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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
17/30

ヒーラブド

鉄が打ち付けられる音が団地に響いた。

僕が思い切りドアを叩いているのである。

紳士的から程遠い、力任せのノックを刻む。

打ち、打ち、打った。

反応がない。

いないのか?

それとも、部屋の奥で震えている?

今すぐに取っ捕まえて話を聞かなければならない。

もしここに居ないならきっと居場所は顕天会の支部だろう。

マッハで駆けつけて全員をブッ飛ばしてやりたいが、一人で乗り込めばこちらがやられる。

そこまで浅慮なわけではない。

僕の浅慮さはせいぜい、こうやって思い切りドアをぶん殴っている程度である。

だん、だん、だん!

さて、親の仇かってな位に叩いてみたもののまるで何のレスポンスも得られない。

一抹の寂しさにも似た感情が、僕のなかで生まれた。

駄目だ、疑問を持ってはいけない。

疑問は躊躇いになり、躊躇いは敗けを生む。

畜生っ、ひとり毒づく。

どうにかして在不在くらいは確かめたい。

そこで気がついた。

郵便受けから中を覗き見れば良いのである。

なんて頭の良い僕。

思い立ったら即行動。

そして郵便受けを覗き混みつつ、開けたー

わけはない。

流石にそこまで馬鹿ではない。

ドアに密着するようにして体をそらす。郵便受けの前には居ない形だ。そして、開ける。

カタン、というあの薄い鉄がぶつかる音がした。

すると、どうだ。

それを合図に郵便受けの空いた窓から白い噴霧が勢いよく飛び出てきたのである。

恐らく殺虫剤かなんかだろうが、眼球に直撃すれば一時的に視力を失ったはずだ。

だって缶の裏に「目に入った場合は流水で洗い流し、最寄りの医師に相談してください」って書いてあるんだ。

そんなの目に良いわけがない。

もしのたうちまわる僕が敵と出会えばたちどころに負けてしまうだろう。

視力なくして何もできない。

ぶしゅーっ、という煙を見て思い付いた。

「ぬわわわっ!」

叫ぶのである。

同時に足踏みもする。

大袈裟にドタドタと音をたてる。

あいや全く、冬の夜、寒空のもとに僕は何をしているのだろう。

本当なら夜釣りでもして、かかった魚を豪さんに捌いてもらい、真理や師範たちと楽しみたい。

畜生っ。

少しの虚しさが込み上げてくる。

釣り、したいなあ。

とひとしきりバタついたところで、鍵が回る音がした。

釣れたのだ。

きっと悶絶する僕を見るために、噴射の主が出てきたのだろう。

多分、母親のはずだ。

頭が悪いんだな、わざわざ出てこなくてもドアスコープで見られるだろうに。

でも、まあ、子どもを殴る男と結婚したんだから頭の悪さは仕方ないよね。

団地で釣れたのは母親でもなんでもなかった。

ランニングシャツを着た中肉中背の男だった。

手には殺虫剤を持っている。

ああ、これを噴射したのか。

「お、お前は!」

と、僕を見て男が言う。

僕は常にランニングシャツを着る男なんて一人しか知らない。

いや、厳密に言えば「知らなかった」である。

平田支部長様ただ一人だったが、どうやら二番目ができた。

「津田琴乃! ええい!」

いや、ええい、とか言われても困る。

おそらく支部で僕の顔を写真か何かで見たのだろうが、なにせこちらとしては面識がない。

初対面がこんな形とは、向こうもなんとなく不憫だ。

男がファイティングポーズらしきものを構えてみるが、しっくりこない。

右構え、左構えにしてみたり、手を上げ下げしている。

「何がしたいんだお前は」

「うるさい、不義の男め!」

言い終わるや否や、すかさず男が殺虫剤を僕の方に向けた。

その手をそっと押し上げる。

電灯に向かって殺虫剤が勢い良く吹き出た。

もちろんながら、僕の顔には入っていない。

「く、くそ!」

必死に抗うがそもそも筋力に差があるのだから、それは無理だった。

空いた胴体に、中段突きを撃つ。

「うっ」

なんということはない、一般的な突きだがどうやら有効打であったようだ。

呻き声をあげ、男がその場に崩れ落ちた。

「う……う…」

それをもう一度立たせ、もう一度ぶん殴った。

もはや呻き声すら聞けない。

その場に、怒られた子供のように丸まっている。

ちなみに二回ぶん殴った理由は一つしかない。

嫌がらせである。

ほんの少しも気が晴れない。

やはり雑魚レベルをやっつけて済む問題ではなさそうだ。

それは真理やみんなの安全という面でもそうだが、なによりも単純に僕が頭に来ているということだ。

さて、未だ復活の兆しも見せない馬鹿をまたいで、僕は部屋の中へと進入した。

目に入ったのは初めに訪れたときに僕のことを無作法にも追い返したあの母親の姿であった。

下着姿で、ベッドの上に横たわっている。

ちなみに僕の方には尻を向けている。

もうその時点で察した。

こいつら、まったく、こいつらは!

