崩れ行く教師像
「あの、西内先生」
体育祭が迫って、朝練なんかも始まって来たこの時期。グラウンドに目をやると「イチッニッイチッニッ」と声を合わせて走っている他クラスがいた。
俺達のクラスは何もしなくていいんだろうか……等と、ガラにもなく考えながら我がクラスの担任、西内先生に声をかける。
彼女は職員室で、学校から教師に一人一台支給されたノートパソコンを使い、オンラインゲームをしているところだった。
「何だ……私は今、アイテムを集めるのに忙しいから後にしろ」
それが用事が有って教師を訪ねた生徒に対する態度か。
「西内先生」
だが、負けじと声をかける。
「チッ……今レベ上げしてんだ」
レベ上げって、経験値ちょっとしか溜まってねえじゃねえか。後何時間かかんだ。
「あ、あの……西内先生。ちょっと宜しいでしょうか?」
そこへ、俺の後ろからひょこっと顔を出す見知らぬ女子生徒。ああ、無駄だぞ。これからこの人レベ上げに後何時間も費やすから。
「ん、涼月か。どうした?」
おい待て。何だその態度の違い。何をそんなにニッコニコしてんだ、皺が目立つぞ。
明らかすぎる対応の差に、理不尽だろうと怒りを覚える。……って言っても、この先生だしな。
「えっと……せ、瀬戸君が先に並んでたなら……どうぞ」
控えめな性格。細いようでしっかりと整っている声。俺はそれに、聞き覚えは無かった。
涼月と呼ばれた子を視認する。……おぉっ、可愛い。
全体的に茶な髪色は、それでも『垢抜けている』といった部類には入らない、おしとやかな色。サラサラのそれは指を入れても一度も絡まないだろう、という程に手入れされている。
そして圧倒的なのが、彼女の顔。これでもかっというくらいに愛らしい目は、純粋無垢なチワワを連想させる。小さな唇はまるでハムスターのようで、頭を撫でてあげたくなる。
垂れているとも吊っているとも取れない、綺麗な目だった。
「あ、あの……瀬戸君?」
ただ、気になる。
こんな美少女が、何故俺を知っているんだ……?
「え、ああ……いや、俺はいいよ」
「そ、そう? ありがと……」
ふにゃっと笑った彼女は、見ているこちらまで溶けてしまいそうな笑みを見せた。な……何だ、この小動物みたいな奴はっ!? 俺を殺す気か?
「えっと……西内先生、部活動のことで――――」
ちょっと後ろに下がって、なるべく涼月と西内先生の会話を聞かないように努力した。きっと個人的なアレだろうから。
「は、はい……。何とか説得してみます」
「頑張れ」
涼月が悲しそうな表情でそう言い、西内先生に頭を下げて職員室から出て行った。ほうほう、礼儀も分かる子なのか。
そして俺がさっきから呼んでいる西内先生は、俺をチラッとだけ見て――、
「さぁて、キングアカラコを狩るか」
――ノートパソコンに目を落とした。てーかキングアカラコって超雑魚モンスターだろ。そんなんでレベルが上がると思ってんのか。
「ちょっと待て――下さい。明らかに今、俺を見ただろ――でしょう? さっきから俺が呼んでんのに気付いてんだろ――ますよね」
「チッ……分かったから、無理に敬語を付けるな。気持ち悪いぞ」
お、俺の努力が……気持ち悪いだと? 全く……生徒の努力<キングアカラコだとは思わなかったぞ。
「で、何だ」
涼月に見せていた笑顔(十割引)を前に、震える拳を押さえる。な、殴っちゃダメだ……! 殴ったら俺の体から関節が無くなる……っ!
「おね――「無理」――表出ろやぁぁぁああああ!!!」
止められない止まらない~コイツ~をなっぐりたぁ~い!♪
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「で?」
「っ!!!???」
なぁにが「で?」だっ、このクソ教師がっ!
乱闘のあった職員室を追い出された俺と西内先生は現在、校庭に来ている。これが可愛い――さっきの涼月のような――子とだったらとんでもないラブコメ展開なのだが、それがこのニ十台後半強のオバサンだからな。
「おねが――「無理だ」――っ……くっ……」
ヒクヒクと痙攣する顔に鞭を打って笑顔を作る。
(大人になれ……俺……)
「お――「チッ」――こんの給料泥棒がぁぁぁああああああああ!!!」
ここまで残酷な給料泥棒を、俺は今までに見たことがない。
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「チッ……じゃあ一つだけだぞ」
「ありがとうございますぅ!」
もう、ヤケになってた。
「ふぅ…………先生、図書委員会からの、お願いがあって、来ました」
「はぁ?図書委員? ……さっさと言えよ」
「アンタが無理無理言ったんだろ!?」
何なんだこの人は!? 本当に教師かっ!?
「っつーか……お前、図書委員だったんだな」
アンタは俺の担任だろうがぁぁぁ……!
「んで? 図書委員がアタシに何の用だ」
「図書室の鍵を貰いに来ました」
「あぁ? それだけか?」
「は、い……!」
「チッ……さっさと言えよ」
「くっらぇぇぇぇぇええ!!!」
俺が放とうとした渾身のラリアットを西内先生は片手でいなす。そして空いている方の腕で俺にラリアットをして来る。
「くっ! 食らうかぁ!」
上体を反ってそれをかわす。……この位置なら……イケる!
体を起こす勢いで西内(元)先生に頭突きを――!
「甘いな」
――かまそうとしたら額を膝蹴りされた。
「ぅがぁぁぁあああぁぁああああぁぁぁ!!!」
崩れ行く意識の中で一つ思う。
コイツ……殺る……!!!
体育祭まで、残り二週間と四日。




