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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
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ブレットプルーフハート

道場で師範と二人、向き合った。

昼間の時間帯だ、ほかに稽古をする人はいない。

道衣ではない。

師範は作務衣だし、僕は革ジャンを着ている。

あけ放った窓から風が吹き込む。

「しばらくだなあ」

と師範は言う。

その言い方は僕に聞かせるようであって、どこか自分に言うようでもあった。

「何がですか」

「こうしてお前と向き合うのがさ」

確かにそうだった。昔はよく稽古が終わった後に師範に組手の相手をしてもらっていた。

といっても僕はまるで相手にならず、一方的にボコスカやられて終わりだったが。

「さて型分解か。ようやく空手まじめにやる気になったか」

「もともと真剣にやってますよ」

「はは、冗談だよ」

いたずらっぽい笑みを浮かべて師範が言う。

「だがどうせお前のことだ。分解を稽古に使うんだろ」

「んー」

やや唸って

「ちょっと違いますね」

「大方はあってるのか」

「ええ」

「で、どう違うんだ」

師範が問う。

僕は芝井とのやりとりを話した。

身長、体格、相手の雰囲気。

そして当たる、と思った攻撃が当たらなかったこと。

「他には?」

師範が問う。

「確実ではないんですが、たぶん、相手が使う武術は合気道かそれに近い何かだと思います」

「ほう」

「バックステップで避けたのでもない、完全に見切られた。となれば剣術かそれから派生した武術だと思います」

「うん」

「ただ相手は帯刀していませんでした。傘も木刀もなかった。であるなら素手に相当の自信があることになります」

「それで合気道と?」

「はい」

「消去法的に考えたらそうだろうな」

「ただそれが合気道なのか、合気柔術なのかわかりません。でも確率論てきに合気道かなと思ったまでです」

「まあ、どっちにしても根っこの理論は同じさ」

「ええ」

武田惣角を開祖とする合気柔術、そこから派生した合気道。

たしかにどっちもコンセプトは同じだ。

「で、その男を倒したいのか」

「はい」

「そのための手段が型分解、と」

「ええ。もともと空手使いなので、空手以外を習ってもしょうもないな、と思いまして」

「まあ、そうだな」

言った後、師範は小さく、ふっ、と笑った。

「対合気で型分解ねえ」

「おかしいですか?」

「いや、やけに勘が冴えてるじゃねえか」

師範がそういうと、手を前に出した。

僕の腰の高さほどにある。

「上から押さえろ」

言われたように上から押さえる。

「今から持ち上げるから、我慢しろ」

「はい」

師範の腕に力が入った。

その腕がす、す、す、と上がっていく。

「ん!?」

おかしい、僕は確かに押さえている。

だが腕は動いていく。

ベンチプレスMAXで120kgいく僕だ、筋力では師範には負けるはずはない。

「ほらほら、もっと気合い入れろ」

師範は喜色満面、無邪気さを顔に張り付けている。

いや、こっちだって必死に押さえようとしている。

それでも腕は持ち上がっていく。

なんというか、力が入らないのだ。

胸の高さまで来たあたりで師範が腕を下げ、僕は師範の腕から、自分の腕を下ろす。

「これが合気だ。別に魔法でもなんでもねえ」

「いや、信じられませんよ」

「まあ、理屈は簡単だ。相手が対応できないベクトルにシフトし続ける。それだけだよ」

「それだけって……」

「だが、その力を感ずる能力の精度で技に差が出る。ま、おれのはまだまだだな」

まだまだ、というが一般からしてみたら相当なものの筈だ。

だが、あの男、あの夜僕の蹴りをかわしたあの男はそれを上回るというのか。

ここで一つ疑問が生まれる。

「でも合気って掴んでからの技術ですよね。どうして僕の打撃は当たらなかったのでしょう」

「ばーか」

師範が笑って僕の肩を小突く。

「合気家ってのは動きの”起こり”を察知する能力が高いんだよ」

「だからか……」

それなら合点がいく。

どんな動作でも必ず予備動作が起こる。それを完全に消すことはできない、小さくしたりごまかしたりするだけだ。

「お前の蹴りを避けるんだから、かなりの使い手だな」

「ええ」

「いやあ、しかしいいなあ」

「何がですか」

「本気で倒したい、って思える奴がいるってことさ」

「今までもいましたよ」

「そうじゃねえよ。今までは完全に怒りにまかせてぶっ飛ばしてきただけだったろ」

師範はたぶん、マルチとかアホ拳法のことを言いたいのだろう。

たしかにその瞬間は本気でぶっ飛ばそうと思ったが、今言われてようやく思い出した。

それくらいの存在でしかなかったのだ。

「ええ、そうですね」

「この件、かたづいたら一つも二つも成長するぞ」

腕を組んで、くっくっと噛み殺した笑みをもらした。

そうとうに面白がっている。

「さて、本題だ」

「はい」

「型分解だが、相手が合気家となると厄介だ」

「はい」

「転掌がキーだな」

型転掌。那覇手に伝わる伝統型。

入門して三番目くらいに習う型だ。

「転掌が重要なんですか?」

「ああ、べらぼうにな」

そういった師範の目は笑っているようで、鋭い光を放っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 型分解が対合気のキー……? 現代のフルコン空手などでは蹴り技など肉体を鍛えてると聞きますが、古流だと型がメインなのでしょうか。
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