘘な訳ないだろうが!」
「っ……!」
ああそうだ……。結局コイツも『月光感染者』なんだ。仲が比較的良いと思っていたが、結局はソレなんだ。月光が「ここは宇宙だ」と言えばここは宇宙になるし、「雪哉君と両想いだ」と言えばそうなってしまうんだ。
それが――この空間だ。
「なのにッ――どうして美影を振ったぁ!」
月光が望めば、少なくともこの空間はアイツが望んだ通りになる。もしもアイツがこの空間――教室で泣き喚けば、『感染者』も一緒になって泣き始める。笑えば笑うし、怒れば怒る。
そんな単純なことだった。
「待ってくれ真谷! これは違――」
「『もう要らねえよ』」
「はっ?」
真谷が、怖いくらいに冷たくなった声をこちらに向けて放った。流氷のように流れ出る言葉に対し、俺は呆然と立ち尽くす。
「『頼むから……俺の前から消えてくんないかな』」
「おい真た――」
「『消えろッつってんだ!』」
周りを見れば、もうクラスメイトの大半が登校していた。
その全員が生ゴミを見るような目で――俺を見ている。
ここには……敵しかいない。そう思うしかなかった。三百六十度、どこを見ても鋭い視線は一度も俺から外れることが無かった。
ここに俺の居場所は無い。
月光美影が来たあの日から、俺はここにいてはいけない存在だったんだ。
「――チッ!」
そう思うと、もうこんなところにいたくなかった。……いいや、こんなところに俺の居場所は無い……か。
教室の扉を開け放つ。と――。
「おはよう雪哉君」
――月光美影が、そこにいた。
「お前っ……何がしたいんだよ! 何のつもりで――」
「美影さんに近寄るなクズ!」
「そうよ! アンタみたいなゴミ人間が美影ちゃんの傍にいられると思わないで!」
「さっさと離れろよクソ野郎!」
「きーえーろ! きーえーろ!」
月光と話をしようとしただけで、もうこのブーイングだった。次第に「消えろ」コールは勢力を増し、ここに戻って来ることすら許されていないような、そんな気さえした。
「くっ……!!」
叫び出したいのを我慢して、月光を睨み付ける。だが、その行為はこの教室にいる『月光感染者』の怒りを買うだけだった。
もう何もかもが嫌になって、早足でその場から離れようと足を出す。と――、
「『どう? 思い知った?』」
――後ろから聞こえる、支配者の声。
グッと下唇を噛み締めて歩き続ける。駄目だ……ここで振り向いたら駄目だ…………!
「ふふっ」
俺を嘲笑うような零し笑いは、無視できなかった。
「お前の野望が何なのかは知らないけどなあ!俺は――」
「言ったじゃない」
振り向いて叫ぶ俺の声を、凛とした透き通る声。転校初日の自己紹介の時と全く同じ声。
「『後悔させてやる』って」
吐き気がした。
俺にこんな思いをさせる為だけに彼氏を作ったのか? こんな茶番をする為だけに?
「お前は……何なんだよ……」
引き攣った表情で訊いた。この女王様の正体は、一体何なんだ……。
「ただの転校生よ」
その言葉は、偽りで創り上げられている気がした。真実なんてどこにも無いような気すら。
「………………!」
月光が浮かべた笑みを見て、振り返り、歩き出す。もうこれ以上こんなヤツと話したくなかった。自分の全てを見透かされているような視線が気持ち悪かった。
屋上へと続く階段を上ろうとする俺の背中に向かって、月光は止めと言わんばかりに冷酷な声を発した。
「『――雪哉君が悪いんだよ?』」
恐怖で、涙が溢れて来た。




