そんなこんなで起こるハプニング
ピロリロリンッ♪
黒い固形が……俺の携帯電話がブルブルと振動して、着信を知らせている。俺が昨日までの人生でメールアドレスなるものを交換したのは二人。母親と父親だけだ。
携帯電話でメールをすることができたなんて……日本の技術も進歩したもんだな。パソコンでも今はソーシャルなんちゃら……つまり、SNSなるもので世界中の人々と交流できるらしいし。
「ふぅむ……」
一つ唸って、携帯電話を眺め見る。分かっているさ、メールが届いていることくらい。誰からのメールなのかも分かっている。ついさっきアドレスを交換した月夜だろう。こんな時間に親からメールなんて来ないし。ってか今家に居るし。
「むぅぅ……」
携帯を閉じたり開いたりする。何を悩んでいるかって? それは……まあ。
「はぁぁ……」
免疫が無い。女子とメールなんてしたことなんてないから緊張しているのだ。悪いか!
「うじうじするな、自分っ」
自分に渇を入れて字旬されたメールを確認する。
『月夜』
「終わりかよぉぉぉ!」
二文字って!初メールが名前だけって! 「宜しく」くらいあってもいいんじゃないの!?
俺の緊張と時間を返せ! 緊張してた俺が馬鹿みたいじゃないか……。って、これを雪雛の前で言ったら「みたいじゃないわ、馬鹿よ」なんていわれそうだけどな。
それにしても……これはこれで返信に困るな。こちらも『瀬戸だ』なんて返せばいいのだろうか?いや、そう返すと向こうの方が返信に困るか。
「う~ん……ほんとメールって難しいよな」
ベッドの上をゴロゴロと転がって何と返信しようかを悩む。……よしっ。
『グッモーニンッ! 瀬戸だ』
ちょっとお茶目さんになってみた。
……待つこと数十秒。携帯の扱いに慣れているのか、返信はすぐに来た。
『キモい』×約百
「なっ、何でそんなに速く打てるんだ!?」
自分でも思った。……気にするところはそこじゃあないだろう、と。
「くぅ……やっぱりメールって難しいな……」
『冗談は置いといて、体育祭の準備はどうなんだ?』
『今日は十字路からまた走ったわ』
ほう、頑張ってるんだな。これは俺も見習わねば。お疲れ、くらいの言葉をかけてやろうとして、返信ボタンを押す。
「んぅ?」
だが、やたらと改行の矢印が続いている。気になってスクロールしてみると、そこには――
『二メートルだけ』
――。
「ふっざけんなぁぁぁ!」
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翌日。
あれから月夜とは少しだけメールのやり取りをして、二十二時くらいにはもう寝た。体育祭が近付いているから体の調子だけは整えておかないとな。
七時五十分に家を出て、学校に向かう。俺が使用しているこの通学路は、人が少なくて好きだ。……べ、別に俺がコミュ障って訳じゃないぞ?
キーンコーン――。
校門をくぐると、八時を知らせるチャイムが鳴り響く。今日は水曜日で五時間授業だからいつもよりも早く帰れる予定だ。さぁ、今日はどんな楽しいことが待ってるかな――!
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「ねえ瀬戸」
「はい……」
「選ばせてあげる。自殺か他殺か、どっちがいい?」
朝の一言を撤回しよう。……いや、口に出してはいないから一言って言うのか曖昧だが、とにかく撤回しよう。
×『今日はどんな楽しいことが待ってるかな』⇒○『今日はどんな危険に晒されるのかな』
訂正完了。
「俺に死ぬ以外の選択肢はないんですかね、月夜さん」
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ことは放課後に起こった。俺がいつものように西内先生に付き纏われながら部室に向かっていると、丁度掃除途中なのか、ゴミ箱を持って廊下を歩いている雪雛に会った。
その時点で俺を雪雛に任せた西内先生は、職員室に戻った。そして俺は折角だからと、掃除が終わるまで雪雛を教室前で待った。
掃除は大分進んでいて、数分で終わってくれた。そのまま部室棟5-3教室に行く為に渡り廊下を経由していると、またまた偶然月夜に会った。
三人で5-3教室に向かっている途中の階段、俺は自分の右足の靴紐を左足で踏んでしまい、躓いてしまったのだ。
「ぉわっと!」
――――目の前には、トイレ掃除を終えたのか、水の入ったバケツを持っている男子。
ビシャァァ――。
宙を舞ったバケツが、月夜に頭から被さった。
フルフルフル……。
怒りでわなわなと震えている月夜。
恐怖でわなわなと震えている男子。
「ああ……ごめんなさいね。これ、返すわ」
月夜が薄ら笑いを浮かべて、すぽっとバケツを取り、男子に渡した。
「ごごご、ごめんなさい!」
男子はその笑顔に戦慄し、去って行った。
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そして、今に至る。
月夜はあの後、奇跡的に持っていたジャージに着替えて、只今俺を説教中。何でも、授業があったらしい。
「だいったいアンタはねえ、靴紐くらいしっかり結んでおきなさいよ」
いや、靴紐はしっかり結んでいたんだ。
「そもそも、何で自分の靴紐踏んでんのよ」
いや、人間、間違いはあると思うんだ。
「大体、土下座すれば私が許すとでも思ってんの?」
うん。
メゴッ。(←月夜が俺にアイアンクロー)
「ぁぎゃぁぁぁああああぁぁああ!!!」
痛い! 痛いよ月夜さぁん!
「何か今、アンタが心の中で「うん」って言ったような気がして」
何で分かるんだ……くそっ……今度からはバレないようにしてやるっ!
「はぁ……まあいいわ。アンタも悪気があった訳じゃないでしょう死ね」
あれれぇ~? 最後の「しね」のアクセントがおっかしいぞぉ~? (眼鏡の探偵少年風)
だがまあ、何だかんだで許してくれる月夜は優しいと思う。結局パンツを見た時だって許してくれたし。
「……瀬戸君」
「んぁ?」
不意に、雪雛が俺達のやり取りを見て声をかけて来る。
「……私ね」
「ん、おう」
「……瀬戸君はクズだと思うの」
「面と向かってよく言えたなあオイ!」
何がしたいんだっ!
全くもって、コイツの考えていることはよく分からん。
結局今日も月夜は、はぁはぁと息を切らせながら十字路まで走っていた。
体育祭まで、残り二週間と五日。




