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核戦争後の一幕

科学は前進するが、人間は変わらない。




               ―――――ベルナール

 廃墟。がらくた。壊れたものの集合体。ここは壊れた街の一角。

 その場所に、一人の女がいた。まだ若い少女といってもいいくらいの歳をした彼女は、よく手入れの行き届いた自動小銃を構えていた。腰には手りゅう弾がぶら下がっており、臀部のホルスターには拳銃がある。

 では彼女は軍人なのか? そうではない。着込む服は防弾チョッキながらも、軍服ではない。あげく被っているのは麦わら帽子である。軍人とは程遠い。

 壁が壊れて隣の部屋まで悠々と行き来できたので、残骸を踏みしめ、次の部屋に移る。

 そこには二体の骸骨が横たわっていた。ダブルベッドだったであろう炭の粉末が堆積した床に、抱き合うようにして永遠という時を刻んでいる。傍らには焼け焦げた拳銃。熱で半分がへしゃげた酒瓶。

 ふと壁を見てみれば、蜘蛛が巣を作っていた。せっせせっせとわが家を建築中。糸の家はさぞ住み心地よかろう。廃墟の中にスイートホームとはしゃれている。

 彼女は、愛の痕跡を無表情な瞳で観察すると、のんびりと振り返り、窓の無い窓枠から眼下を覗いてみた。

 一面に破壊の痕跡が刻まれた、死の街がそこにはあった。かつて発生した人類の過ちにより無差別攻撃を受けて壊滅した文明のあとが。ビルというビルは壊れ、窓ガラスなど見る影もない。普通の住居も大半が炎上して壊れかけて、頑丈なコンクリート製も衝撃波に晒されて脆くなっており、風雨や植物の浸食により朽ちつつあった。情報によると核の爆心地はまた違う街らしいが、余波だけで街が半壊していた。

 反面、空は綺麗だった。危惧されたニュークリアウィンターはなかった。核の灰は直ちに地面へと落着したからだ。しかし、放射性降下物は大地を酷く汚染してしまい、植物たちが枯れ果てた。環境は著しく変わってしまった。かつて人類が支配していた緑豊かな水の惑星は土と砂だらけの星になってしまったのだ。

 彼女は、自動小銃のストックを肩に当て、照準を視線に合わせ構えると、足音を殺して移動を開始した。もし敵がいれば即座に射殺。それが鉄則である。

 この世界において、もはや法律は意味をなさない。生き残ったわずかな人は小さなコミュニティを築いて生活をしているが、一方で暴力で物資を簒奪せんとたくらむ輩も多い。暴力に対するもっとも効果的な手段。それは暴力である。国家の、国家による、国家のための暴力が失われた世界では自衛自治が全てである。

 彼女の仕事は簡単だ。使える物質をみつけて、持ち帰ること。危険な任務である。少なくとも、安全地帯よりかは。

彼女の実年齢は20に満たない。本来ならば女は子供を作ってコミュニティに貢献しなくてはならない掟があったが、彼女は例外である。類まれなる戦闘センスを生まれ持っていたからこそ、物資調達の任務を与えられているのだ。

 彼女は、酒瓶があることを目ざとく発見して、未開封の品があることを期待した。一本あれば十本あるのが酒だからである。部屋のあら捜しが始まる。

骸骨の眠る部屋に戻ってくると、ベッドの残骸に埋もれた無事な金庫を発見した。無視する。貴金属ならまだしも、ただの札束が入っていたら骨折り損は間違いない。鍵を探そうにも見つかるとは思えない。運ぶには重すぎる。

 金属製の箱をひっくり返す。シワシワになった紙束が無造作に突っ込まれていた。悩む。紙は価値がある。コミュニティ内においても学問の重要性は認知されている。紙があれば学問はもちろん、記録にも使える。だが運べる荷物の量は決まっている。リソースは有効に使わなくては。

