家族ってなんですか?
元気よく、平田支部長様が構える。
僕は真理をそっと横に押しやった。
物陰に隠れていれば、危なくもないだろう。
「あええええっ!」
勢いよく叫びながら、真理の方をチラチラとみる。
「あええええっ!」
叫ぶ。
チラ見。
「あええええっ!」
叫ぶ。
チラ見。
明らかな時間稼ぎだ。
どうにかして、真理を強奪して僕から逃げたいのだろう。
だが、それが果たして出来る?
策を練ったとして、意味はある?
無駄だろう。
なぜなら、平田支部長様にはそれだけの腕力が無いからだ。
冗長な時間が過ぎていく。
意味の無い叫び声と、
父親の「やれー!」という声援だけが、虚空にこだまする。
そろそろ飽きてきたので、ひっぱたいて帰ろうと思ったが、どうも雰囲気がおかしくなった。
正確に言えば、空気が変わったのだ。
大勢の足音が家の中からこちらに向かってきている。
そうか、車から来たのはこいつらかー
ひとり、
ふたり、
あっという間に5人ほどに囲まれた。
中には使い手だろうか、身体の大きな奴もいた。
ふふんーと、鼻をならして平田支部長様が勝ち誇る。
「これだけの人数を、相手に出来るかな?」
じろりと僕を睨み、歯のない笑顔を作って見せた。
「最初から、その娘を渡せば良かったのだ」
昼間と同じことを、言う。
「本人が嫌がっているから、駄目だな」
昼と同じことを、僕も繰り返す。
「関係ない」
言い切った。
「ほう?」
「それは天の意志。我々、顕天会は天の意志を地上に実行させるものだ!」
己の台詞に恍惚としている。
救いようの無いほどのバカだ。
「そっか」
僕は下を向いて、ひとりごちた。
「かかれ! 天罰を与えろ!」
平田支部長様が、吠える。
3人が同時に掛かってきた。
何てことはない。
そのまま僕も前に出た。
前に出つつ、正面の奴の腹に前蹴り。
体重の乗った、重い蹴りだ。
しかも、カウンター。
同時に顔面に右の突きを叩き込む。
胃液と血液を同時に噴射しながら、後ろに飛んでいった。
すぐさま僕は右を向いた。
右の男の目を指で叩く。
びくん、と跳ねて男は動きを止めた。
喉を、突く。
涎を垂らしながら、男はその場にへたり込んだ。
左側にいた男は、青ざめた顔をしながら僕を眺めていた。
人数の利というものは、脆い。
数に頼った陣形なんて、簡単に崩れる。
宮本武蔵も自著、「五輪の書」で述べている。
だが、それは一撃で決着がつくときだ。
それ以外は、違う計画をたてるべきだろう。
流石にびびった奴を思いきり叩くのも可哀想だ。
というわけで、軽く掌底で鼻を叩いてやった。
悲鳴と鼻血を漏らしながら、後ずさり、そいつはなにかにつまづいた。
くそばばあであった。
うわ、と素頓狂な悲鳴を上げ、くそばばあの上に落下した。
勿論、尻餅をついた先にあったのはヒビの入ったくそばばあの腕である。
「あいいいいてえええええ!!!」
僕は思わず吹き出した。
ボタンを押せば、音が鳴る。
トリガーに対する正確なアクションが腕と悲鳴であった。
つまづいた男は、あわあわしながら後ずさりしていった。
「で、どうするよ?」
平田支部長様を見つめ、僕は言った。
残すは二人。
一人は明らかに目が泳いでいる。こいつは、いいや。なにもしてこないだろう、できないだろう。
しかしもう一人は堂々と腕組みしているではないか。
恐らく、実戦経験アリだ。
短く刈り込まれた頭と、細いつり目。
爬虫類を思わせる出で立ちだ。
「平田支部長」
トカゲ男が腕を解き、言う。
「なんだ」
「もし、私が奴に勝てば娘の貞操はもらってもいいでしょうか」
「……」
「より強き種と交わる、それが人類繁栄の近道」
そいつが言う。
しばらく考えた後、
「わかった、認めよう」
と平田支部長様が言うのであった。
男が僕に向き合う。
「私の名前は-」
言い終わる前に、トカゲ男の鼻を軽く叩いた。
バチン、
十分にスナップを効かせた裏拳である。
つつー、と鼻血がそいつの鼻腔から垂れた。
