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眼科検診

 大魔眼のアイは病み臥せっていた。勇者から受けた寄生植物魔法が身体を食い荒らし、元々か細かった手足はもはや枯れ木のごとき有様である。頭部に位置する魔眼がかろうじて神経頭脳部分への侵食を防いでいるのみで、死は時間の問題であろうと思われた。

 大魔眼のアイは眼を三つ持っている。視覚情報を確保する受信用の眼が二つと、魔法の媒体などに用いる発信用が一つである。そして、大魔眼の異名の所以はその内の発信用の魔眼であり、彼を魔王にした最も大きい要因である。

 この魔眼は拳骨程の大きさで、アイの額に埋まっている。普通は額にそんな物が埋まっていれば脳のスペースが足りずに何らかの身体障害を引き起こすに違いないが、アイにはそれが起らなかった。大魔眼が擬似脳となって足りない分を補ったか、それとも魔眼は実はレンズのように平べったく出来ていてスペースを要しなかったのか、それとも……等と色々な憶測を立てることは出来るが、真実を知るには彼の頭を直接外科手術で開いてみるしかないだろう。魔王相手にそんなことが出来れば、の話であるが。

 しかし、医烏は知っていた、いや見えていた。この世界の医者は意識の根底が医の神にリンクしており、その超常的な知覚能力を部分的に振るうことが出来る。医の魔神からしてみれば、アイの身体がどのように成り立っているかなどDNAを見るより明らかである。全知全能の全知の部分に限りなく近い知覚である。

「医の、烏であります」

 魔王軍幹部につれられてアイに面会した医烏はまず目をつぶり、棒立ちになって瞑想を始めた。傍から見れば意味不明であるが、巫女の行う神降ろしに近い術である。今風に言うならば仕事前お決まりのルーティンワークと言える。次に目を開く時には医烏はすでに魔神と意識を混同した別次元の存在となっているだろう。

 ここで一つ言っておくと、魔神とカテゴライズされる存在は魔法で作られた一種のプログラムであると説明できる。概念、システムでしかないにも関わらず信仰者達の魔力によって運用される過程でネットワークを構築し、それによって強固な共同体を作り上げているのは昨今のインターネットとなんら変わりない。そして、信仰者は有事の際に決められた魔法儀式によってこれをダウンロードし、自らの肉体をハードとしてその魔神というソフトを実行するのである。

 つまり、医者達の間に広がる魔術的ネットワークによって共有されるプログラム、またはそのネットーワークそのものが医の魔神であると言える。故に、ネットワーク管理者や利用者、端末が無ければその威力を発揮できず、信仰者の消滅とともに消滅してしまうのがこの世界の魔神なのだ。

 また、魔神は創始者が自らの自我を魔法情報化して残す場合もあれば、宗教的戒律をそのまま呪縛の魔法に変えたものや、本の形で残っているものもある。いずれも生半可な技術では作成することはかなわず、魔法使いのほとんどはこの魔神作成を生涯の目標としている。また、強いて言えば魔法によって創造された生物は広義的には魔神と分類されるため(狭義においては信仰の対象とならなければならないと言う条件が付く)、本編におけるイゾウや魔剣の精霊やゴーレムも、一応魔神としてもカテゴライズされる。

 魔神。本編を読む上でも覚えておいて損は無い概念である。

 医烏は目を見開いた。目の色とともに雰囲気が変わっていた。すでに魔神は降りていた。

『医の烏である。大魔眼のアイよ、お前は私の助けを必要としているか』

一目で別格と分かる神々しさが医烏の体を衣服のように包んでいた。魔王と言えどこの存在をむげに扱うことはかなわない。格の高い魔神は魔王と同等レベルに尊ばれる。その点、医烏の神降ろしは申し分なかった。

「医か。私の所にも死神がついに来たか」

 医者は本当に必要なときにしか来ない。本当に必要なとき、それはすなわち真の生命の危機である。それゆえに医者が来訪は単に喜ばれる反面、患者にとっては生命の衰えの象徴、すなわち死神とさして違いの無い存在なのである。医の重要な側面である。

 アイは実際、複雑であった。医が来た以上は自力での回復は不可能であるという事が示されており、魔王としての沽券に関わることだと感じていた。これは自分と勇者との戦いであり、何者にも干渉されたくはない。出来ることなら、この死神を追い返してしまいたかった。

「私は……」

 そんなアイの心境を診ぬいた医烏は、

『魔王でも病む』

まず上の一言からまず丁寧にその心を解き、病を自覚させる作業へと移った。ここで用いた『自覚』とは自覚症状のことではなく、患者が病に対して自らの無力を覚ることである。もちろん病そのものに打ち勝たなければならないのは患者自身であるが、それが出来ない状態である為に患者なのである。病とは投薬や手術だけで治るものではなく、『病は気から』と言うように心もコントロールしていかなければ本質的な改善にならない。そもそも、病という考え方自体が精神論を根源としている。

 病の宣告とは治療の一部なのである。

 そして、医烏の核心を衝いた一言にアイは全ての抵抗をやめた。本来医者と患者の間に優劣など存在し得ないが、アイは多くの患者がそうするように医者に身を委ねることを決意した。「自分は病んで死に掛けている」という事実以上の希望も絶望も、医烏にとってはただの症状である。これは、患部の膿を出す作業にでも例えられようか。

 一つ諦めてしまえばアイにも再び魔王たる威厳の核が再生する。魔王でも病む、ならば仕方ないと開きなおれるのである。

「私は治療を必要としている。助けてくれ」

 なんとも清清しい気持ちでアイはこの言葉を言うことができた。先程までアイを縛っていた病への忌避が解け、同時に医烏の治療における第一の障害が早くも氷解した。この気持ちが酷く強いと自分が病である認める事に日を跨いで処置せねばならない者すらいる中で、アイは大分やりやすい。

『承知した』

 医烏は部屋の外にいた幹部達に呼びかけ、部屋を封鎖させた。門外不出の医術を不用意に曝すことを防ぎ、治療に必要な簡易結界を張るためである。この時点で治療の段取りのおおよそは医烏の頭の中にあった。

 最終的に部屋に残ったのは医烏とアイ、そして大将軍である吸血鬼伯爵であった。医烏が自らの監視役兼助手として同行を願い出ていたのである。

 この吸血鬼伯爵について少し述べる。本名『無道=アルカルド』、吸血鬼一族の宗主で次代の魔王候補の一人、大黒天の叔父にあたる人物である。アイの代における魔王候補の中で最大の規模と勢力を誇る(吸血鬼はいつもそう)やり手であったが、アイとの一騎打ちに破れ、以降ナンバー2として魔王に仕えている。

 吸血鬼生来の戦闘法に加えて強力な召喚術を体得しており、それによって何もない場所から大軍を突然発生させたり逆に相手を無理やり自分のテリトリーに召喚して袋叩きにしたりと、姑息な戦法も使う恐ろしい戦略家(?)である。その軍事的手腕は見事そのもの、アイが勇者との戦いから病み臥せ、人間界遠征が頓挫してしまわなければ多くの人間たちが犠牲になっていたことだろう。

 さて、ここからマジカルドクター・医烏の直接的な治療作業が始まるわけであるが、我々の世界の医学界ではあまりメジャーではない、『魔法除去手術』である(お祓いみたいなもの)。その手並みは、手法からして尋常ではなかった。

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