 彼女は麦わら帽子からはみ出た麦わらの繊維を指で弄りながら小首を傾げ、やがて紙をかばんに詰め込んだ。

 次に、本棚を探す。辞典なり、医学書なり、有用な本があれば持ち帰るつもりだったのだが、部屋が火に晒されたらしく、黒と白の炭ばかりが壁際で山を作っていた。

 忌々しい。

 焼け焦げて表紙も判別できない本をけっ飛ばす。

 次の建物へ移動せんと、彼女は動いた。一度建物を降りて登りなおすのも面倒なので、手ごろな窓に近寄って、隣の建物までの距離を測る。

 数m。壁際には簡易のテラスもとい柵が備え付けられている。外見上、崩れるとは思えない強度がある。錆も無し。ペンキこそ剥がれているが、根元から半ばまで、強度がある。

 窓からするりと肢体を抜け出せば、縁にぶら下がる。


 「えいやっ!」


 壁を蹴る勢いで反転しながら、隣のビルの柵に飛び移る。鍛え上げられた筋肉がぶら下がることを許す。キィ、と柵が鳴った。落下の予感に背筋に鳥肌が立つ。

 急がなくては重力に殺される。

 腕力だけで柵を登ると、ガラスの失せた窓からビルの内部へと潜入した。

 どうやらホテルのようだと瞬時に理解できたのは、入ってすぐホテルの名称の書かれたプレートが壁にかかっていたからだった。ホテルの文字はあるが、肝心の固有名詞が擦れて判別不能だった。

 ホテルならばいい品が見つかるかもしれない。ただし警戒は必要である。いいものがあるならば、人が寄ってくるのだから。

 まず、手近な部屋にお邪魔しようとして、ドアが開かないという障害にブチ当たる。

 彼女はため息を吐いた。


 「お邪魔は、壊す」


 一言だけ呟くとおもむろに後退して、突進する。脚力と突進を合成した前方方向への破壊力を叩き付けてドアを内側にねじ伏せた。鍵があろうとなかろうと、知ったことではない。

 メキメキと悲鳴を上げてドアの蝶番が吹っ飛び、内側に倒れる。ネズミがキーキー泣き叫びながら部屋から退散した。

 部屋は無人だった。死体を含めて。

 典型的なビジネスホテルの構造。入って奥に細長く伸びる作りであり、机と、ベッドと、バスルームくらいが部屋のすべてであった。核戦争の波及はビジネスマンの休息の部屋にまで及んでいた。窓ガラスは割れて床に飛び散り、壁には罅が走っている。家具の類はベッドを含めてしっちゃかめっちゃか。ネズミが巣食っていたせいで糞尿が床を汚していた。茶色と灰色のコントラストが吐き気すら催させる。


 「フーム……」


 唸りをあげて、部屋を後にした。部屋を探すのにしても、時間がかかる。一か所に留まれば留まるほど危険性が高まっていくし、武器弾薬食料体力の消耗も進む。瞬間的にその場所に用事はないと判断できなくては生き残れない。

 次の部屋は鍵がかかっていなかった。ご丁寧にノブを捻ってお邪魔する。自動小銃では取り回しがきかないので、大口径拳銃とナイフを交差させるように構え、忍び込む。

 バスルームの扉に耳をつけ音をうかがう。無音。そっと開いて拳銃の銃口を突っ込む。誰もいない。

 武器を下ろして捜索に移る。比較的綺麗なベッド。下を覗きこんでみれば、黒い殻の不快な虫が蠢いていた。


 「ラッキー」


 指先の無い手袋を締め直し、さっと捕獲する。もっしゃもっしゃと足を蠢かして暴れる虫――つまりゴキブリの腹部にプツリとナイフを突き立て絶命させれば、カバンに放り込む。決しておいしいものではないが非常食にはなるのだ。

 机を探す。引き出しの中に壊れた携帯電話が一個。電子部品が生きて入れば流用できるかもしれない。カバンに収納。

 そこで、つい、と拳銃を掲げると、窓に照準。放射性物質の影響で醜く変異して肥大化した巨大な蜘蛛の腹部に向かって三度発砲した。弾頭に撹拌されてクリーミーな液体と化した内臓が飛び散り、蜘蛛は地上に落下していった。

