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行動の代償(改)

作者: K_季本

少し手を入れました。

人間の代理となり得るロボットを実現させる。この思想は正しかったのだろうか・・・ 今でも、そう思うことがある。



 正確に表現しようとしたがる人なら”一般用途向け高機能省電力型自動化装置”、世間の大概の人なら”ロボット”と呼ぶ機械達が普通の家庭でも買えるような値段になってから、もう随分と経つ。今や、一手間かかる日常生活の場面には欠かせない存在だ。その主役はと言えば、調理用ロボットに尽きるだろう。こいつは、あっという間にスーパーの総菜コーナーを過去の遺物へと変えてしまった。総菜コーナーの上得意だった積極的省力化推進派の面々は、今や、総菜コーナーを衣替えして設えられた調理用ロボットメーカー別のトレイパック商品コーナーで好きなモノを手当たり次第に買い込み、食事の度、冷蔵庫から取り出してはロボットの中に放り込んでボタンを押す人へと、あっさりと宗旨替えしてしまった。

 確かに、科学技術の粋を結集させたロボットの火加減と言うか温め加減のコントロール具合は、繊細で、正に匠の技を極めているとしか表現の仕様が無い。トレイパック商品には、一食分の全てを賄えるように、主食である御飯やパン、ステーキやムニエルといった主菜に加えて、小松菜の煮浸しのような副菜までもが、どれも半加工状態のまま、人間技を超越した丁寧さでトレイ上の小分けされたブロックに盛り込まれている。値が張る物になると10品以上にもなる。当然、仕上げに必要な加熱温度は食材毎にばらばらなのだが、ロボットは神のように正確に見分けて、各ブロックを違う温度で同時加熱することが出来る。商品は自分で選ぶこと、そして、ボタンを押して1、2分待つこと、たったこれだけの手間さえ我慢できれば、家庭でレストランの味を楽しむことができるという触れ込みだ。

 この調理用ロボットは、発売されてから僅か1、2年で、町の洋食屋さんを大量に店仕舞いさせてしまったのだから、宣伝文句に嘘は無かったのだろう。ロボットの中に放り込まれるトレイパックはチルドタイプだから、冷凍では風味が落ちてしまうメニューもお手の物で、販売されるメニューは増加する一方だ。その所為だろう、ロボットの売れ行きは止まることを知らず、発売以来ずっと右肩上がりが続いている。煽りを食って、今では、機械では再現しにくいメニューに拘っている努力家の料理人が腕を振るう店や、一般庶民向けではない高級食材を使い、時に客が希望していないのに高飛車な態度をわざわざおまけしてくれるような店だけが、何とか生き残っているに過ぎない。中には、ロボットが仕上げたトレイパックを皿に盛りつけ直し、それを手作りだと称して客に出す詐欺まがいの店もあるそうだ。騙される客が居るのだから大した実力だと、うっかり感心してしまう。

 そんなにも便利な家庭用ロボットの代表者であるが、その姿はと言えば、飾り気も味気もない、全く以て単なる箱に過ぎない。酔狂な家電品コレクターが後生大事に持っている”初期型電子レンジ”、つまり、其の昔に流行った、冷凍食品の加熱だけしか出来なかった装置とあまり変わらない外観である。まあ、超高性能化されたとは言っても、結局、代わり映えしない機能しか持っていないのだから、”調理用ロボット”と名前だけを高級化して売り込んでいるに過ぎないと皮肉る筋も居る。受け止め方は人それぞれなのだろう。

 お年寄りに聞いてみると、こういう代物まで”ロボット”と呼ばれる様になるとは、これっぽっちも思わなかったそうだ。何でも当時は、”ロボット”とは、食材をスーパーに買いに行き、家の台所で下ごしらえから調理までの一切合切をこなし、おまけに調理器具や食器の後片付けまでしてしまう、つまり、人間様の料理活動を完全に代行してくれる人型の汎用的な機械でなければと、無邪気に妄想していたらしい。今聞くと結構笑える漫画チックな発想だ。ロボットなど、特定の作業を自動的に処理できる装置であれば良い。何しろ、何にでも使えるということは馬鹿みたいに高価になるだけだ。調理だけに特化するといった単機能型でないと、こう安く手に入れることは無理だろう。まあ、半加工状態のチルド型トレイパック商品は、工場で大量生産されている割には安いと言いにくい値段だけど、それでも、レストランに行くより遙かに財布に優しいことは確かだ。

