オルアディア戦記~王国の動乱・上~
時は乱世――数多の国が乱立し、盛衰と興亡を繰り返す、秩序無き混沌の時代。上の者が下の者を虐げ、下の者が上の者を駆逐し、隣の者を討ち果たす――長く続く戦の世は多くの血を流し、命を散らしていく。人々の飽くなき欲望が生み出す果てない闘争の螺旋は留まることを知らなかった。
「左翼壊滅ッ! 敵、なおも進軍中ッ!」
「クッ――仕方ない、ここは放棄する。撤退を始めろ」
「ハッ」
世界の西に位置するオルアディア大陸も例外ではない。日々、到る所で、斯様に血で血を洗う骨肉の争いが繰り返されていた。
「いつになったら援軍は来るんだ!」
「明日には!」
「クソッたれが! 死ぬ気で守れよ!」
生と死とが隣り合わせの戦場では人と人が、命と命が、互いに、意思も無く、枯れるまでぶつかり合い、無意に果てていく。絶え間無い戦士達の阿鼻叫喚が、戦場に溢れる狂騒が、空気から――肌から伝わってくるようだった。
そんな、血の色に染まる荒涼とした世界に一人の男がいた。
名はルシウス。ルシウス=フォン=エルグランシル。大陸北東部の小国――黄金の太陽と双頭の竜に護られしエルガディア王国の王子であり王位の正統後継者であった。
この物語は彼と、彼の友が織り成す闘争の記録である。
王真暦五十一年初春、王国西部の街レフステンドにて――。
「頭ぁッ!」
逃げ惑う人々の合間から下卑た声が上がった。
「なんだぁ!」
頭と呼ばれた男は馬に跨がりながらぞんざいに返事をする。すると視線の先には一人の部下が嬉しそうに立っていた。両手には見た目と不釣り合いな程の、溢れんばかりの金品が見えている。
「ハッハッハッハ! 今日はちゃんと仕事してんじゃねぇかッ!」
男は卑しい笑みを浮かべ大口を開けて笑った。
彼らは各地を転々とする根無し草――その日暮らしを矜持とする盗賊の一味である。金を奪い、食糧を奪い、女子供を奪っていく。残された男や老人達は殺されるか街ごと燃やされた。彼らが通った道は瞬く間に荒野と化していく。そして何時からか彼らは『荒嵐旅団』と呼ばれるようになり、人々から恐れられる存在となっていた。
王国はそれが治安を悪化させる要因として重く受け止めていたが、彼ら荒嵐旅団は特定の根城を持たないため追跡が難しく、殲滅作戦は遅々として進まなかった。そのお陰か彼らは誰に咎められるでもなく今日まで無法を働けていたのである。
「しかしまぁシケてんなここはよぉ」
盗賊の頭目は濁った瞳で辺りを見渡す。そこかしこで部下が懸命に働いてはいるが成果はいまいちの様だった。ここでの実入りが良ければしばらくゆっくりするつもりだったが、どうやら休みはもう一働きしてかららしい。男は一つ、面倒そうに溜め息をつく。
と、その時――ふと視界の端に違和感を覚えた。
「ん?」
何気なく違和感に視線を移すとそこには一人、白馬に跨がった騎士の姿があった。どうやら違和感の正体らしい。騎士は白金の美しい甲冑を身に纏っていたが細工の施された鉄仮面を被っているためこちらを見る表情は伺えない。しかし一つ確かに言えることは『気に食わない』である。
「あんだ? 何見てんだコラァッ!」
全身の力を使って威圧する。が、返事は無い。その代わりに騎士は怯えるどころか馬の横腹を小突き近付いてきた。そして互いの馬が触れ合うかという距離まで近付いた時、騎士は籠った声を発する。
『荒嵐旅団頭目、ダイン=ブランスか?』
「ぁあ?」
『答えろ』
「ハハハ、俺様に何か用か? 騎士様よぉ」
『そうか。ならばこれ以上の無法を見逃すわけにはいかない』
言って騎士は剣を抜いた。
「ハッ、正義の味方気取りか? 俺はなぁ、テメェみてぇな野郎が一番ムカつくんだよッ! ぶっ殺してやらぁッ!」
