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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
24/30

ブロークンドリームス

平田の目に訝しげな色が宿った。

「なぜゲオルグでは津田に勝てないのだ」

エレベーターの音に負けないように声を張る。

疑問ではなく、疑念。

焦りの暗い光すら帯びた目が、粘りつく視線で俺を見る。

ゲオルグに津田を倒されればその功績は雇い主である川崎のものになる。

平田は顕天会の中での出世レースで遅れをとることになる。

そういう心配をしているのだろう。

純粋にゲオルグと津田の戦力差に疑問を持っているわけではない。

「そりゃあ、津田の方がゲオルグより強いからだ」

「なぜ分かる。お前は津田に会ったことないだろ」

「そうだな。だが、分かるんだよ」

「……」

平田が口を閉ざした。

津田がゲオルグに負けるようなら、そこまでだ。

「津田に会いに行くときは教えてくれ」

「見に行くのか?」

「ああ」

「私も行く」

平田が言う。

開いたエレベーターのドアをくぐり、俺はあるきだした。

「やめておけ」

おれが言う。

「わかった」

余りにも早い返事に面喰らった。

止められることを前提で話してやがったか。

自分のプライドを傷つけずに回避したいらしい。

「津田とゲオルグの戦いを見たい。繰り返すが、接触するときは教えろ」

「わかった」

平田が高速でうなずいた。

まったく、臆病なやつだ。

臆病だからこそ、生き残ってきたのだろう。

まあ、それはたしかにあたまがいい。

蛮勇を誇って死ぬのは賢明ではない。

だが、賢明さをかなぐり捨ててでも得難い幸福がある。

そういう幸福さを見かけることなく終える人生とは、どんな味わいがあるだろう。

ちらと横目に見た平田の顔から安堵の息づかいが漏れていた。

軽蔑を口にする気も起きず、おれはそのまま歩いた。


連絡が来たのはそれから3日後だった。

いつものバーで、酒をのみながらママ-オカマだけど-といつもの下らない話をしているときだった。

カウンターの上を点滅しながら滑るスマホにママが気づいたのだ。

「あら、鳴ってるわよ」

「本当だ」

「もしかして、これ?」

ママが親指を立てる。

「なんでそっちなんだよ。ふつう、こっちだろ」

俺は小指を立てた。

「あーた、"ふつう"ってどういう意味よ! 男が男と恋愛するのが普通じゃないっていうの!?」

「言葉のあやだよ!」

こういう予定調和的なばか騒ぎも、楽しいものである。

ほほに笑みをためたまま、おれは電話に出た。

「芝井です」

『平田だ』

耳障りな声が聞こえてきた。電気信号に変換されててもムカつく声である。

「どうした?」

『うちの信者が団地に向かって歩く津田を見たといっている』

「わかった。すぐにいく。場所は?」

『練馬区の光が丘にある都営団地だ。どれくらいでつく?』

平田の問いを無視して、電話を切った。

「ごめん、いくよ」

「お仕事頑張ってね!」

ガッツポーズでおれを励ましてくれるママ、の二の腕のまあ逞しいこと逞しいこと。

「ありがとう」

苦笑いしながら、店を出た。

今いるのは新宿だから、30分くらいで着くだろう。

うまくいけば津田と接触できるはずだ。

大通りでタクシーを広い、急いで向かった。

夕方の大通り。

年末の華やかな電飾が街を彩っている。

だが、そんなことはまるで気にならなかった。

早く、早く着いてほしい。

その思いだけが頭の中を駆け巡っていた。


ついた頃には辺りは暗くなっていた。

タクシーを降り、辺りを見回す

高度経済成長期に建てられたこの団地もかつては隆盛を誇っていたのだろう。

だがもう古ぼけた印象しか受けない。

単なる箱にすら見えてくる。

四つの棟から成るこの団地。

ここのどこかに津田は居るはずだ。

おれがいるのはD棟の前だから……

ポケットの中でスマホが震えた。

「もしもし」

『平田だ。津田は団地のB棟にいる』

「わかった」

『いま、ゲオルグと戦闘中だ』

くそーーと心の中で毒づく。

終わっていなければいいが。