「女の貞操をやり取りするような奴の名前なんかおぼえる気、ないぜ」
男が鼻血を指で拭う。
「野蛮人! 名乗るのは紳士のたしなみではないか!」
「グダグダ言うな。処女とヤりたいだけの変態の癖に」
「人類の繁栄をー」
言い終わる前に、更に一発、踏み込んで裏拳を叩き込んでやる。
今度は強めだ。
男の顔が後ろに軽くのけぞる。
僕は素早くステップして、間合いから離れた。
「成敗してやる……」
男の顔が、赤色を帯びた。
恥、であった。
トカゲ男の自尊心は今、傷ついた。
腕自慢で鳴らしてきた名も、僕の裏拳が引っ掻いた。
所詮はチンケな組織の中でのくっだらない名声である。
それでも、トカゲ男にとっては精神的支柱だったに違いない。
その自尊心に傷がついたのなら、相手がとるべき行動はひとつ。
攻撃である。
トカゲ男が構えた。
前後のスタンスを広くし、膝でリズムをとる。
蹴り主体だろうか、重心が後ろに寄っている。
「チョーーーーー!」
後ろ足で跳ね、
その勢いで僕の頭部を横から狙う。
飛び回し蹴り。
それをステップバックして避ける。
トカゲ男の着地を狙うためだ。
蹴り足が回る。
今、という時であった。
トカゲ男の身体が更に半回転した。
逆足での、飛び後ろ蹴り。
縮まっていた脚が勢いよく伸びてくる。
空中で二連撃を、実戦でかけてくるとは。
大したバカ野郎であるー
当然、避けても構わなかった。
しかし、それでは後々困るのだ。
種は撒けるだけ、撒くものだから。
敢えてブロックする。
空で腕を蹴られ、僕は後ろに押された。
痛いは痛いが、骨に響く痛みではない。
表面を叩かれたそれの痛みだ。
少し、さする。
いくらか苦痛が和らぐと、いいんだけど。
トカゲ男が悠々と着地する。
「いいぞ! 奴に攻撃を当てたのはお前が始めてだ!」
興奮して平田支部長様が、応援する。
トカゲ男が気取ってゆっくりと、真理の方に振り向く。
「私を受け入れる準備をなさい」
にこりと微笑んだつもりだろうが、明らかに爬虫類が目を細めたようにしか見えなかった。
真理の顔に嫌悪と拒絶の色が浮かぶ。
最早、掛ける詞などない。
バカにつける薬はない。
勘違い変態野郎は電気椅子以外、座っちゃ駄目だ。
トカゲ男が僕を見る。
「邪悪は消し去る!」
トカゲ男がまた構えた。
重心が後ろに下がっている。
「チョーーーーー!」
「チョーーーーー!」
「チョーーーーー!」
怪鳥ロプロスめいた叫び声。
うるっせえ。
「チョーーーーー!」
四回目の跳躍を終えた刹那であった。
再び、跳躍した。
空中で胴部、頭部、挙げ句の果てには後頭部まで狙って蹴りを繰り出す。
精確無比で、休むことなく動き続ける。
その一撃一撃を避け、捌き、ブロックする。
防戦一方に見えるだろう。
「いけー! いけー!」
平田支部長様がしゃべる。
歯のない顔でよくもまあ、あそこまで大口を開けられる。
「不義の男に天誅をー! 天誅ー!」
父親が手を振り回して、吠えていた。
いい年こいたおっさんが“テンチュー!”などと大声で叫ぶ。
よくもまあ恥ずかしくもないものである。
この男たちに恥という概念はないのだろうか。
端的に言えば、ないだろう。
あったとしたら自分が強姦魔の仲間である時点で、恥ずかしくて死んでいるはずだ。
しかしまあ、語るに落ちた正義というものもあるものだ。
天誅、か―
大勢の男たちによる声―
歓声―
喝采―
怒号―
それら全てが僕の鼓膜に届いていた。
しかし、僕の脳には届いていない。
ただ、悲鳴を想像するのみだ。
これからトカゲ男が上げるであろう悲鳴を。
行動は予測ができる。
相手のとるべき「最良の選択」を制限させるのだ。
僕があえて最初のトカゲ男の飛び後ろ蹴りを受けたのは、それが僕に対して有効だとトカゲ男に錯覚させるためである。
先ほどから、トカゲ男がとび蹴りを連発しているのはそのためだ。
だから、飛び後ろ蹴りを待つ。
