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ボヘミアンフィスト  作者: 弐番
14/30

リメンバー

トンファを振る。

橋の欄干の下であった。

都内といえども荒川のほうであれば、橋などいくらでもある。

練習にはうってつけと言えるだろう。

低く差し込んだ夕陽が川面に反射し、僕の顔を貫いた。

だが、気にならない。

それどころでもない。

もうすぐで、聞こえるのだ。

トンファの声が。

袈裟に、逆に、上段に、振りを変え、持ち手を代え、何度も振るう。

振り続ける。

ああ、何時間こうしているだろう。

朝からずうっとこうしている。

幸福であるとか、そうでないとか、そういう次元の話ではない。

焦り、だと思う。

一向に聞こえてこない、気配すらないことに苛立ちを覚える。

ーまあ、良いんじゃねえかな

師範の言葉はそのまま額面通りに受けとれば、僕のトンファ捌きが及第点であることを意味する。

及第点では、駄目だ。

己の手足のように使いこなせなければ意味がない。

むしろ、武器の存在が足枷になる。

それだけは、避けたかった。

だから何度も振る。

懸命に振り続ける。


気がつけば日も沈んでいた。

遠くを走る車のヘッドライトが見えた。

そろそろ帰るか。

トンファを革袋にしまい、土手を目指した。

手の内が、ひりひりと痛む。

握りの部分でそうなったようだった。

拳を握り、それもポケットにつっこんだ。

ふう、と息を吐くと体が震えた。

ようやく、”寒さ”を体が認識したらしかった。

ビブラムソールのダナーのブーツが、落ち葉を踏んだ。

またやってくる年末を、今年はどう乗り過ごそう―

そんなことを考えながら歩く。

いつもの鬼哭館のいつものメンバー、いつもの騒ぎ方なら、年越しは道場で宴会だ。

他愛もない話題を笑いながら語らう。

だれか「どうだろう」と空手の話題をふると、べつのだれかが「やろう」といいだし、そこで技の研究が始まる。

あれよあれよ、という間に男たちの拳闘大乱痴気騒ぎが巻き起こる。

いつもの冬。

違うのはそこに真理がいるだけだ。

真理は鬼哭館でよく働いている。

言われたことはこなすし、気付いたことは率先してやるようにしている。

気丈な娘だと思った。

新メンバー真理は、道場での宴会に加わるだろうか。

きっと加わるだろう。

みんな真理のことを妹のようにかわいがっているし、真理もそれを受け入れている。

鬼哭館こそがあの娘の家であり、帰る場所なのだ。

居場所があるって、素晴らしい。

そんな甘い考えを持ちながら、歩く。

思えば、自分にも居場所がある。

鬼哭館のみんなにもある。

力が居場所を切り拓く。

力の持つ磁場が人を寄せる。

それは、かまわない。

では力なきものは居場所がないのか。

無力な者が住まう場所など、ないのか。

ないなら、作り出せ。

世界は優しくないのだから。

僕はそういう考えを持つ、ある種のリアリストだ。

そこまで考えて、ある考えが頭をよぎった。

明くる日の思い出である。

もしかすると……僕は……。

疑念と不安が瞼の内側を駆ける。

それが次第に大きくなっていく。

掻き消そうとしても、それが頭をかき乱す。

押さえようとすればその反作用でさらに強くなる。

畜生。

立ち止まり、呼吸を整える。

腹圧を一定にした圧縮呼吸。

吸うも吐くも同じ圧を保つことにより、体にめぐる「気」を静めていく。

ふうぅぅぅぅぅ。

吐く。

ふうぅぅぅぅぅ。

吐く。

ふうぅぅぅぅぅ。

吐く。

ふうぅぅぅぅぅ。

とくん。

ふうぅぅぅぅぅ。

呼気の中に心音が交じった。

そうか、やはりそうだな。

原因にあたるしかなさそうだった。


僕は警察署の前に立っていた。

自発的に立つことなど久し振りだろう。

だいたいいつも捕まってばかりだ。

でも、誤解は解けているしいいか。

扉の前に立つ巡査に一礼する。一礼を返してくれた。

中に入る。

木目調のデスクに新品の待ち合い用ソファ。

まるでどこかの企業のような清潔さだが、まごうことなくここは警察署なのだ。

「親しみやすさ」を目指したと警察署長がなんかの新聞で言っていたが、それは変だと思う。

だいたい、警察署に感じる親しみやすさってなんだよ。

時計を見れば時刻は六時を回っていた。

「すみませーん」

受付にいる中年の婦警さんに声をかける。

作業中だろうか、机に視線を落としたままだった。

本当に親しみやすさを目指しているのか正直、疑わしい。

「免許の更新ですか?」

僕を見ることなく、下を向いたまま婦警が言う。

「いいえ。生活安全課に用事があって来ました」

はっきりと言うと、婦警がようやくその顔を挙げた。

腫れぼったい目を見開き、視線を上下させる。

じろじろと音がしそうだ。

やましいことはなにもしていない。

やや間があって、婦警が口を開いた。

「少々お待ちください」

受話器を手に取り、何かを囁く。

小声で何も聞こえない。

「奥のエレベーターで上におあがりください。4階です」

「どうもー」

促されるまま、僕はエレベーターに乗った。

ちなみに「上におあがりください」は重複語だ。

教えてあげようかと思ったけど、やめた。

愛想のなさに頭がきたのだ。

せいぜい、どこかで恥でもかけばいいさ。


エレベーターが到着し、ドアが開いた。

薄暗く光る照明が、無機質な廊下を照らす。

親しみやすさはどこに行ったのだろう。

生活安全課の札のかかっている部屋に入る。

灰色で事務用品が統一されているのだろう、やはり生活感がしない。

これではいかん、と誰かが思ったのか申し訳程度にテディベアのぬいぐるみが置いてある。

それで殺風景さが帳消しになるとでも思っているのだろうか。

署内のインテリアまで手が回らなかったのか、頭が回らなかったのか。

『まるで親しめません』と投書でもしてやろうかしら。

「すみませーん」

先ほど、受付で吐いた言葉をまた唱える。

「はーい」

野太い声が、室内から響いてきた。

足音が近づく。

「またお前か」

やってきた大きな腹の刑事がため息まじりに言う。

この刑事、何度か僕を所内の拘置所に入れた刑事だ。

「ミニスカポリスじゃなくて、残念でしたね」

冗談まじりに言うが、それに眉ひとつ動かさない。

「このくそ忙しい年末に、何しに来た」

「頼みごとがあります」

「お前、まただれかぶちのめしたのか!」

「いやいや。居場所を知りたいんです」

「誰のだ」

「僕が助けた子」

そう、僕はあの心神拳信奉者の子の居場所を探していたのだ。

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