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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
20/30

アイキャントストップ

帰りの車の中で、こだまするのは平田の息遣いだけだった。

エンジン音ですら、やつの呼吸音を掻き消すことが出来ていない。


おれの実力を目の当たりにした川崎はおれに、

「合気を実戦で使ってもいいのですか」

と、問うた。

「合気は和合の道のための武術と聞いていますが」

川崎は続けて問うた。

「そうだね、たぶん、そう」

おれは笑った。

「この一件を済ませたら、お前らの壊滅に乗り出すよ」

「は?!」

川崎が唸った。

飛び出んばかりに見開かれた目がおれと平田を交互にみた。

平田は首を小刻みに小さく振るばかりだ。

「いま、なんと?」

「お前らを潰す」

「……気は確かですか?」

「そうすれば、この国も少しよくなるはずだ」

「われわれは天の意志を……」

続きの言葉を川崎はつぐんだ。

おれが少し、口の端を上げたからだ。

「人が天を語るか、面白い」

「まあ、冗談を言う余裕があるのはいいことです」

視線をはずしながら、川崎が言った。

俺と眼を合わさず、そのまま下がっていく。

たしかにそれが冗談なら、嬉しいだろうなあ。

笑えてきた。

だが、冗談だろうとなんだろうとおれは奴らにとって害悪でしかない。

それは簡単に言えばやつらが悪だから、という理由による。

合氣道の開祖、植芝盛平翁の著書『武産合氣』は、こういう記述で始まる。

「我ら武術家は宇宙の恒久的平和に尽くすべし」

それは果たして身近なものを守れ、という消極的な話なのだろうか。

おれは違うと思う。

悪を叩き潰すために合気は存在すると考えている。

それは狂っているか?

いや、至極全うな考えだ。

人の世の繁栄を願うなら、悪を潰すべきだ。

おれはそう考えている。


「できたのなら、今まで我々を潰さなかった」

平田が問う。

「ん? ああ」

ダッシュボードに足を乗せる。

「関わりたくなかったからだよ」

「では津田を倒したら手を引けばいいだろ」

「それもだめだな」

「何故だ」

「腹が立つからだよ」

「な……」

平田が言葉をつまらせる。

「てめえらのことを忘れて楽しく生きようかとも思ったが、とことんやるさ」

「ではなぜ、われわれに協力する?」

「100万円を先に貰ったからだよ」

明確な論理だと思う。それはそれ、これはこれ。

鬼哭館に倒されるか、おれたちに倒されるか。

その差はなんだろう。

単なる時間差みたいなものではないか。

ダッシュボードに乗せた脚を組み替え、そう思った。


車はとあるビルの前に止まった。

都内のオフィス街の中にある雑居ビルだ。

ひい、ふう、み……五階建てくらいだな。

壁の建材は年月の経過を思わせるが、窓は汚れていない。

古いながらに管理はなされているのだろう。

「着いた」

エンジンを切り、サイドブレーキを平田が引いた。

ビルには単に「松永ビル」としか書かれていない。

おそらく支部かなにかだろうが、やつらの持ち物ではなさそうだ。

平田がドアを開き、中へと入っていく。

思った通りの雑居ビル、といったところだ。

零細企業がいくつも入っているのだろう。

階段を上がり、三階フロアーの角の一室へと足を進める。

ドアを開けるとそこに広がったのは、いわゆる、オフィスであった。

白い業務デスクがいくつかならび、電話がおかれ、壁にはホワイトボードが掛けられている。

思ったより、普通だな。

「平田先生、おかえりなさい」

そういう声がかかる。

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