体育祭に向けて~どこの増田さん?~
――――早いもので、俺が帰宅部に所属してから三週間が経った。
日付は五月に変わり、上着の必要ない季節へと様変わりをしたこの時期。
ここ東雲高校で起こる、ビッグイベント。
「「「体育祭?」」」
部室にて、俺達帰宅部員の声が重なる。
俺の通う、ここ東雲高等学校で開催される体育祭は、大変評判が良い。クラス対抗リレーでは白熱したバトルが見れ、個人種目では野球、サッカー、バドミントン等のスポーツ系の種目までが揃っている。
そして、何より人気なのが……個人種目・団体種目にプラスして、部活動種目というもの。普段は大人しいイメージの文化部が隠れた才能を発揮して、毎年会場を賑わせているんだとか。
「ええ。本番は三週間後です。私も部活の顧問としてあなた達三人には頑張ってほしいのよ」
俺達帰宅部の顧問である佐伯舞先生がパンッと手を叩いて楽しそうに話している。その姿を見ていると、普段の知的な表情に隠された幼さが垣間見えた気がした。
「――それじゃあ、頑張ってね」
大方の説明が付き終わった佐伯先生は最後にそう言って部室から出て行った。
部室棟5―3教室に設立された、東雲高校では前代未聞の帰宅部。とは言っても、毎日一時間以上の活動が義務付けられているが。
5―3教室に帰宅部員の三人だけが取り残される。
俺こと瀬戸雪哉と、
「はぁ……体育祭ね……」
月光月夜と、
「……私は楽しみ」
霧平雪雛。
俺達三人はちょっと周りとは外れてしまった生徒(問題児ではないと願いたい)として、ここ帰宅部に所属した。百在る部活一覧の中から――ではなく、自分で勝手に『帰宅部』という存在を作ってしまったのだ。「ワイルドだろぉ~」と自慢したくなる。
「雪雛は楽しみなのか……意外だな」
俺が思ったことを口にすると、雪雛はどこか拗ねたような表情で、
「……私、運動は結構好きだもん」
と言った。少々吊り上った(しかしキツいという印象はない)綺麗な目に丁寧に手入れされた髪は、今日はツインテールになっている。きっとどんな髪型でも似合ってしまうんだろうなあ、と毎日のように思う。
「悪い悪い、そんな拗ねんなって」
穏やかに言うと、雪雛はぷくっと膨らませていた頬から空気を抜いた。それがリスみたいに可愛くて、つい微笑んでしまう。
「月夜は? 運動とか好きなのか?」
話の流れで何となく振ってみたが……、
「体育祭なんて嫌いよ……私運動苦手だし」
……すっかり落ち込みムードの月夜さん。タラリと垂れているご自慢のストレートの髪は本人の気持ちと同化しているようにも見える。それに、いつもはキツくない程に吊り上った目が今は垂れてるようにも見えるし、これはこれで可愛いもんだ。
……とまあ、体育祭の好き嫌いは人それぞれだよな。俺は嫌いじゃないけどな、こう……皆で団結! みたいなのは。
「三週間後、か。結構すぐだよなー三週間なんて」
実際に、俺がこの三週間を過ごして思ったことだ。帰宅部結成から三週間なんて、本当にあっと言う間だった。平穏な日々を過ごして、三人でバカやって……それだけで三週間が過ぎたんだから。
そして何より……たったの三週間だったのに――凄く楽しかった。
「うぅ……何で体育祭なんて在るのよ……! 元はと言えばイギリスやドイツの体育的行事が在ったからなのよ……だから日本も便乗して体育祭なんて作ったのよ……バカバカバカ……」
正面では月夜が呪詛のように呟きを漏らしている。今、月夜が言った通り元はイギリスやドイツの体育的行事に起源を有しているらしい。あまり細かいことは知らないけど。
「こうなったら国会に乗り込んで――」
「やめとけアホ」
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「さぁ走りましょう」
「どこの増田さんだお前は」
部活が終わり、自由が訪れた俺と雪雛にそう言ったのは何故だか元女子マラソン・陸上競技長距離走選手で、現在はスポーツジャーナリスト・レース解説者・タレントなどで活動中のあの増田さんの口真似をしているとしか思えない月夜だった。
「は? 増田さん? 誰?」
「増田さんと増田さんの家族と増田さんのファンに全力で謝れ!」
俺にも!