ダインと呼ばれた男は勢いに任せて剣を抜く。そして馬上に立ち上がると騎士に向かって飛びかかった。
刹那――何かが煌めいた。
「へ?」
何が起こったかわからない。しかし宙を舞いながらも騎士が剣を納めるのが見えた。カチリという音まで聞こえる。それと同時にずれる視界。
その時、何が起こったかようやく理解出来た。
『――死して詫びろ』
男は声にならぬ叫びを上げ、宙を舞いながら四散する。鮮血は雨となり騎士に降り注ぐのだった。
その一部始終を見ていた部下が悲鳴を上げる。手に持っていた金品を放り投げ、我先にとその場から逃げ出した。その慌てぶりは単にリーダーを失ったものによるのか、はたまた惨劇を目の当たりにしたからなのかは定かでない。だが騎士としてはどちらでも良かった。
人と馬とでは速さは明らかに違う。盗賊が逃げ出したところで取り逃がすはずもなく、今度は叫び声を出させる間も無く切り捨てた。続いて一人、また一人と盗賊を始末していく。気付けば周りに盗賊の姿が見当たらなくなっていた。どうやらあらかた片付いたらしい。
『……フゥ』
騎士は辺りを見渡すとゆっくり鉄仮面を脱いだ。長く美しい銀髪が顕になり風に靡く。鉄仮面は防御に関しては文句はないが如何せん通気性が悪い。暑かった――と一人ごちて熱を帯びた頬を手で扇いだ。
ややあってから街の中央通りに騎馬を駆る一団が見えた。彼らは騎士の姿を確認するなり全速力で駆けて来る。
「殿下ーーーーッ!」
先頭の老兵が騎士に向かって叫んだ。殿下と呼ばれた騎士は一瞬体をビクつかせる。そして間も無くして一団が到着した。
「……いやいや、ハハ。皆ご苦労だったね」
「ハァハァハァ――ッ!? その血はどうされたのですか! どどどこかお怪我を!?」
到着するや否や老兵は口を戦慄せ悲鳴にも似た声を捻り出す。
血? 騎士はハッとして自分の鉄仮面に視線を落とすとべっとりと生々しい血が付着していた。そういえば、と一人目を倒したとき返り血を浴びていた事を思い出す。確かに量が量なだけに心配するのはごもっともだった。
「あ、あぁ。怪我はしてないから大丈……夫」
しかし大丈夫なのは怪我の話で、この後の展開に関して言えば大丈夫とは言えない。が、そんなこと言えるわけがない。
「そうでしたか――フゥ……それはそうと若ッ!! 一人で先走るとは何事ですか!」
老兵は鬼とも悪魔とも取れる形相で睨み付けた。そら見たことかと心の中で悪態をつきつつこうなっては手遅れだと諦める。これも長年の経験の賜物だ。
「……すいません」
謝ったところで無駄とはわかっていても取り敢えずは謝っておく。それが今自分に出来得る最良手のはずだ。
「すいませんで済みますか! ご自分の立場というものをもう少しお考え下され! 仮にも何かあってからでは遅いのですぞッ! ご自分の力量を過信してはいつ大怪我をするかわかりませんと再三申しておりましょう!!」
晴天にも拘らず局地的に雷が落ちる。なるほど、これが俗に言う青天の霹靂というヤツか――と取り留めもない事を考えつつ騎士は体を縮こませた。傍から見れば熟練の兵が若手の指導をしている様に見えなくもない光景だが、その実一国の王子がこっぴどく叱られているなどとは街の住民は思いもよらないだろう。
叱られている騎士の名はルシウス=フォン=エルグランシル。エルガディア王国国王ルドルフの嫡子――即ちエルガディア王国の王子であった。
対して叱りつけている老兵の名はフィリップ=オルトレイン。かつては王国に名を轟かせた騎士であったが、どういう訳か今はルシウスの執事兼養育係である。だからこそ、かどうかは謎だが王子を叱れる数少ない人物であった。
「わ、悪かったよ。これからは気を付けるから」
