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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
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アフタースクール

鉄を打つ音。

おれが初めて聞いた津田の出す音だ。

大胆な男だ。

まだ敵が辺りに潜んでいるのかも知れないのに。

いや、意外とそこまで頭が回っていないのかもしれない。

自信の表れか、単なる計画性のなさか。

どちらでも構わない。

おれが興味を示したのは津田の人となりではない。

津田の戦い方であった。

おそらく、奴と手合わせをすることになるだろう。

それが本気かどうかはわからない。

下手をすれば今日、その場で決着がつく。


五分ほどして、津田が降りてくる気配がした。

五分の間に、大声、地団駄、人を殴る音、人の呻き声、とさまざな音が聞こえてきた。

物陰に体を隠す。

もし待ち構えていたら、津田が別の出口から出ていく可能性があるからだ。

だが、あまりこの行為が意味をなすとは思わない。

優れた武術家は半径数メートルに人がいるかわかるからだ。

それは音であったり、空気の流れであったり、臭いであったり。

さまざまな要素が組合わさり、気配、と呼ぶのだ。

むしろ隠れることで誘っているともいえる。

徐々に近づく気配。

肌が粟立つ。

なんて濃密な気配の男だ。

歩き方にゆとりがある。

重心が歩行によってぶれていない。

鼻が、舌が、毛穴さえも危険信号を発している。

半自動的に発せられたアラートに心を焦がす。

だが、同時に楽しんでもいる。

矛盾に喉が鳴る。

「出てこいよ」

待ちわびた言葉をかけられ、おれは影から出た。

「さすがだな」

おれは言った。

髭をなでながら、見つめる。

「気配には敏感か」

津田琴乃。

写真で見るよりも遥かに迫力のある体格である。

筋肉が毬のように膨れ、体に貼り付いている。

特に首と背中の筋肉が発達している。

腰が太い。

体幹の強さと、そこから繰り出される打撃の威力を想像せずにはいられない。

まるで服を着た肉食獣だ。

「誰だ、あんた」

「芝井宗蓮」

「目的は」

わかってて聞くのか、知りたくて聞くのか。

「分かるだろ、ほら、あれだよ」

そう言いながら、指差した。

「なるほど、ね」

その言葉と同時に、津田は構えた。

左右の手を軽く上げた構え。

間合いを詰めていく。

1cm、いや、1mm詰められる毎に電気のようなものが走る。

達者だが、若い。

まだ発展途中にあるこの獣は気を押すだけだ。

だが、おれは引ける。

津田の気に反発することなく、受け入れる。

相手から殺気が感じられないとき、人は戸惑う。

津田はどうする。

おれが気を引いてすぐ、津田は手を下ろした。

構えを解いたのだ。

それだけではない。

殺気をあてることすら止めた。

心も体も無防備に晒している。

「はあ」

津田がおれにため息を投げる。

「お、どうした?」

「気で押してもかわされる」

「うん」

「やりづらい」

「そっか、悪かったな」

津田が合気の理屈を知っているかこの段階ではわからない。

だが、敏感さで言えば並外れたものを持っている。

習ったのか習わずか、気の駆け引きが出来るのは才能だ。

「これが俺のスタイルでね」

「うん」

その刹那、津田の体が何倍にも膨れ上がったように思えた。

来る。

何が来る?

前蹴りだ。

しかも、単なる前蹴りではない。

踏み込んで体重を乗せた前蹴り。

直撃すれば腹筋を突き抜け、横隔膜を叩かれる。

呼吸が大きく乱れ、危険性が高まる。

だが、前蹴りは読めていた。

バックステップで避ける。

次の動作も読める。

蹴り足と同じ側の手で繰り出す突き。

追い突きだ。

残念だ、津田。

そこまで、平凡だとは。

おれは来るべき突きに備え、手をあげようとした。

だが、奴は突きを出さなかった。

そのまま、後ろに跳んだ。

間合いの外である。

通常、相手が下がれば追いかける。

だが、それをしなかった。

確実な安全を得られるまで、動かないつもりなのだろう。

「追ってこないのか?」

おれは聞いた。

「追わない。わからないし」

わからないし……

信じられないほどに真っ直ぐな言葉だった。

相対する男にそう言えるのか。

掛ける言葉が見当たらない。

褒めるべきか、けなすべきか。

そのまま津田は下がり、完全に間合いの外になったとき、背を向けて走り出した。

勇気ある男だ。

自らの実力を認め、状況を受け入れ、生存を最優先に掲げた。

気持ちがいい。

素敵な男だ。

倒すのが惜しい。

そう考えた。

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