「終わったの?」

こちらを向かずに母親が言う。

「今、通路と仲良くしてるよ」

僕の声に反応し、母親が素早くこちらを向いた。

慌てて布団を被る。

「あんた……」

「ああ」

母親が何かを言いかけたのを、僕は手をあげて制した。

「顕天会の言うことは聞かないぜ」

「……」

「貴斗くんを売り渡し、自分は男とお楽しみ」

「……」

「今、貴斗くんは警察に預かってもらっている。全てを話したら児童相談所が動くだろうね」

「何が言いたいの?」

「何がって、別に言いたいことなんてないさ。あ、いや」

靴箱の上に置かれた花瓶の首の部分をを思い切り拳で叩いた。

花瓶の上半分が吹っ飛んでいき、辺りは飛び散った水で濡れた。

母親の頭上の壁にあたり、砕けた。

破片が母親の頭上に降りかかる。

「ひっ!」

短く悲鳴をあげ、母親が手で頭を覆った。

「人の理に外れるなら、僕が許さない。それだけさ」

別に本当に言いたいことなんてなかった。

ただ渦巻く憤りを、思い切りぶつけたいだけだった。

下半分だけが残った花瓶を持ち、僕は部屋を出た。

廊下ではまだ阿呆がうめいている。

その背中に、花瓶の残骸に残った水をかけた。

みるみる阿呆の背中が濡れていく。

その上に花瓶を置いた。

「風邪引くなよ」

嫌みを一つ呟き、僕はその場を離れた。


階段を下り、エントランスを潜る。

このままどこかで時間を潰してから行くか……。

考えごとをしながら歩いていた。

角を曲がろうとして、止めた。

数メートル先の木陰から人の気配を感じたからだ。

そこを見つめ続ける。

「出てこいよ」

僕が言う。

のっそりと、それは出てきた。

男。

180cm、90kgくらいだろう。

筋力の発達が見てとれた。

口髭を生やし、髪を後ろで束ねている。

年齢は30くらいだろう。

「さすがだな」

男がその髭を指で撫でた。

「気配には敏感か」

「誰だ、あんた」

「芝井宗蓮」

「目的は?」

問う。それと同時に芝井が笑った。

「分かるだろ、ほら、あれだよ」

あれ、と言いながら僕を指差す。

「なるほど、ね」

僕を倒したいらしい。

構えた。

にじり、にじりと、間合いを詰める。

だが、芝井は構えない。

不思議だ、芝井から殺意を感じない。

このまま「飲みに行こうぜ」と言われても不思議ではない、

自然体の佇まい。

「はあ」

構えを解いた。

「お、どうした?」

「気で押してもかわされる」

「うん」

「やりづらい」

「そっか、悪かったな」

芝井が笑う。

初対面の、それも敵に向けられたとは思えないほどの屈託のない笑顔。

「これが俺のスタイルでね」

「うん」

言うと同時に踏み込んだ。

踏み込みと同時の前蹴り。

肘だろうと膝だろうと、砕く。

そういつ積もりで蹴りに行く。

不意討ちだ。

相手の中腹部に叩き込み、呼吸を止める。

だが、そうはいかなかった。

すんでのところで芝井には当たらなかったのだ。

「ちっ!」

後ろに飛び、間合いを外す。

おかしい……完全に射程の中に入っていたのに。

避けたのではなく、届かなかった。

芝井は少しも動いていなかったように見えた。

「追ってこないのか?」

芝井が問うた。

「追わない。わからないし」

僕は後ずさりをし、そのまま芝井に背を向け走った。

悔しくともなんともない。

だが、理屈すら分からない。

何をされたのかも分からない。

芝井宗蓮、恐らく顕天会の用心棒だろう。

だが、不思議と邪念を感じなかった。

まるで青空のように澄んだ男であった。

敵を褒めるのか、と自身に問う。

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