 手間は省けるだけ省いてとことん楽したいが、でもお金はとにかく出したくないという、極めて真っ当だが浅はかな願望など、シンプルな道具で実現出来てしまうということなのだろう。

 ただし、例外的に、人型多機能であることを要求する場面がある。昔日の無邪気な妄想に違わず、人間の様々な行為を代行させる必要がある場合だ。

 然ういう、滅多にお目に掛かれない場所が此処だ。今日もこれから、その人型多機能ロボットが人間代行業を開始するところだ。



 「彼」の元へ、8日目の朝が訪れようとしていた。この7日間、「彼」は、制約が多いワンルーム暮らしであるとは言え、比較的気ままにのびのびと過ごしてきた。

 何しろ、身の回りの世話は全て、「彼」専属の人型ロボットがやってくれるのだ。

 三度の食事の全てがトレイパック食品であるとか、辟易することは少なからず有る。

 でも、気に入らない事があれば此処に来る前と変わらず、怒鳴り散らし、ど突き回せば良い。その対象が、生身の人間から、人間のふりをした機械に変わったに過ぎない。抑揚に乏しい声だが一丁前の会話はするので、無表情に振る舞う、冷え冷えとした肌を持った忠実な、しかしながら、寝起きの悪い下僕だとでも思っておけば良かろう。何しろロボットだと言う割には、朝、まるで起きようとしない。こちらが叩き起こしてやらないと起動しないとは、相当費用をけちったのだろう。此処なら、然もありなんでことか。

 まあともかく、機械は人間に逆らえない様にプログラムされているのだから、このロボットも、生身の人間と同じ様に「彼」にひれ伏すしかない。だから「彼」は、此処でも、他人に傅かれるべき主人で居続けることが出来る。その事に疑問の余地は無いから、然う居続けるつもりだった。

 が。

 8日目の朝は、然ういう傲岸不遜な了見など一顧だにしない、前日とは全く真逆のものに掏り替えられていた。

 「彼」は、無意味に惰眠を貪っていた訳では無く、このワンルーム生活の中では極めて価値の高い、意識覚醒直前にだけ味わうことが出来る最も快適な微睡みの時間を堪能している状況にあった。

 その無防備な「彼」を、突然の衝撃が包み込んだ。薄いカーペットが敷かれているとは言うものの、凍み入る様に冷たく堅い床に物の見事に叩き落とされたのだった。その仕打ちに温もりの欠片などは微塵も有る筈は無く、「彼」の体には落下の反動が冷酷無情に打ち加えられた。

 ナっ、何だ一体! ビルの屋上から突き落とされたかの様な、無警戒の肉体には余りに激しすぎる衝撃によって唐突に朝を迎えさせられてしまった「彼」は、一瞬、事態が判断できずに呆然とするしかなかった。

 だが、覚醒しつつある意識により、勝ち誇ったように彼を見下ろしている存在を認識することが出来た。

 それは、昨日までなら、正確には眠りにつく迄だが、従順以外の何物でも無い態度でただ只管に傅いているだけのロボットだった。

 そもそも、「奴」の顔に表情は存在し得ない。情動を表現するための模擬顔面筋構造や模擬筋制御プログラムが搭載されているとは聞かされていなかったし、場面に応じた情動を選択できる高級な学習機能を、此処で使われているロボットに持たせるだなんて、無駄以外の何物でも無い。以前にTVで見かけた専門家は、ロボットにとって情動の表現は最後にして最大の難関で、実現するのは未だ未だ先の話だろうとコメントしていた筈だ。

