メモリーイズユアフォルト
ゲオルグが足を出す。
腹部、脚部、頭部。
さまざまな部位を、器用に狙ってくる。
その一撃一撃に下っぱ達が狂喜する。
学ばない奴らだ。
なぜゲオルグが、そこまで連撃にこだわるのか。
理解していない。
雨のようにゲルググ……じゃなくてゲオルグの打撃。
だが、当たらない。
僕が避けているからだ。
当たろうと、まあ、どうということはない。
鍛えられた僕の身体の耐久度をなめてもらってはこまる。
ゲルググの連撃、連打。
あ、ゲオルグか……
効果的ではない。
捌き、叩きながら、前に出る。
ゲオルグの呼吸が早くなる。
心肺能力が限界を迎えそうなのか?
それとも恐怖?
ゲオルグはいま、幾度か遭遇したものを目の前に見ている。
鬼哭館空手。
強者の空手。
強くなるための者の、空手。
ー前進せよ、制圧せよ。
僕の本能と煩悩が叫ぶ。
その叫び声に身を任せる。
ー前進せよ、制圧せよ。
それは文字ではなく、感覚。
衝動よりも、遥かに強い電撃。
ー前進せよ、制圧せよ。
次に取るべき行動が、映像として脳内に明確に映し出される。
コンマ何秒後の自分が見える。いや、勝手に見ている。
考えることなく、僕の体が、五感がそれを僕のなかに満たす。
それをなんと形容すべきか、僕はわからない。
ー前進せよ、制圧せよ!!!
応っ。
素早く、前へと進んだ。
重心を上げ、滑るように進む。
足の筋力はほとんど使わない。
落ちながら、浮く。
西洋にない歩法。
そこに狙ったかのような、ゲオルグの前蹴り。
かつてはそれでよかったのだろう。
仏頂面するデカいドイツ人というだけで、人は縮み上がる。
単純な攻撃に「権威」が上乗せされる。
すると人は気持ちが敗ける。
僕もかつてはそうだった。
幻影の、上乗せ。
それが謎の正体。
だが、今は違う。
前進しながら半身になる。
ゲオルグの脚が、僕が居た場所を通過していく。
四股立ちになりながらその足を片手で抱えた。
もう片方の手は、ゲオルグの胸に当てる。
寄りかかるように、ゲルググの体に体重をかける。
片足かつ後方重心で、ゲオルグは今バランスを保つのにやっとだ。
「ノイン!」
「はあ?」
「やめてくれ!」
「なにを?」
「君はこのまま俺を投げ飛ばすつもりだろう! だが、そこまでする必要はないはずだ!」
「そうだなぁ」
「君は強い、私よりも!だから」
「強い者は弱い者をいたわるべきだと?」
「ヤー! その通りだ」
「じゃあさ、なんでアンタは少年部や初心者に本気を出した?」
事実、ゲオルグが鬼哭館在籍時にはこいつのせいで何人もの門下生が辞めていった。
「それは……」
「それは?」
「空手の厳しさを知ってほしかったんだ」
「そっかぁ」
「本物の空手を知る君なら分かるだろう?」
「わかるよ」
「では許し」
言葉を待たずして、ゲオルグの足を払った。
奴の体が水平に浮く。
落下運動を始めたその身体を、僕の拳が追った。
一つは胸、つまり胸骨を支える点を、
もう一つは腹部を打つ。
いや、打つだけではなく押し込む。
僕の拳が、ゲオルグの体重を感じる。
十八手。
空手の型にある技だ。
地面と拳で相手の体を挟む。
打撃を喰らった人体は衝撃を後ろに逃がそうとする。
十八手はそれすらも許さない。
徹底的に殺人拳を追求した技といえる。
「ぜああっ!」
僕の気合い。
ゲオルグの肉体が激しく打ち付けられる。
地面と拳で、ゲオルグのサンドイッチが出来上がった。
だが、死んでいない。
ほんの少し、かける体重を軽くしたのだ。
さすがに殺してしまうのはマズイと判断したからだ。
それでも数分は動けないほどのダメージがある。
「う……ぐ……」
悶絶するゲオルグを見おろす。
「よかったね、空手の厳しさが分かって」
通じているかどうか、わからなかった。
それでもなんか、うむ、スッキリした。
肩が軽い。
下っぱ男、二人組が呆けたように立ち尽くしている。
二人から戦闘意欲、まあ「闘る気」は感じられない。
別にかかってきてくれても構わないが、そんなつもりはないようだ。
二人を脇へ避け、僕は後部座席のドアを開けた。
「貴斗くん、行こうか」
貴斗くんの手を引き、歩き出す。
「どこにいくの?」
貴斗くんが問うた。
「警察だよ」
「また?」
「本当だよな。僕と君がいるといつも行き先は警察署だ」
「歩いていくの?」
「うん」
残念ながら、車は動かない。
なぜなら僕がキーを思い切り投げたからだ!
くそ、かっこつけて投げなければよかった!
少しばかり、後悔した。
今度からはしっかりとポッケにいれておこう。
そして今度があるのかは、わからない。
願わくは無いことを、祈るばかりである。
近くの交番に貴斗くんを引き渡した。
巡査にたいそう仰天されたが、鬼哭館の名前を出した途端に全てを察してくれた。
貴斗くんの救出はなされた。
だが、まだ分かっていないことがある。
僕の足は先程のアパートへ向かっていた。
冷たい階段をまた上る。
301号室のドアを、叩く。
ドアベルがあることは知っている。
だが、それでは気がすまない。
正直、ドアベルを高橋名人ばりに16打/秒で押しまくってやってもよかった。
だが、それではやっぱり、気が、すまない。
叩きまくる。
なぜ、母親は出てこなかったんだ。
それが、それだけが気がかりだった。




