一緒になりたくて
真理の頭は下がったままだった。
「ここに置いてくれと、言われてもな」
師範が困ったような顔で僕を見た。
「だいたい、津田、お前のこっちだろ?」
そういうと、師範は小指を立ててみせた。
つまりは「恋人」であるか、と問うたのである。
もちろん、そんなことはない。むしろ、さっき出会ったばかりだ。
僕は小さく、首を振った。
「違うのか」
とだけ、小さくつぶやいた師範は真理をまた見つめた。
なにを考えているか。
「まあ、上がりなさい」
そういうと、師範は道場へと入って行ったのだった。
道場の板の間に、座布団が敷かれる。
この座布団、尻のでかい道場生のための特注品である。
普通のよりも一回り大きく、そして、綿が厚めに詰まっている。
師範のなじみの職人さんにお願いして作ってもらったものだ。
その上に、僕、師範、真理が座す。
ちょこん、と座った真理はあまりの座布団の大きさに、笑ってみせた。
僕もそれに小さく笑い返す。
ことのあらましを、師範に全て話した。
街中で起きたこと、僕が起こしたこと、真理との出会い。
突拍子もない話だが、事実だ。
津田琴乃特有の「巻き込まれ体質」によるものだ。
話を師範は黙って聞いてくれた。
納得してくれたらしく、なにも言わなかった。
「お前さん、年齢は?」
「17です……」
「未成年か」
それだけ呟くと、師範は立ち上がった。
「何百という若い奴を更正してきた。多分、これからもそうなるだろう。今更、一人増えたところでなんもかわんねえさ」
「では……?」
その眼が、小さく光った。
「だがな、親の承諾書なしには預かれんぜ」
「そんな……!」
ちいさく叫んだのは、僕だった。
「師範、こんなに困ってる娘を放っておくんですか?」
「じゃあ、俺たちゃ誘拐か監禁で告訴されるかもな」
「……」
なにも言えなかった。
真理の境遇、あの組織めいた連中の怪しさ、それを理解できない師範ではない。
しかし、それは果たして鬼哭館の門弟50人と天秤にかけるべきことなのか。
無論、答えはノーだ。
そんなこと、分かりきっている。
僕だってバカじゃない、理解している。
しかし、それでも心が収まりつかない。
同時に、失望さえも覚える。
助けを求める娘を放っておこうとする師範に。
僕が小さい頃には、そんなことなかったのにー
「承諾書さえありゃあ、受け入れるよ」
淡々とした口ぶりで、師範が言う。
承諾書、果たして、貰えるだろうか。
娘さんを男だらけの場所に、送って下さいーというのも無茶な話だ。
目を細め、真理を見る。
白い顔が、こわばっていた。
落胆、とも異なる色の表情であった。
「どうかした?」
僕が、問う。
真理は、それに答えない。
ただ、瞬きを繰り返すだけだった。
「ほら」
そういうと、師範は僕の顔めがけて何かを投げてきた。
手のひらでそれを、受けた。
バイクのキーであった。
「俺の単車使っていいから、その娘を送ってこい」
とだけいうと、師範は立ち上がって道場の方へと歩いていった。
江利香が湯のみを下げ、台所へと戻って行った。
師範がバイクのキーを渡してくれた理由。
それが分からない僕ではなかった。
「行こう」
立ち上がった。
「うん......」
真理も立ち上がった。
大丈夫だよ、という意味を込めて微笑んだ。
それが伝わったかどうかは分からない。
だが、真理がそれにうなずいてみせたから、きっと通じたのだろう。
師範のバイクは、HONDAのワルキューレという1000ccの大型である。
アメリカンタイプのごっついバイクだ。
師範の愛車、いや、愛馬と言えるだろう。
真理にヘルメットを渡し、僕もまたがる。
キーを指し、エンジンをかける。
ドドッドドド。
腹腔に、低音が響いた。
その重量感、まるで戦場だ。
戦国時代に荒武者がまたがり、駆けたそれを思い起こさせる。
「しっかり、つかまれよ」
というと、真理は僕の胴に手を回した。
「行くぜ、承諾書をもらいにな」
バイクを発進させ、僕たちは走り出した。
しばらく走り、埼玉方面に出る為に池袋から川越街道に入った。
特に気になる事もない。
沈みかけの陽光が、微かにまぶしかった。
どうして、家に帰るのを拒むのだろうー
ハンドルを切る。
どうして、家族のもとから離れたがるのかー
バスを追い越す。
家族とは、なんだろうかー
意味のない思考が、僕にまとわりついていた。
そんな僕の思いを知ってか、真理の両腕は僕の胴に巻き付いていた。
しっかりと、
痛い程。
そして、真理に教わった住宅の前にバイクを止める。
何の変哲も無い家。
だが、気になる事が一つあった。
何台もの車が家の前に止まっているのだ。