 だが「彼」の目は確かに、「奴」の顔面にあからさまに勝ち誇っている表情が浮かんでいることを捉えていた。

 てめぇ、何しやがんだ! 漸く覚醒し終えた彼は我を忘れて叫ぶと、嘲笑しながら棒立ちに突っ立っているだけの「奴」の腹部めがけて、鋭く、得意のボディーブローを放った。

渾身の、しかしながら、痛恨とも言える一打は、狙い違わず、「奴」のボディーに打ち込まれた。


 然ういえばこのブロー、此処に来る直前にも使ったっけ。確か仲間内で、トレイパック料理を「真心込めた手料理」だなんてぬかして客に出して稼いでいるらしい店があると聞いたから、夜中にこっそり行ってみたんだ。そしたら噂通りで、店の奥の金庫にしこたま貯め込んでいやがる。人を騙して稼いだ金なんだから、俺が貰ってやることに何の問題がある。誰から巻き上げたか判らなくなってんだろうから、俺が代わりに使ってやる。世間に還元してやる。文句あるまい。詐欺師の店主は、こんな当然の理屈を無視して、事もあろうに、俺の金を持ち帰ろうとする俺を邪魔しやがったもんだから、コイツを思いっきり、贅肉の詰まった太っ腹にぶち込んでやったよ。大鍋を火にかけて何か煮込んでいる最中だったらしく、間抜けにもオタマを振り回して抵抗しようとしたから、何回だったっけ、そうだ、ともかく静かになるまでぶち込んでやったんだ。いつもなら4、5発あれば十分だけど、贅肉に邪魔されたんで結構かかったっけか。まあ、普段よりは息の根を止めるのに手子摺った訳だけど、金は当然全部持ち帰った。ただ、豪勢に使い切る前に此処に来ることになっちまったけど。


 「奴」が生身の人間では無いことを、「彼」は意識の外に完全に追いやってしまっていた。その代償は小さくなかった。ボディーブローが鮮やかにヒットしてしまった瞬間、会心の一撃に微塵も凹むことのない弾力性に欠ける冷え冷えとした肌は、加えられた衝撃の反動を、弾力性に富む温かい拳へ無慈悲に戻した。その結果「彼」の手は、人間なら誰でも思わず耳を塞いでしまう鈍く不快な音を響かせ、だらりと力なく垂れ下がることになった。

 想像したことの無かった余りにも激しい痛みに襲われた「彼」は、思わず視線を「奴」から自分の手に移し、耐えること無く疼き続ける箇所を摩ることに専念してしまった。ややあって、憤怒の激情に心が燃え上がっていくことを感じた「彼」は、せめて「奴」を睨み付けてやろうと、視線を戻した。

 しかしながら、生憎「奴」は「彼」の事などまるで歯牙にもかけずに背を向け、まだ人肌の温もりを残しつつも蛻けの殻となっていたベッドを、大変綺麗に整え終えた所だった。そのまま「奴」は振り返ることなく、ワンルームの入り口へと姿を移していった。

 ちっ。一向に治まる気配を見せない酷痛に苛まれつつ、「彼」は、悔し紛れであったとはいえ、最早使うべきでは無くなっていた言葉を迂闊にも口にしてしまったようだ。

 「さっさと飯をよこせよ、この薄鈍やろうが!」

 朝食用の加熱済みトレイを手にした「奴」は、「彼」のその声を正確に感知することが可能な位置まで戻り終えていた。そのまま昨日までと何一つ変わらぬ素振りで歩み寄ると、しかし、毛ほども躊躇すること無く、「奴」は、先程の「彼」の会心の一撃と全く同じ力で手にしていたものを「彼」の顔面に叩きつけた。手心といった情動は発動されず、代わりに、その顔面に、再びの勝ち誇った表情を発現させていた。

 「奴」が嘲笑いながら見据えている「彼」は、真正面から叩きつけられた朝食のトレイによって脳震盪を起こしたらしく、先程は転がり落とされた床へ、今度は自ら崩れ落ちていった。