だが、戦闘が始まってからどの程度経過したのかはわからない。

走りながら、スマホをしまう。

B棟までは走ればすぐだ。


B棟に近づいたが、何も音がしてこない。

静けさと宵の闇だけがおれに届いてくる。

終わったのだ。

顕天会の下っぱが草むらからこちらを見ている。

役に立たないやつらだ。

外灯に照らされた男がもたれ掛かるようにして、立っている。

うなだれているから顔は分からない。

だが、体格と髪の色からみてそれがゲオルグであることは間違いなかった。

数日前に見たあの大柄なドイツ人は、どこかへと行ってしまったかのようだった。

顔を上げたゲオルグが、おれを見る。

その顔が紅潮していた。

「侮っていた」

ゲオルグが言う。

「まさか、津田琴乃にあれほどの力があるとは」

「それを見抜けなかった貴様の敗けだよ」

「ああ。だが、次こそは」

言い終わる前に、笑い声が漏れた。

おれの口からだった。

「次こそは、お前は殺されるよ」

「なんだと……」

ゲオルグがこちらに近づく。

鼻と鼻が触れそうな距離にまで縮まる。

「おおかた、津田の手加減で死なずにすんだだけだ。本気を出していたらお前はもうここにいねえ」

「貴様!」

ゲオルグがおれの右手で胸ぐらを掴んだ。

だが、その刹那にはゲオルグの膝は地面に着いていた。

右手はおれの胸ぐらを掴んだままだ。

立ち上がろうとも、立てない。

何度繰り返しても奴の膝は地面と仲良しだ。

「なにをした」

苦痛が漏れないように、歯を食い縛りながらゲオルグが言う。

「合気」

おれは短く答えた。

「く!」

ゲオルグの左手がおれの股間めがけて走った。

だが、そんなものは読めている。

ゲオルグの右手を掴み、少し体を捻った。

回転力でゲオルグの体が振り回される。

ついには地面に腹這いで伏せる形となった。

こうなれば立ち上がることはおろか、動くこともできない。

くぐもった声を出しながら、虫のように貼り付けられるだけだ。

ゲオルグの右手を引き剥がし、折り畳み、奴の背中に近づける。

近づけた上で、ぎりりと絞っていく。

ある程度あげたところで、こつん、という感触を覚えた。

これ以上絞り上げれば、奴の腕は折れる。

そこまでしたいわけではない。

「どうする?」

おれが問う。

「……」

ゲオルグは何も言わない。

奴の腕を右手で固定し、左手で奴の脇腹を殴る。

腰の入らないパンチだが、それでも寝ている相手には有効だ。

「どうするってんだ」

「……」

再びの沈黙。

「あ、そう」

左手で奴の脇腹を殴る。

繰り返し、繰り返し、殴打する。

親指の握りを変化させ、第一間接を突き出し、それで殴る。

鋭い痛みがゲオルグを襲うはずだ。

一度、二度、三度。

タイミングをずらしたり、角度を変えたり。

殴り、殴って、殴った。

「わかった! 参った!」

そうゲオルグが叫んだのは、20秒後。

俺が20発の拳を叩き込んだあとだった。

「やめてくれ……頼む……」

もはや悲痛でさえある声が漏れていた。

右手で固定したまま、体を遠ざける。

そして、ゆっくりと手を離した。

ゲオルグが左手を床に着き、よろけるように立ち上がる。

怯えた目がおれを見ていた。

顔に浮かんだ明らかな恐怖を隠そうともしない。

いや、出来ないのか。

「……なにをした」

だらしなく右手をぶらさげながら先程と同じことを問う。

「合気だっていってるだろ」

先程と同じことをおれもこたえる。

「……」

奴からしたら魔法のように感じたはずだ。

だが、合気とは魔法ではない。

物理なのだ。

それがこのデカいドイツ人に分かるか。

もしくは、解明しようともう一度つっかかってくるか。

しかし、重心が後ろよりだ。

つっかかってくることは無さそうだ。

「かえりな」

もはやこいつに言ってやれることなんて、一つとしてありはしなかった。

うなだれながら帰っていく。

その時、上の顔からドアを叩くような音が聞こえた。

こんなタイミングで、こんな音を出す奴は一人しかいない。

津田琴乃だ。

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