「フン、そう殊勝になれるのなら初めからそうしていてもらいたいものですな。まったく――わ、オッホン。殿下の供をしていると命がいくつあっても足りませんわい」
言ってフィリップは白く長い髭をゆっくりと撫でた。基本的に若と呼ばれる時はプライベートか怒っている時だけで、普段は殿下と呼ばれていることを考えると怒りは収まったらしい。
「と、ところでフィリップ。街の被害はどのぐらいだ?」
「それは今調査しているところでございます。明日までには報告が上がるでしょう」
「そうか。なら最低限の護衛を置いて僕達は王都へ帰ろう」
「ハッ――帰還するぞ!」
フィリップの号令で護衛の任を受けた者以外はぞろぞろと帰路に立って行く。ルシウスもそれに倣い馬を歩かせた。
しかし――。
「それはそうと……若」
呼ばれてルシウスはギクリと肩を揺らす。若か――と言葉を反芻し、そして恐る恐る振り返った。
「な、何か?」
「帰ったら夕餉までかる~く運動でも致しましょうか」
フィリップはそれ以上何も言わず、ニッコリと微笑む。太陽は空高く、大地を暖かく見守っていた。
翌日――王都は今日も快晴だ。
晴れ空の下、皆各々の仕事場で職務を全うしている。それはもちろん二十を三つ過ぎた歳であるルシウスも例外ではない。王族とは言えやらなければならない事が有るのだ。
彼の仕事場は王宮内にある第二執務室。必要最低限の物しかない殺風景な部屋だがそこはルシウス専用の机が一つと――。
「い、如何なさいましたか?」
昨日の被害報告書を提出しに来た騎士がルシウスに尋ねた。
「え? あ、気にしないで……大丈夫だから」
誰に対しても自然に接するのはルシウスの長所である。しかしそう言う彼の顔は端正な顔に不釣り合いな痣が、話題として触れずにはいられない程あった。優しく微笑むその顔がどこか痛々しい。
「ハ、ハァ……」
騎士も騎士でおおよその予測は出来るので敢えて深入りはしなかった。ただ去り際にふと視線を脇に移す。そこには涼しげに書類に目を通すフィリップの姿があった。
そう、ここはルシウスだけでなくフィリップの机もあるのだ。しかもその配置はまるでルシウスの仕事ぶりを監視しているかのような位置にである。一時は「養育係とはいえいくらなんでも過保護ではないか」と軍内で話題になったが、フィリップの有無を言わせぬ一声で露と消えた。ともあれ第二執務室にフィリップが居ることに変わりはない。
「用が済んだら早く仕事に戻りなさい」
書類を読んでいたはずのフィリップが口を開いた。そして、最近使うようになった老眼鏡の隙間からチラリと見上げる。
「ハ、ハッ!!」
言って騎士は足早に部屋を後にした。
騎士がいなくなるとルシウスはフィリップに向かって声をかけた。
「ハハハ、もう少し優しく言ってあげなよ」
「そうですかな? 私としては普通に言ったつもりですが。それよりも、被害は如何程でしたか?」
「うん? ああ――」
ルシウスは報告書に視線を戻し内容をざっと見る。そこに書かれていたのは惨憺たるものだった。
「今回も酷いもんだよ。死傷者四百三十人、倒壊焼失家屋二十五棟、盗難された金品総額約二百万ピラー等々……被害規模はたぶん先月のヨークシス並だね」
報告書には全てが数字として表記されるためそれだけ見ればそれで終わりになるが、実際被害を受けた者としては耐え難い現実に違いない。それを思うと自然と顔が暗くなる。
「フム……若が頭目を討ち取ったのがせめてもの救いですか」
「だと良いけど……でもこれも束の間の平穏だろうさ」
ルシウスはぞんざいに報告書を投げた。言葉にできない苛立ちの表れだった。
「若……」
これには流石のフィリップも掛ける言葉が見つからなかった。