こういう勘違いかっこつけ変態ナルシストは、最後に自信の必殺技で仕留めようとする。
そこを狙う。
「チョチョー!!!!」
トカゲ男の飛び二段蹴りが僕の腕をたたいた。
「うぐっ」
あえて大きな声をだし、僕がガードを下げる。
トカゲ男の目が大きく見開かれた。
鼻腔が膨らみ、鼻で大きく息をすっているのが分かった。
「チョーーーーーーーーーゥッ!」
来る―
トカゲ男が跳ぶ。
飛び後ろ蹴り―
体の回転から見て、多分、右―
歪んだ笑顔が、トカゲ男の顔に引っ付いていた。
恐らく勝利を確信しての笑顔だろう。
一気に解放された足が、僕の顔面をとらえる
ことはなかった。
すでにそんな技、見切っていた。
決着をつけようと思えば、一打でついていた。
しかし、それをあえて引き延ばした理由とは何か―
トカゲ男の蹴り足を肩と顎ではさみ、しっかりとホールドする。
次の行動は読めていた―
反対の足で着地した瞬間、体を回転させバランスをとる―
そしてつかまれたまま跳躍し、側頭部を蹴り刈るという流れだ―
「チョーーーーーー!」
トカゲ男がつかまれた方の足で着地した。
そして跳びあがり、僕の側頭部めがけて蹴りを放ってきた。
「チョォォォォォォォォ!」
何度も言うが、読めている動きだ。
そのままつかんだ足を、下に向けて引きずった。
「―ォォォォォォォォォ!」と叫んでいる顔が落ちていく。
そしてそのまま、思い切り、地面にたたきつけた。
背中から地面と激突する。
トカゲ男が「オゴッ!」と妙な声を出して、口をパクパクさせていた。
ばかめ、いい気味である。
いつの間にか声援も喝采も、止んでいた。
苦しみの表情を浮かべるトカゲ男。
片足を踏みつけ、片足を脇に抱えた。
股を大きく開いた形になる。
「なんだっけ、『わたしを受け入れる準備をしろ』だっけ?」
トカゲ男の顔に大きな恐怖の色が浮かんでいた。
絶対的な恐怖、屈辱、痛み。
これを与えるために、わざわざ芝居までうった。
「ではあえて言ってやろう」
僕は、片足を大きく後ろに振り上げた。
「『激痛を受け入れる準備をしろ』」
そしてそのまま股ぐら目がけて、脚を走らせた。
これからあとは何も言うまい。
ピンク色の泡を吹きだしながら白目でのた打ち回るトカゲ男。
青ざめた顔で平田支部長様と父親が眺めていた。
僕がゆっくりとそちらに向かって歩き出す。
平田支部長様の前に、立つと、平田支部長様は白目をむいて倒れそうになった。
それをしっかりと、支える。
気絶されては困るのだ。
顔をはたき、意識を奴の中に戻す。
「おい、気絶するな。いいか」
平田支部長様が意識を取り戻す。
「貴様、私を……」
「そうだ。気絶なんかするなよ」
「どうして、そこまで?」
奴の眼が、微かに光る。
希望をどうやら見出したようだ。
「平田。お前のけがの箇所はどこだ?」
「歯と、鼻と、中指だ……」
「そっか。それ以外は、大丈夫か?」
「ああ、なんとか」
そういうと、平田は僕の肩を両の手でがしとつかんでいた。
「ありがとう」
おめでたい頭だ。
まだ自分が助かると思ってやがる。
僕は思わず、笑ってしまった。
するとどうだ、平田支部長様も笑い始めた。
「なあ、これでも笑ってられるかな?」
平田支部長様の右の膝関節を、前から思い切り踏み抜いた。
めぢっ、
という嫌な音が、あたりに響いた。
本能的にそれが「痛みを伴う音」だと分からせる。
膝が逆のくの字に折れ曲がる。
まるで鳥の脚だ。
アーマードコアにこういうパーツあったよな。
「ああああああああああああああああああああ!」
大絶叫である。
大きい関節を破壊されると、すさまじい痛みが伴う。
それはもう、言葉では形容しがたい激痛であった。
「気絶されると困るんだよね。痛みに気付かないから」
転んだ平田支部長様をみて、腹の底からすっきりした。
真理の両親はいなくなっていた。
きっと、組織の本部にでも逃げて行ったのだろう。
どうでもいい。
今すぐすることは判子を奪取することなのだから。