 まだ熱い薬きょうをポケットにねじ込み、銃口を吹く。


 「昆虫でさえこれだもの、人間ならおっぱじめたくて仕方がないのも納得よ」


 結局のところ、ホテルの客室にたいしたものはなかった。既に何者かが侵入した形跡があり、収穫と言えばくだんの携帯電話と紙切れだけ。

 次はホテルのカウンターや厨房を覗こうと階を下る。階段でのクリアリングは迅速に。出会いがしらを防ぐ目的でも、角を曲がるときはツヤを消した手鏡で覗きこむ。

 居なかった。暴漢の一人でもいれば鉛弾をくれてやって装備をはぎ取ってやるつもりだったが、いなければどうしようもない。

 カウンター。核戦争の影響は無論及んでおり、かつてはそれなりに綺麗だったであろうロビーのソファやら自動ドアやらの残骸がなだれ込んだうえで炎上したらしく、コンクリート製の基盤だけがカウンターの形を留めていた。レトロな電話機も表面がとろけ、受話器と母機が一体化していた。


 「よっと」


 カウンターに手を付くと、一息に足を持ち上げて、上を乗り越える。

 奥に進もうとしてドアが前方を塞いでいた。半ばから破断した消火器を小脇に抱え、突き崩す。モワッと埃が上がる。首に下ろしてあった布マスクで口を覆う。

 内部へと顔を突っ込む前に、拳銃から自動小銃へと切り替える。室内はそれなりに広く、拳銃よりも小銃の方が好ましかったからだ。


 「……クリアー」


 やはり誰もいなかった。

 ホテルとは表は煌びやかで裏は力仕事という典型的なサービス業の形態をした商売であるが、こと核戦争後では、面も裏もガラクタまみれであった。

 作業机は部屋の隅に片づけられ、腐乱死体が横たわっていた。壁際には複数の弾痕。やはり誰かがやってきたのだ。そして殺し合った。

 彼女は嫌な顔一つせずに死体を見分し始めた。服、粗末な布製。装備、なし。用無し。

 死体を放置して、薬きょうを調べる。拳銃に使用されることの多い9mm。ポケットに突っこんでおく。後で再利用できそうだったからだ。

 部屋中を探してもめぼしいものがない。

 彼女はため息を吐くと、埃っぽい空気から逃げるようにして厨房へと向かった。

 入口にはバリケードを築いた跡があった。放射性物質で変異した奇形たちから逃れるために誰かが構築したのだろう。敵の気配を感じ取り、銃を構え、足音を殺して内部の様子を調べる。音、クリア。視界、クリア。


 「拍子抜けさせちゃってさあ」


 厨房は無人であった。ただし、いくつかのミイラ死体を除いて。計五体。大きいのが二体。小さいのが三体。ポンプアクション式ショットガンと、釘と針金で補強したバットが転がっていた。ショットガンを手に取り、手早く分解して状態を調べる。かなり痛みが激しいがパーツ取りには使えるだろう。紐を肩にかける。持ち帰ろうと判断したのだ。バットはいらない。

 死体は、犬の死体らしきゴミに包囲されるような格好で折り重なって死んでいた。骨格から推測するに子供が三人いた。大きな骨格は大人。大人が子供を守ろうとしたのだろうが、抵抗虚しくなぶり殺しにされたのであろう。

 死体からは一抹の寂しさが漂っていた。

 死体は黙して語らず。

 彼ら彼女らは埋葬されることもなく、ただ時に身をゆだねるしかないのだろう。

 彼女は全滅の跡から目を背けると、厨房に残り物がないかを調べた。

 冷蔵庫。扉を開けてみれば、腐敗したうえで乾燥しきった肉やら野菜やら。黴だらけ。息をしないように注意しつつ閉める。

 調理器具入れ。当たり。包丁やその他調理器具。いくつかよさげなのを見繕って閉める。

 もういいだろう。

 彼女は次に、屋上へ向かった。屋上には通信アンテナがあるかもしれないからだ。

 屋上に通じる金属製の頑丈そうな扉の鍵はもちろん閉まっていたが、手回し式ドリルで鍵穴をくり抜いた。ただ熱線に晒されたらしく扉と壁がぴったり張り付いており、こじ開けられない。バールをねじ込み、体重をかける。


