月光美影
カリカリカリ……。
月光美影と隣の席になって初めての授業。クラスメイトから注がれる好奇の視線を受けながらも、何でもない顔をしてノートを取る。
正直、コイツと隣になるのは『月光感染者』と隣になるよりも嫌だった。こんな得体の知れないような女、怖すぎて近付きたくもない。
コツコツ。
嫌な予感は、的中した。
月光が俺の机をシャーペンのノックの部分で叩いて「ねえ」という信号を送っている。小さく息を吐き出して仕方なしに月光の方を見やる。
すると彼女は左手に持っていた紙片を俺に差し出して来た。
「何だよ」
声を最小限に抑えて訊く。
「いいから。見て」
彼女も声を落としてメモを見ることを強要してくる。
これ以上のやり取りは先生にバレる恐れがあったので、ここは受け取ることにした。二つ折りのメモを開き、中身を見る。
『今日の放課後、屋上に来てくれない?』
と、凄く可愛らしい文字でそう綴って在った。
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次の日のこと。
「ねえ、どうして昨日屋上に来てくれなかったの?」
朝っぱらから、月光に問い詰められた。
彼女の言う通り、俺は昨日屋上には行かず、帰った。簡単な理由だけど、俺は昨日『屋上に来てくれない?』とメモに書かれた。その答えを、俺はしていない。
『行く』とも言っていなければ『行かない』とも言っていない。そもそも約束なんてしてないんだから、変な言いがかりは付けられないのが筋だろう。
「別に。行きたくなかったからな」
「来てって言ったじゃない」
「さぁ、何のことだか。俺は『来てくれない?』とメモに書かれただけだ。『行く』なんて言ってない」
普通の女子になら、こんなに冷たくは接しなかっただろうが、コイツは普通じゃない。嫌われたいとさえ思っている。
「じゃあ、今日の放課後、屋上に来て」
俺の言う言葉の意味を理解したのか、彼女は返事をせざるを得ない言い方に切り替えた。
「ああー今日は確か習い事があってだなー」
「あなた、習い事なんてしてないでしょ」
「は? 何で?」
「分かってるのよ? あなたのことくらい」
ストーカーか、コイツ。
人の習い事の事情まで手中ってことなのか?
「だから放課後、屋上に来てね」
「嫌だよ。俺にだって事情がある」
「……私のこと嫌い?」
うわぁ……出たよこういう女子。泣き落としみたいな作戦に引っかかる男子はここで「嫌いじゃない。屋上行くよ」となるんだろう。けど――、
「嫌い」
俺にそんな作戦は効かない。逆効果とさえ言える。
「………………」
面と向かって、恐らく初めて「嫌い」と言われた月光は、キッと目つきが鋭くなった。……化けの皮が剥がれたみたいだ。
「ふぅん……」
「何だよ」
「あなただけよ、この二ヶ月で自分から私に話しかけて来なかったのは。他のは皆、私の虜になってるのよ?」
「それは俺も記録を更新し続けないとな。大変大変」
「あなたは私のどこが嫌いなの?」
少しだけ、月光の表情が曇った。……この様子ならきっと本当に「嫌い」と言われたことが無いのだろう。
「お生憎様、俺は女王様が大っ嫌いなんだよ」
そう言って、俺は教室から出て行った。あんな空間にいたら月光病に感染してしまいそうだ。
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放課後、俺は掃除も無いのでさっさと帰ろうとした。
「ちょっと」
――が、その行く手を月光が阻む。
「何だよ」
「放課後、屋上に来てって言ったでしょ」
「だから、行くなんて言ってないだろ」
それだけ言って彼女を押し退けようとする。――が、
「大声出すわよ……?」
この女は……!
「胸触ったとでも言うつもりか?お前、イタイ女だな」
「……っ! あんた……!」
月光が怒りに震え、下唇を噛み締めている。
「俺は忙しいの。じゃあな」
強引に話を打ち切らせて玄関に向かう途中、何度もクラスメイトから睨まれたのは気にならなかった。
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『今すぐ屋上に来て』
次の日の朝、下駄箱を覗くと靴の中にそんなメモが在った。字体からして月光の物と分かるが、「名前が無かったから」とでも言えば行かない理由はつくだろう。
「さて……」
迷わず教室を選択した。月光から呼び出されても、行く理由も無ければ義理も無い。時間の無駄にも程がある。……大体、俺はアイツには近付きたくないんだ……行かなくていい。
「ねえ、何なの?」
朝のHRのギリギリ前に着席した月光が、俺をもの凄く鋭い目つきで睨む。
「何が」
俺はそれを直視するのは、何だかこんなレアな目つきを俺が見てしまうのは他の月光感染者に悪いような気がして(ビビッている訳ではない)目を合わせずに答えた。
「手紙、見たんでしょ? 何で来ないのよ」
「へえ。アレってお前が書いたんだ? 名前無いから誰かと思って行かなかったんだよ」
「私がこの二、三日であんたに何回『屋上に来て』って言ったと思ってるのよ……私以外に考えられないでしょう……!」
月光は怒りに身を任せ、俺の腕に爪を立てている。……これは制服の上からでも痛い。
「もしかしたらこのクラスの奴がその会話を聞いてて、俺に恨みを持っての行動かもしれないだろ。俺さあ、殴られたりするのは嫌なんだよ」
「……チッ」
俺がそう言った途端、女王様の仮面は剥がれ落ちた。
整っていた彼女の顔が苦痛――怒りに歪む。
そもそも、俺が彼女の呼び出しに応えない理由はもう一つある。
どうして屋上なんだ?
呼び出すんなら屋上が最適なのかもしれないが、いくらなんでも屋上に呼びすぎだろ。……まあ、俺の杞憂だといいんだが。
「あんた……ふざけないでよ」
「何だよ」
「呼び出しても来ない、直接言っても来ない! じゃあどうすれば来るのよっ!」
月光の叫び声に、クラス中から「何事だ」という視線が送られる。
「だから――」
俺はそんな視線を無視して構わずに続ける。
「――行かないって言ってんだろ」
「『後悔させてやる……』」