最大限の努力をしても現状の改善には至らない――それが今ルシウスに突き付けられた現実だった。例えるならトカゲの尻尾切り。どれだけ盗賊を討ち取ろうと、どれだけ盗賊団を殲滅しようと一向に治安は良くならない。湧き水が如く盗賊が溢れてくるのだ。だからこその束の間という発言だった。
「やはり父上に上申した方がいいか」
「しかし陛下は今……」
「ああ、そうか」
ルシウスの父、国王ルドルフは現在王都にいない。王は今戦争の真っ最中なのだ。現地に赴いて上申出来ないこともないが、そもそも内政を蔑ろにしてしまうきらいがあるルドルフが聞く耳を持つはずがなかった。
否――それこそが問題であり、ルシウスの苛立ちの原因だった。
ルドルフは領土拡大を唱え続ける苛烈な王であり、事実積極的に外に討って出ていた。しかしそれは内政の充実を伴わない、民に重税を強いる悪政であった。それが結果として治安の悪化を招き、盗賊等の跋扈を許すこととなる。しかしそれを放っておくわけにはいかずルシウス自ら治安の回復に努めるが、ルドルフが戦争を繰り返すことで再び治安が悪化する――堂々巡りの悪循環。王子という肩書きを以てすら止めることが出来ない負の螺旋だった。
「我らは出来ることを精一杯やるしかありますまい」
「……そうだね」
言ってルシウスは再び報告書を手にした。しかし数日後、悲しいことに彼の言葉は現実となってしまう。
「殿下!」
朝も早くから慌ただしく第二執務室に入ってきたのはレフステンドの被害報告書を提出してきたあの騎士だった。
「何だ騒々しい」
意外と朝が苦手なフィリップが眉間に皺を寄せる。
「フゥ、ハァ、た、たった今伝令がやって来ましてッ――」
その尋常ではない様子にフィリップは老眼鏡を外し目頭を力強く押すと鋭い眼光を騎士に向けた。ルシウスも怪訝そうな表情を浮かべ続きを促した。
「ほ、本日未明レフステンドが再び襲撃されましたッ!」
思いがけない報告にルシウス達は顔を見合わせる。過去の傾向からして同じ街が襲撃されるのは最低でも半年の期間が空いていたからだった。それが今回は一週間も経っていない。詳しい情報は知らされていなくてもその異常性だけは伝わってくる。
「それで?」
「ハ、報告に由れば襲撃した盗賊団はそのまま街を占拠しているとのことです」
「占……拠? え、でも街に護衛の兵残しておいたでしょ?」
「そ、それが……」
言って騎士は顔を歪めると口を閉ざし俯いてしまった。まさか――ルシウスの胸に悪い予感が走る。
「何を黙っているか。報告を続けなさい」
フィリップが促すがその顔はどこか暗かった。
「し、失礼しました。現地に駐留していた兵は――全滅致したと……」
「全……滅」
話の流れから予想はしていたが実際言葉として伝えられると精神的にキツいものがあった。まるで全身を見えない鎖で縛られていくような、そんな感覚。
「しかし、しかしだ。駐留していたのは仮にも我が国の兵、盗賊なんぞに遅れを取るなど考えられんが……」
「そ、そのことでもう一つご報告が」
「何だい?」
「今回レフステンドを襲撃した盗賊団の規模は先日の一件と比べて約四倍だったそうです」
「四倍!?」
「――フィリップ」
熱り立つフィリップをルシウスが手で制する。
とは言え彼にとってもその数字が看過出来ない数字であることに違いない。それにこれこそルシウスが最も恐れていたことでもあった。敵の肥大化は戦場となる地域を拡大させ事態を鎮静化するのに時間が掛かってしまう。何より軍の負担を増大させる。ただでさえ限界に近いと言うのに。
そもそも何故そこまで脹れ上がったのか。これは単純な話だ。治安が悪くあり続ければ盗賊は増殖を続け、更には盗賊同士の繋がりができる。そしてそれぞれが軍に敗北を重ね続けているとすれば、自然と手を組んでもおかしくない。察するに駐留していた兵達が敗れた理由は個々の力量の差でなく、正に量で押された結果だろう。