 「んんんんん~~~ッ……この、扉ごとき……」


 腕と腰にぐっと力を張り、ブーツで踏ん張り、バールを押す。ミチミチと金属と金属が剥がれる嫌な音色が扉を叩く。顔が真っ赤になる。足の筋肉がガタガタと震えだした。しかし扉は頑として開かず、外の風景を見せまいと頑張るばかり。

 バーナーでもあれば焼き切れたかもしれないが、無いものねだりである。


 「こんのォ、クソ扉!」


 彼女は無機物に罵った。

 駄目であると判断を下し、バールを抜く。憂さ晴らしに扉を蹴っておく。

 階段を下り、踊場にある窓から外へするりと抜けだす。一歩間違えば落ちて死ぬ危険行為をあえて冒す。窓の外側のでっぱりに足をかけ、窓枠の上によじ登れば、配管に掴まろうとした。確認のため、管を掴んでゆする。蹴る。途中で折れる恐れを察知。金具が錆びており、ぱらぱらと破片が落ちていった。

 バックからフック付きワイヤを取り出し手になじませると、カウボーイの輪投げの要領で振り回し、投擲する。ワイヤがたわみながら宙を上っていくと屋上の落下防止用の柵にかかった。二度三度引っ張り安全を確認すれば、腰の金具にかけて、登坂を開始。

 屋上についた。柵を乗り越え、ワイヤを解く。


 「先客? あー、死んでる死んでる。オハヨー死人さん」


 そこには、死体があった。珍しくもないごくごくありきたりな人の死体である。

 屋上は核戦争後のビルの屋上とは思えぬほどに整っており、瓦礫などの類がなく、よく掃除されていた。丁度中央にはパイプ椅子と簡易の机。ワイン瓶と、グラス。金属製の皿。ジッポライター。葉巻だったであろう残りかす。傍らには細長い箱がぽつんと佇んでいる。どこから屋上に運び入れたのかを確かめるべく柵をぐるり一周検めれば、下層階へ通じる梯子を発見した。

 これらの主は机の上で朽ち果てており、その頭は空を向いて夜空を見ていた。空洞と化した頭蓋骨の目は、もはや何も映さない。光が差せば内側に影を描くのだろう。

 近寄り、調べる。ワインは空。机の上には金属ケース。中身は錠剤だった。成分に目を通してみれば、それが猛毒の類であることがわかった。毒は使える。拝借した。ライターもついでに頂く。

 死体は雨風の影響だろうか、既に肉もなかったが、骨だけになってもなお着衣の跡が見られた。上着。ズボン。黒い布地。タキシードか何かだろうか。腕を持ち上げて、布地をまじまじと見遣る。

 次に箱の鍵をナイフで叩き壊し、中身を拝見する。高価な望遠鏡。そして、写真。アジア系の顔立ちをした成人男性と、その家族らしき妻と子供。

 望遠鏡は使える。箱ごとバックに押し込む。重い。そろそろ引き上げるべきであろう。

 彼女はその写真を骸骨の手に握らせると、空を仰いだ。一番星。

 この骸骨が何を思ってここで死んだのかはわからない。写真、毒、ワイン、それらから連想されるのは自殺である。わざわざ服毒自殺を選んだのも、望遠鏡があるのも、タキシードも、どれも寂寞を感じさせる。

 核の余波を潜り抜けて待っていたのは地獄だった。家族が死んだ。自分だけが生き残ってしまった。もう死のう。生きている意味なんてない。だけど最後は星空の下で天体観測でもしながら酒を飲み、穏やかに死にたい。