「まあいいわ。……早く走りましょう」
「まあ良くないが。……何をトチ狂ったんだ?」
正直、あれだけ否定していた体育祭に向けて走りの練習をするとは思えない。きっと観たいテレビ番組が在るとか、そんなことなのかな。
「と、トチ狂ったですって………………体育祭に向けて走りの練習をするのよ!」
怒声を浴びせる月夜。そんなにトチ狂ったって言われたのが気に食わないのか、俺にはキチガイって言おうとしたくせに。……いやでも言『おうとした』だけか。でもでも、『キチガ』まで言ってたしな。
「……どういう風の吹き回し?」
すると、今まで無言だった雪雛がここで初めて反応の色を示した。きっと雪雛も月夜のことをトチ狂ったと思ったんだろう。
「私ね……このままじゃダメだと思うの。嫌いなものを嫌いって言い続けるだけじゃ。ちゃんと立ち向かわなくちゃって……!」
「本当は?」
「いっぱい練習して怪我でもしたら休め――って何言わせるのよ!?」
ほうほう、それが本心か。しかし、その心の声を聞いた以上休ませる訳にはいかないな。
「よし雪雛、練習はしないでしっかり体調を整えよう」
「……うん、それがいいと思うわ」
「ちょちょちょちょっと待って! 嘘です! 嘘だからぁ!」
ここまで取り乱している月夜は珍しいからついついからかいたくなる。
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「――って訳で雪雛は自分の家まで、私と瀬戸はいつもの十字路まで走るってことでいいわよね?」
何とか俺と雪雛を説得した月夜は、校門に立って仁王立ちをしている。俺からしたら何が「――って訳で」なのか分からない。ほとんど泣き落としだったくせに。
「おう」
「……うん」
月夜はさっきから足首を回したり、アキレス腱を伸ばしたりと、準備運動に励んでいる。あーあ、そこまでやったら怪我なんてしないのに。
「それじゃ、よーい――」
駆け出しのポーズをとって、月夜が「ドンッ!」と言い、走り始める。……おいおい、最初っからトップスピードで走って大丈夫かよ。
「はっはーん! アンタ達、大したこと無いわね!」
前方を行く月夜が振り向きざまに舌を出す。むぅ……生意気な奴め。
「……あれじゃあすぐに疲れるだけ」
「だな」
一方、俺と雪雛は自分の体力を考えて力を温存している。まあ、十字路なんて近いから本気で走っても何の支障も無いんだけどさ。
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「ちょ、ちょっと待ってよ瀬戸……!」
雪雛の家までは無事に一緒に走っていた月夜だったが、それ以降は徐々にペースを落として行き、今ではもう十字路は目の前なのに俺の十メートルは後ろを走っている。
「言わんこっちゃ無い……」
走るのをやめて、その場で軽く足踏みをする。久し振りに体が温まった気がする。
「あ、アンタ……速いの、よ……」
俺の横まで来て、石垣に腕を付いて体を支える月夜。本当に運動が苦手なんだな……。
「ほら、もう少しだぞ」
「あっ、ちょっとぉ……」
そして遅いスピードで走り始める俺に、何とか月夜がついて来る。
十字路まで来て止まると、ほんの少しだけ汗をかいていた。少し暖かいこの季節だからな……。
「や、やっと……着い、たぁぁぁ」
数秒のタイムラグを隔て、月夜が脱力したようにその場にしゃがみ込む。
「お疲れ。ほら」
月夜に手を差し伸べると、意外にも素直に掴まってくれた。だが、立つ気力は無いのか……その場から動こうとしない。
「っておいおい……ほら、立てよ」
「うぅ……」
余程疲れているのか、全然動こうとしない。
「早く立ってくれないと、ご近所さんに勘違いされちゃうだろ……!」
さっきから心配していることをしっかり聞こえるくらいの声で告げる。
「俺が女子高生に『お手』をさせてるって――ってあぎゃぁぁぁ!!! 手がぁぁぁ!!!!!」
「全く……」
月夜に差し伸べた手に、まるで西内先生が片足立ちで手に乗ったかのような力が加えられる(つまり重い)。何これ!? 月夜の握力!? 大体、こんなに力込められるんだったら立てるだろ!
「……じゃあね、変態」
「うがぁ……! 俺の手……!」
「聞いてんの?」
「くそぅ……その行動力をもっと違うことに使えないのか……この性悪女め」
ゲシッ。(←月夜が俺の脛を蹴る音)
「いってえええ!!! 弁慶が! 俺の弁慶がぁぁぁぁぁ!」
その場でのた打ち回る俺を見下して、月夜が「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「じゃあね、ドM変態野郎」
親の仇を睨み付ける要領で月夜を見上げて見えたのは――
「――白だ」
「へっ?」
月夜の――純白のパンツ。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
メゴッ。(←靴底が俺の顔面にめり込む音)
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
きっと俺は、ご近所さんにとんでもない誤解をされたであろう。




