『部活入部希望調査(強制)』
「これは何だ」
暖かい春の日差しが差し込んでくるこの季節、俺こと瀬戸雪哉は高校生になった。
公立東雲高等学校、これが俺の通うことになった学校名だ。ちなみに、『東雲』は『しののめ』ではなく、『とううん』と読む。
ここ東雲高校では部活への入部を強制している。様々なことに興味を持つ生徒をつくる為の、校訓のようなものらしい。
しかし、俺はそんなことを知らずに東雲高校に入学した。元々部活に入部なんてする気は無かったし、むしろ早く家に帰りたくて家から一番近いこの高校を選んだのだ。『部活強制制度』を聞いた時は退学したいとさえ思った。
「何って……『部活入部希望調査票』です」
今年俺の所属する一年B組の担任になった西内久美先生が見るからに不機嫌オーラ全開で俺に睨みを利かせる。
「お前は教師を舐めてるのか?」
女性とは思えないドスの利いた声で俺を問い詰める西内先生。
ここは東雲高校の職員室。中は思ってたよりも広くて過ごしやすい。そんな場所に入学からわずか一週間……校内放送で呼び出されるなんて思っても見なかった。
……そう、アレは今日から一週間前の水曜日のことだ。
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「じゃあメンドクサい学校の説明も終わったし、最後に『部活入部希望調査』をする」
高校生活初日、一時限目の入学式が終わり二時限目の学校説明ももう終わりに近付いて俺が喜んでいた真っ最中に、担任の西内先生がそんなことを言い出したのだ。
(ぶ、部活だと……?)
先にも言った通り、俺はそんな制度は初耳だったので絶望的な気分に浸ることになった。
(強制って何だよ……早く帰りたいから徒歩十分の学校選んだのに……)
頭を抱えて配られたプリントに目をやる。プリントの上方にはでかでかと『部活入部希望調査票(強制)』と書かれている。一瞬『(強制)』の部分を油性ペンで塗り潰して消してやろうかと思ったけど、シャーペンでグリグリ塗り潰すだけに留めた。
プリントの下方には部活名一覧が書かれている。バドミントン部、テニス部、バスケットボール部、卓球部、演劇部、美術部、コンピュータ部、ETC……。見るからに百は在るのではないかと思わせる程だ。
(部活なんてしたくねえよ………………ん、待てよ……!)
絶望的なこの状況に、一筋の希望が湧いてきた。
『入部希望部名』の四角枠に希望部名を書き殴り、プリントを前の席の人に送る。こうして前の人はさらに前の人へプリントを送って、最終的には西内先生の下に全員分のプリントが集められた。
西内先生はそのまま「ご苦労」と言って教室を出て行った。
神は、俺を見捨てはしなかった……!
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『部活入部希望調査』から一週間が経った今日の放課後、十五時半のこと。大抵の生徒が帰宅を開始し始めた中、一筋の希望のおかげで絶望的な気分から一転して心踊る――というか最早『部活入部希望調査』のことすら忘れていた――俺は、気になって仕方がなかった小説の続きを家に帰る前に読もうと机に手を突っ込んだ。
ミステリーものの小説で、今読んでいるところは丁度謎解きも終わっていよいよ犯人が分かるところだ。本当は家に帰ってからゆっくり読みたいところだが、続きが気になって急いで帰り、事故ったりしたら洒落にならないし、先に読んでおこうという魂胆だ。
栞を本から抜いて読み進める。まずは主人公である探偵の台詞。
【今回の殺人のトリックの種明かしはもう終わりにしましょう。証拠が揃い過ぎだ……犯人さん】
おぉっ、ついに犯人が分かるのか! ドキドキして汗ばむ手でページを捲る。ついに犯人が……!
【犯人は……】
『一年B組瀬戸雪哉、今すぐ職員室に来い』
弁明しよう、俺は犯人じゃない。
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とまぁ、そして今に至る訳だ。くそっ、犯人誰なんだよ。
「私が何だと訊いているのはコレだ」
西内先生はコーヒーを一口含んで、机に置いてある『部活入部希望調査票(強制)』の、『入部希望部名』の部分をコツコツと指で叩く。一週間前のものとは言え俺自身が書いたものだから、何を書いたかは見なくても分かる。
「お前はここに、何て書いた? ぁ?」
「きっ、『帰宅部』です!」
怖ぇ……絶対昔何かの『組』に所属してたろ、この人。
「お前は、この一覧表にすら、存在しない、帰宅部なんかが、通ると思っているのか?」
一語一語切るようにして、西内先生は机をゴンゴンと叩く。
「き、帰宅部だって立派な部活です」
「帰るだけだろ」
「だって『部』って付いてますし」
俺の正論(屁理屈)と西内先生の正論のぶつかり合いを続けること約十分。西内先生が大きく溜め息を吐いた。
「チッ……じゃあ条件だ」
……今舌打ちしましたアンタ?
「条件……?」
西内先生は自らの右手の指を三本ビシッと立てて、嫌な笑みを浮かべた。