「如何いたしますか殿下」
「うん、とりあえず軍議を開こう」
「ハッ」
フィリップが答えると騎士に軍議の準備をするよう命令を下した。騎士は大きく頷くと踵を返し足早に部屋を後にした。
程無くして第二執務室に長机やら椅子が運び込まれ、殺風景だった部屋があっという間に軍議室に様変わりした。それと同時に王都に残っている主立った将兵等が集まってきた。そして全員が席に着くなりルシウスが立ち上がり挨拶も兼ねて事情を説明する。
「皆も知っている通り現在レフステンドの街を盗賊団が占拠している。前回の襲撃から間も無いというのもおかしな話だが、それ以上に問題なのがその規模が先日の一件に対して約四倍だということだ」
四倍という具体的な数字に集まった一同がざわめいた。ルシウスはなおも続ける。
「奴らはおそらく手を組んだと思われるが、我々としては今在る戦力でそれらを殲滅しなければならない。現状皆辛い所と思うが街の解放に尽力してもらいたい」
挨拶を終えるとルシウスは腰を下ろした。すると一人の老将が手を上げた。
「何だい?」
「盗賊団が街を占拠しているとのことですが何か目的があるのでしょうか」
「それはまだはっきりしていない。街の住人を人質にした身代金の要求なんかも考えてみたけど今のところそれらしい話は無い」
「殿下」
そう言って静かに手を上げたのは若い将だった。
「どうしたイース」
「もしかしたら街を根城とするつもりなのではないでしょうか。組織の規模が大きくなれば移動すること事態物要りになります。それに街の規模を盗賊団の規模と照らし合わせてみても妥当かと思われます」
「なるほど……有り得るな。となると――」
ルシウスは一瞬顔を伏せて思索を巡らす。そしてややあってから顔を上げた。
「急がないと厄介なことになりかねないね」
「と、言いますと?」
皆の代弁とばかりにフィリップが問いかけた。
「うん。もしイースの言う通り奴らが街を根城にするとなると、街の守りを固める可能性がある。いや、そうするはずだ。街の規模だけで考えればそんなに大きい街じゃないけど、砦として考えたら十分過ぎるほどの大きさだろう」
「おお、なるほど。では今日にでも出立いたしますか?」
「いや、そうも行かないよ。何せ規模が規模だ。無策で飛び込んだら間違いなく痛い目を見るだろう」
「ではどうされますか?」
「今はとにかく情報が欲しい。誰か街に潜入出来ないだろうか」
ルシウスが緒将を見渡す。すると一人の男が手を上げた。彼もまた若い将だった。
「俺に行かせて下さい」
「アレン……大丈夫かい?」
「もちろんです」
アレンと呼ばれた将は自信有り気に胸を張って答えた。
「わかった、なら任せよう。遅くても明日までには報告してくれ」
「ハッ!」
そう言うなりアレンは騒々しくも部屋を飛び出して行った。その後ろ姿は何やら嬉しそうにも見えた。
「さて、一応報告を待つとして……部隊長クラスの者はいつでも出れるように準備をしといてくれ。それと決行までに各部隊所属の軍師は要塞化された場合のレフステンド攻略法を考えておいて欲しい。あと、短期決戦が一番だけど長期化した時のために支援部隊は兵糧の確保をやってもらいたい――健闘を祈る」
斯くしてルシウスの言葉を最後に軍議は終了した。それと同時に皆が慌ただしく部屋を後にする。王都が俄かに騒がしくなり始めた。
翌日、日が落ち夜も更けてきた頃――。
第二執務室にはルシウスとフィリップの姿があった。普段ならとっくに帰っている時間なのだが、今日はそうもいかない。アレンの調査報告がまだだったのだ。とは言え待っている者としては待つ以外に出来ることがない。ただその時までじっと待つしかなかった。