「まあ、予想通りというところか」

 顛末の一部始終をモニター室から遠隔監視していた看守は、ワンルーム型の独房に設置されている多機能センサーを手元のパネルで操作し、房内の受刑者の鼓動が今の所は途切れていないことを確認した。その後、”3号房”と刻まれたプレートを冠したディスプレーから暫時目を離した。

 此処は終身刑を科せられた重罪犯専用の監獄である。

 主に殺人を犯した受刑者達は、一人残らず全て、独房に収監されている。

 独房には一台ずつ、受刑者の身の回りの世話一切合切を担う人型多機能ロボットを付けてある。

 そのロボットだが、受刑者が収監されてから7日間だけは、一般的な制御プログラム通りに、つまり、人に対してとことん従順に振る舞う。ただしその間、途切れること無く受刑者の行動をモニターし続け、専用プログラムを作動させて、慎重に、誤ること無く、其の全てを分析していく。しかも、把握できた行動パターンの中から社会通念上許されざる態度だけを選び出し、データベースに記録していく。

 然ういう学習機能は、7日後に、受刑者の問題行動を完璧に真似出来るロボットという果実をもたらす。受刑者が自らやらない行動、例えば、朝他人をどうやって起こすかという事ですら、ロボットを起こさせる様に仕向けてデータを取得しているから、見落としがあるなんて事は有り得ない。

 こんな事情を知る由も無い受刑者は、前日までと寸分違わぬ一日を再び過ごせるつもりで8日目の朝に臨むことになる。

 しかし、8日目の午前6時、その時刻を迎えると。看守は指示書に従ってコントロールパネルを操作し、行動パターン学習結果に従って応対する様にロボットの制御プログラムを書き換えてしまう。

 こうして、受刑者の振る舞いに受刑者と同じやり方で相対するという、ある種の凄惨な光景が、此処の独房内に展開し始める。


 例えばもし、改心の情を持つ受刑者なら、その行動から粗暴さが抜け落ちている事が常だ。そうであれば、プログラムを書き換えられた後もロボットはただ静かに受刑者と対峙する。言い換えると、犯した罪の重さを真正面から受け止め、悔恨の情に駈られながらその一生を独房で過ごすであろう受刑者には、最初の7日間と変わらず、従順に寄り添い続けるロボットが与えられることになる。

 が、もし、己が振る舞いを顧みようとしない者であるなら。その連中が、3号房の「彼」と同じく、犯罪時と変わらぬ振る舞いを続けることくらい、直ぐに察しが付くだろう。だから、8日目以降は、自身の行動の代償をロボットによって払わされるという光景が繰り広げられる。

 何しろロボットは、受刑者の放つ言動に対し、受刑者自身が採るであろう応対を正確に模倣し、そこに手心を加えることも無い。独房という閉じた空間の中でロボットの鉄槌が際限なく下されていくだけだ。

 そんな訳で、この種の手合いは、自らの生命をロボットにより絶たれる形になることが殆どになる。五体満足で居る内に行いの愚かさに気付くという例外を除けば、だ。

 こういう、当人自身が寿命を大幅に削る結果を迎えたとしても、一方の主役であるロボットは、間違いなく人間では無い。ただの道具に過ぎない。壁を手で叩いたり、頭を壁に打ち付けているのと同じ事だから、受刑者は道具を使って「自傷」を重ね、その結果死亡した、そういう扱いにしかならない。


 つい今し方まで3号房を監視していた看守は、この、ロボットを使った監獄システムが導入された時の事を覚えていた。

 死刑を撤廃し、終身刑によって罪を償わそうとする方法が採用されようとした時、犯罪被害者の側からは、執拗なまでに、犯罪者に甘すぎるとの異論が呈された。そこで、関係者による昼夜を分かたぬ鳩首協議に因って、被害者側の晴らせぬ思いの深さを考慮した環境で終身刑受刑者を処遇する方法が編み出された

