共同生活を始めよう
土足のまま、真理の家に上がる。
こうなれば窃盗の疑いをかけられても構うもんか。
近隣住民が仮に警察に通報していたとしたら、僕は即座に捕まる。
地元だと「はいはい、津田君ね」で済んですぐに釈放だ。
しかし、ここらへんだとそうも行かないだろう。
となれば、早々と逃げ去るのが吉である。
「判子はどこにある?」
僕が真理に問う。
「多分、台所の引き出し」
よし。
ではさくっとゲットして、さくっと帰ろう。
慎重に進む。
土足で踏みすすむ。
簡素な、というか、生活感の無い台所に侵入。
おそらく、みょうちきりんな教団に金を支払ってしまっていて、手元になにも残らないせいだろう。
真理に台所の棚をあさらせる。
僕はその間に見張る。
何かあってもすぐに対応出来るようにだ。
「あった」
真理が引き出しから判子を取り出す。
象牙で出来た立派なものだ。
これでいい。
そうだ、と思って僕は適当に置かれていたノートを手に取った。
「どうしたの?」
真理が不思議がる。
「これはいつか、必要になるんだ」
そういって僕は笑った。
「さあ、行こう」
真理の手を引き、玄関を出る。
あの惨劇の残り香はどこにもなく、いくつかの血痕だけがそこに戦闘があったことを示していた。
「大丈夫?」
真理が僕に問う。
それはすなわち「もう一度、襲撃されるのではないか」という意味だ。
大丈夫だろう。
足が逆に曲がったデブと、金玉を片方潰されたアホを見て、
「さあ、倒しに行こう!」と意気揚々と行ける程の胆力は奴らには無いはずだ。
もちろん、100%で大丈夫ということはない。
どこかで可能性がある。
だからこそ、一刻も早く帰るべきなのだ。
「大丈夫」
真理に力強く、言う。
「そう」
安心したのか、真理の口からため息に近い物が漏れた。
思うに、この娘は心の底からの「安心」をした事が無いのではないだろうか。
家という場所が安息の地ではない。
それをもって、どうすれば良いのか。
僕ならきっと発狂しちゃってると思う。
それでも真理は耐えてきた。
いつか、きっと救われる日を夢見て。
バイクにキーを差し込み、エンジンを回す。
低い音で、ワルキューレがいななく。
肚の底にエンジン音が響き渡る。
「さあ、行こう」
数分前と同じ言葉を僕は吐いていた。
勢い良くアクセルを回し、僕たちは颯爽と東京へ戻った。