やがて時計の針が更に一日過ぎようかとした時、廊下からけたたましい靴音が聞こえてきた。それは部屋の前で止まると大きな音を立てて扉を開けた。
「遅くなりました!」
アレンだった。精悍な顔には大玉の汗を浮かばせ肩で呼吸をしている。相当急いで来たのだろう。時間はぎりぎりだったが任務は見事に達成したようだった。
「お疲れさま。早速で悪いけど聞かせてくれるかな」
「ハァハァ、ハイ――まず街ですが既に盗賊団により修復が始められていました。しかも続々と武器や食料が運び込まれているようで、やはり軍師の、ええ……」
「イース?」
「ああ、はい。彼の言う通り街を根城とするつもりのようです。それと住人なんですが街の集会所に集められて監禁されていました。そして敵の数ですが、正直言ってこれはとんでもなことになっています」
アレンはまだ荒い息をさらに荒くした。ルシウスは顔の前で指を組むとそっと口を開く。
「各地から新しいお仲間がご到着、かな?」
「――ハイ」
これはルシウスが心の裡で懸念していたことだった。手を組むなら徹底的に――もし自分が盗賊団のトップだったらと考えた時に浮かんだものだった。とすれば今や四倍どころの話では済まないだろう。五倍、六倍、どこまで脹れ上がるか想像できない。というかしたくなかった。
「明日だな」
ルシウスは二人に聞かせるように一人ごちる。隣にいるフィリップが小さく頷いたのが見えた。
「ともあれアレン、ありがとう。お陰で色々わかったよ。今日はもうゆっくりしてくれ」
「はい」
言ってアレンが部屋を出ようとした時、入れ違いにもう一人来客があった。今まさに名前の上がったイースだ。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「あ、あの作戦の草案が出来たので一応報告にと……」
「わざわざありがとう。見せてくれるか?」
イースは腰を低くしながらルシウスに作戦が記された紙を渡した。しかしその内容は彼を納得させるには至らないものだった。ルシウスの険しい表情にフィリップと部屋を出ようとしていたアレンが注視する。
「これが最善の策かい?」
「――はい。敵勢力に対する我が軍の実情を勘案しますとそれ以上は……」
イースは唇を噛み締めながら顔を落とした。その表情からは悔しさが手に取るようにわかる。彼も彼なりに知恵を振り絞った結果なのだろう。だが――。
「これじゃダメだ。こっちの被害が増えてしまう」
「し、しかし」
「ダメなものはダメだ。盗賊団風情に大事な味方を徒に失うわけにはいかない。被害は最小限に――それが大前提だ」
言ってルシウスは紙をイースに返した。イースは無念と言わんばかりに顔をしかめた。
「ハハハ、そんな難しい顔をしないでくれ。なに、敵を一網打尽に出来るチャンスが来たと思えば、ね?」
「……はぁ。しかしどうすれば良いか――我々軍師としましてはこれが最良と考えていましたので」
イースは仲間と共に練り上げた作戦に目を落とす。ルシウスもフィリップも自ずと顔をしかめた。そしていつの間にか帰るはずのアレンまでもその輪に加わっていた。
果たしてどれだけ時間が経っただろうか。部屋には時計の針の音だけが響きわたる。重い沈黙が部屋を支配していた。この作戦に国の治安はもちろん、軍としての威信が掛かっているからである。
しかしやはりその沈黙を破ったのは国に責任を負うべき立場にあるルシウスだった。ルシウスは頭をもたげるとゆっくりと口を開いた。
「フゥ……正直気が進まないけど、一つ思いついた」
三人が揃ってルシウスの顔を見る。
「上手くいけばこちらの被害を最小限に抑えることが出来る、かもしれない」
「と、言いますと?」
「これから話すことは他言無用だ。いいね?」
ルシウスは三人の顔を見渡すと静かに話し始めた。