 ストーリーはいくらでも推測できたが、真相を知るものは既に天国に行っている。地獄かもしれない。いずれにしてもあの世とやらは大繁盛だろう。核戦争で大勢死んだのだ、神も悪魔も大忙しであろう。

 彼女は麦わら帽子を首に下ろすと、短髪をガシガシと掻き毟った。最後に水浴びをしたのは一週間も前だ。貴重な真水で洗髪をするなど阿呆の所業。必然的に体を洗うような文明的な行為は遠ざかる。

 疲労を感じ、がっくりと胡坐をかく。バックから水筒を出すと唇を湿らせる。

 街の探索に着手して早くも数日。そして、今まさに、日が暮れようとしていた。

 地球が焼かれても太陽は変わりなく営みを続ける。現在、かろうじて地上にしがみついている少数の人類が滅びようとも天空の運行に支障はない。

 地平線という境界線に片足を突っ込んだ球体が、秒を追うごとに沈んでいく。冷たさと暖かさが大気に揺らぎを作りあたかも太陽が生き物であるかのような幻影を作り上げた。

 骸骨の主をどけると、パイプ椅子に腰かけて、地平線に視線を重ねる。寂寥に胸がしくしくと痛んだ。夜が始まる。孤独な夜が。早くコミュニティに帰ってみんなとワイワイやりたかった。人は孤独では生きてはいけない。

 彼女にとって、その小さなコミュニティは家であり国であり帰属すべき家族である。かつて同じ国民で区分されていても、現在は違う。

 煙草を吸いたい。酒を飲みたい。無いものねだり。

 パイプ椅子が不穏な軋みを立てる。錆ついて、誰も整備しなくなったからである。

 彼女は舌打ちをすると、腰を上げた。

 ホテルの屋上は高く、狙撃の心配はない。なぜなら高いがゆえに射線が通っていないからである。襲撃も扉が熱で溶接されてしまっているので心配いらず。唯一の気がかりは梯子だがいざとなれば手りゅう弾で爆破すればよい。トラップの類はお茶の子さいさいである。

 再びあぐらをかき、そして寝転がる。銃を傍らに。腕で枕。

 暮れゆく空が視界一杯を染め上げる。青から群青へ。群青から紺色へ。紺色も漆黒と合一する。黒は背景となり光にかき消され目視叶わなかった星の座標を際立たせていく。いつしか人間の業が払われた満点の空が世界を支配するのだ。それこそが夜。美しき空は想像力を掻き立てる。

 寝息が屋上に小川となりて流れた。

 暫しののち、ウーンという悩ましいうめき声。

 彼女はとろけるような眠気が脳細胞を鈍らせているのに我に返ると、頬を叩き、梯子にトラップをかけ始めた。ワイヤと手りゅう弾を使ったお手軽なものだ。迂闊な侵入者がワイヤに触れると、括り付けられた手りゅう弾が破裂して殺傷する。

 作業を終え、携行食を貪る。保存がきくようにと水分を抜き塩分を含ませたビスケットモドキ。まずい。最高にまずい。酸性雨で溶けたコンクリートを食っているようだ。貴重な水を一口飲んで渇きを癒す。

 一息ついた。

 腕枕を作り直して空を視界に収めてみれば、銀色のヴィーナスがいた。

 月。満月。世界が終わっても月は変わらない。むしろ、人の世が終わったから、世界全体が変わると考えるのは、人のエゴに過ぎないのだろうか。

 へたくそな口笛を使い、息を吸う。


 「神は天に在り、全て世は事もなし………」


 何気なく言葉を吐くと、眠気にすべてを委託して目を瞑る。

 戦士の寝姿を月と星が祝福していた。

 風が吹く。砂と赤錆とオイルのにおいを孕んだ乾ききったそれが街を一舐めした。

 彼女には、明日も戦いの日々が待っているのだ。生きることは戦い。誰が言った言葉やら。今日も今日とて世界は回る。


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[一言] とても好みの作品に出会えました。 細かい描写が上手くて容易に風景を脳内再生できましたw 短編なのが勿体無いですねw
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