悩み事
「なあ西内……例えそれがどんな理由であっても、テストに向けての勉強に励むって……偉いことなのか?」
「口から手ぇ突っ込んで内臓穿り出してやろうか? 瀬戸」
おぉっ怖っ。
「冗談ですよ……」
……ニ割は。
「チッ……んで? 何の話だったか……」
「だから、どんな理由でもやる気を出すのはいいことかって話ですよ」
最早、日課となって来た放課後の西内との談話。今日も誰も居なくなった教室で話をしている。内容は昨日の帰宅部で行われた罰ゲーム設定の話について、だ。
「まあ、やる気が出るんならいいんじゃないか?」
「ん~……そんなモンですかね」
何だろう……こうは言ったものの、腑に落ちない。何かが根本的に間違っている気がする。こう……上手くは言えないけど、何か引っかかる。
「そんなモンだろ。じゃあな、瀬戸」
西内はガタッと椅子を鳴らしてその足で教室の出口へ歩いて行く。その途中、
「あー……そうだ」
どこか気恥ずかしそうに、ほんの少しだけこちらを振り向いた西内が言う。
「瀬戸、何をやるにも……後悔だけはするなよ」
っ――!
「どーもっ!」
聞いた途端、雷が落ちたかのように体が跳ね上がり、走り出した。それだ……! 引っかかっていたのはそれ……『後悔』なんだ!
もしも雪雛が負けて髪を切ることになったら、後悔しないのだろうか……そして「負けたら髪を切る」と言った時の彼女の表情が――思い詰めたような表情が、ずっと気になっていた。
そんな思いを胸に、廊下を駆ける。今の俺には、これだけで原動力となる何かが在った。
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ゲシッ。(←月夜が俺の脛を蹴る音)
ゴキンッ(←咲夜に肩の関節を外される音)
ボスッ。(←雪雛に鳩尾パンチをされる音)
「瀬戸、アンタは本当に救いようの無いクズね」
「瀬戸君、女の子の決断に口を出すなんて、だめだよ?」
「……私、思い詰めた顔なんてしてないわ」
部室に来た俺は、早速罰ゲームのことについて語った。具体的には、もし雪雛が負けて髪を切ったら後悔しないのか。思い詰めた顔が引っかかった、という内容。
俺の親切心からの行為は――暴行で返された。
「待て、待ってくれ。この現状をおかしいと感じているのは俺だけなのか?」
脛蹴られるわ、間接外されるわ、鳩尾殴られるわで、滅茶苦茶だった。……どうして俺はこの部でいいことをしようとすればする程、仇で返されるんだろう。いい加減に泣きたくなって来る。
「……私は別に後悔なんて……しないから……っ」
そう言いながらも、雪雛の表情は曇って――――歪んでいた。それを見て一層不安が掻き立てられる。何だこの表情は……今までに見たことの無い、無表情。
俺の本能が直感で「ヤバい」と告げている。これは……何かある、と。
「お、おい雪雛? お前様子が――」
「……何よ、汚物」
暴言を聞かされて安心するのもどうかと思うけど……良かった、いつもの雪雛だ。
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「月夜は兄妹とかいるの?」
「兄貴がねー。咲夜は?」
そして最近ではお馴染みの三人下校に咲夜が加わり、四人で下校をしている。俺としては奇数で誰か余るってのが嫌いだから、意外と嬉しい。
前方では月夜と咲夜が仲睦まじそうに談笑をしていて、後方に俺と雪雛がいる。
「なあ雪雛。罰ゲームのこ――「……ねえ瀬戸君。汚物はどこに捨てられるべきかの討論をしない?」――……」
汚物って……俺のことですかね。
これでも俺は案外、人の変化とかには敏感な方だと思っている。悲しそうな表情をしている子がいれば声をかけるし(それがどんな結果になろうとも)、落ち込んでいる子がいれば声をかけるし(それがどんな結果になろうとも)、逆にいいことあったのかな?と思った子がいれば声をかける(それがどんな結果になろうとも)。
自分で言うのも嫌なもんだけど、周りにはそれくらい気を配っていると思う。
「雪雛。もし悩みがあるんだったら言ってくれないか?」
「……もし悩みがあったとしても、瀬戸君に教える義理は無いわ」
うっ……バッサリ切り捨てられてしまった。……確かに、雪雛が俺に悩みを打ち明ける義理なんて無いし、義務だって無い。これはただ単に俺のわがままだ。でも――、
「お前が悩んでるのを見てるのは……嫌なんだよ」
「っ――!!!」
本心を面と向かって言うのは、結構恥ずかしい行為だった。でも――、それでも本心が伝わるのならどんな手段でもいいって……思った。俺の羞恥心に対するメンタルを犠牲にして雪雛の悩みが聞けるならいいって、本気で思った。
雪雛だけじゃない。月夜も、咲夜だって同じだ。折角同じ部に入った仲間だ、悲しんでたり落ち込んでたり、悩んでいるところなんて見たくない。
「……聞いても……笑わない?」
雪雛は上目遣いで俺を見る。いつもはキリッとした吊り目が何だか異常に可愛らしく見える。……いや、元から可愛いのか。
「ああ。絶対笑わない」
少しだけ潤んでいる赤みを帯びた瞳は、宝石のルビーみたいで輝かしくって、綺麗だった。白く輝く彼女の長い髪は今日は一直線のストレートにされている。
「……実はね、」
雪雛は意を決したように大きく一つ息を吸った。その仕草にこちらまで緊張してしまう。
「……私のおと――キモオタの彼女が今度、家に来るのっ」
………………は?
待て、待て待て待て。まずどうして弟をわざわざキモオタと言い直したのか――ってああ、そういえば雪雛の弟の渾名はキモオタだったな……。
だが、そんなことより(雪雛弟、そんなこと扱いしてすまん)どうして雪雛弟の彼女が家に来るのが悩みなんだ?
「えっと……どうしてそれが悩みなんだ?」
上手い言い回しが思い浮かばず、結局単刀直入になってしまった。
「……キモオタの彼女が家に来るのが期末テストの一週間後なんだけど、その時に私のテストを額縁に入れて飾るのよ。それができる点数じゃなかったら、断髪式」
お前は力士か。
……って待てよ。どういうことだ? 雪雛が期末テストでいい点数を取れたら額縁に入れて家に飾る……つまり雪雛弟の彼女に見せつける……ってことか?んで、もしも飾れないくらいに悲惨な点数を取ってしまったら断髪式と。………………ううん、意味が分からん。分からんけど……ただ一つだけ分かることは――、
「雪雛……お前ってブラコンなのな」
ゴスッ。(←雪雛の拳が俺の鳩尾にのめり込んだ音)
「ぐふぅっ!」
「……瀬戸君、もしかしたあなた今『ブラコン』って言ったの? もし言ったのなら『ブラコン』って、あの『ブラコン』のことなの?」
正直、ブラコンに種類なんて無いと思う。
ブラコン=ブラザーコンプレックス。俺の中では兄・弟を恋愛対象として見ている人ってことにしている。細かい定義は知らないけど。
「だって弟の彼女にいい点のテスト見せつけようってんだろ?で、それができなかったら断髪。これってブラコンじゃないの?」
ゴスッ! (←雪雛の拳が俺の鳩尾にのめり込んだ音)
「……瀬戸君、何なの? 馬鹿なの? 死にたいの?」
「………………」
まあ、何はともあれ……いつも通りの雪雛で本当に良かった。