 それが、あの房の中で繰り広げられていた、受刑者の行動パターンを学習させたロボットを受刑者に対峙させるという方法だった。

 受刑者から殴られれば、その際にセンサーで計測したのと全く同じ衝撃を、受刑者の流儀に適うやり方で受刑者に戻す。当然、手加減無しで、寸分違わず戻してあげる。悔悟の涙を流そうとしない者に厚情を与えることは無意味で、酷薄さで応じるのが筋だと言っている様なものかもしれない。けれども、それで良いと認められて導入されたシステムである以上、どうこう言うものではない。無論、世間には、特に厳しい刑罰を科すべき受刑者なのだから面会は一切認めない、それに終生一般社会に戻ることは無い受刑者なのだから収監後の生死については逐一広報しない、と説明してある。然うすることで、此処の実態は世に知られずに済んでいる。

 こんなシステムが実現できたのは、受刑者の行動を再現できるだけの高い性能を持つロボットがあったからこそ、である。搭載されている監視対象の行動パターン分析・学習機能は、他に比べるものが無いと言って良い程の出来だ。その上、受刑者の深層心理を引き出し易いという効果があるので、顔に表情を設えることさえ出来る。ここまで来ると、生身の人間にはとても実行できそうにない作業の代行者として、文句の付けようが無い。その上、データベースを初期化すれば別の受刑者にも使うことが出来る。使い勝手はすこぶる良い。最早、人間の代理を完全に務め切れると言っても良いだろう。昔の人の無邪気な想像が現実になっている訳だ。

 翻って考えてみると、死刑時代の執行官は結構大変だったらしい。その頃は、絞首刑により死刑を執行していたそうだが、複数の執行官が合図と同時に、各自に渡された制御システムの実行スイッチを押すやり方を採って、少しでも執行官が感じてしまう精神的重圧を和らげようとしていたそうだ。尤も実際には、制御システムの方で時間が来れば自動的にスイッチを押すようプログラムされていたとも聞く。多分、そうなんだろう。普通の人間なら、理由が何であれ、目の前の人の命を奪うことに躊躇して当たり前だ。機械が代わりにやってくれるなら、頼ってしまって当たり前だ。

 現に、看守である自分は、監視ディスプレーを介して、受刑者が「自傷」によってその人生を終える瞬間を何度となく目にしているが、精神的重圧は最小限に抑えられていると思う。

「ロボット様々・・・か」

 だが。

 時として、看守は思うことがある。看守という役割には、以前然うであった様に、悔悟の念を思い起こさせる様に受刑者と相対していくことが求められるべきではないのか。

 勿論、まるで改心の情を示さない受刑者には手の施し様が無いのだから、人間が応対してやる意義は乏しいとの主張が暴論だと言い切ることは出来ない。それに、このシステムなら、改心した人間を人道的に扱うことも出来る。だから、犯罪被害者側の思いを考慮しつつ受刑者を処遇するとの、生身の人間には極めて難しい面を含んでいる役回りをロボットに任せてしまうことは、現実的な解の一つだと思っている。

 ただ、ロボットという便利な道具に頼りすぎると、何かを忘れてしまうのではないか。このシステムは、もしかしたら、自暴自棄になって罪を犯してしまった、僅かであるとしても、人間的な感情を取り戻す可能性の欠片を残している受刑者から、その機会を最期の一瞬に至るまで自動的に奪い取ってしまってはいまいか。

 もう少し、人間か介在する部分を残すべきではないかとも思う。例えば、世間でもてはやされている調理用ロボットの様に、何を食べたいか、といった人間にとって本質的に重要な部分は機械に委ねない様にすべきかもしれない。もしかしたら、あの手の道具が流行っているのは、案外、人間が主役であるよう、機能を限定しているからなのではないか。

 人間が果たすべき役回りの全てをロボットに代行させることは、果たして、正しい選択であり続けるのだろうか。

 3号房の受刑者がまだ立ち上がる気配を見せないことを冷徹に監視しながら、そんなことを頭の中に浮かべていた。


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