第7話 初めてのクエストを編集
まだ時間があるので、もう少しコボルトを狩っていこうという話になり、俺たちはさらに森の奥へと進んだ。
「見つけた」
木々が密集し視界が悪くなってきた頃、50メートルほど先の開けた場所にコボルトの群れを発見した。
数は10匹ほど。
こちらにはまだ気づいておらず、今度はダンが素早く指示を出す。
「奇襲でいく。ネオンを入れた4人で近づいて初撃で4匹落とす。そのあと俺とカインで2匹ずつ受け持つ。残りはアゾートたちで頼む」
「了解」
木々に身を隠しながら静かに接近する。合図と同時に飛び出し、一気に4匹を仕留めた。
奇襲は成功だ。
残ったコボルトたちが甲高い声を上げて飛びかかってくる。コボルトは小型でパワーこそ低いが、とにかく速い。
爪と牙を武器に、地面を蹴って何度も飛び込んでくる。俺は木々を盾にしながら、その動きをじっくり観察した。
――速い。でも見えないほどじゃない。
今の俺にとっては、ちょうどいい訓練相手だ。
あえてすぐには仕留めず、攻撃をぎりぎりで回避し続ける。
一歩横へ。
しゃがむ。
木を挟んで位置をずらす。
紙一重でかわし続けていると、やがてコボルトの呼吸が乱れ始めた。
動きが鈍る。
「そこだ!」
一閃。
ようやく仕留めた。
周囲を見ると、みんなもほぼ戦闘を終えていた。
「お疲れさま。そろそろ帰りましょうか」
サーシャの声で撤収が決まる。
その後も森を抜けるまでに何度かコボルトの小群れを見つけ、そのたびに狩りながら街道まで戻ってきた。
気づけば空は夕暮れ色だ。
さすがに全員疲れたらしく、帰り道は自然と無口になる。
俺とネオンが少し遅れて歩いていると、サーシャが歩調を合わせるように隣へ来た。
「ねえ、アゾートってセレーネの婚約者なのよね?」
小声だった。
「そうです。セレーネから聞いてたんですね」
「婚約者が一族内にいるって話は聞いてたけど、名前までは知らなかったの。でも今日見てて、たぶんアゾートかなって」
サーシャは少しだけ真剣な顔になる。
「でも、その話はあまり広めない方がいいかも。特にあの五人組には」
「やっぱりそうなんですか」
「普通なら他家の婚約者に手を出すなんてしないわ。でもセレーネは特別」
サーシャは肩をすくめた。
「学年でもトップクラスの魔力に、あの見た目でしょ? 多少無茶してでも欲しがる人はいるわ」
なるほど。
これで当主が、学園で婚約の件に触れすぎるなと言った理由が腑に落ちた。
「そういう面倒な人たちには、私も何度か注意してるのよ」
「サーシャ先輩って、けっこう顔が広いんですね」
「こう見えて二年上級クラスだし」
そう言って笑うサーシャの制服の裾から、ちらりと二本線が見えた。
「……え、上級クラス?」
「一応、子爵令嬢よ」
さらっととんでもないことを言われた。
思わず二度見する。
「それなら五人組がサーシャ先輩に近づかなかった理由も分かりますね」
「どうして?」
「サーシャ先輩もかなり美人ですけど、最初から勝ち目ないって分かってたんだと思います」
言った瞬間、しまったと思った。
つい自然に口から出てしまった。
俺は少し気まずくなったが、サーシャはくすりと笑っただけだった。
「うふふ。ありがと」
まるで弟でもあしらうような余裕の笑みだ。
……大人だな。
そう思った次の瞬間。
隣を歩いていたネオンが、無言で俺の足を思い切り踏み抜いた。
「痛てぇっ!?」
「何すんだよ、ネオン!」
するとネオンはそっぽを向いたまま、ぼそりと呟く。
「別に」
いや、絶対『別に』じゃないだろ。
◇
ギルドに帰還した俺達は、裏口のカウンターに討伐したコボルトの右耳を提出し、討伐報酬を受け取った。
全部で45体。報酬は4500ギル。
サーシャは「付き添いだから」と受け取りを辞退したため、俺達5人で分けることになった。
一人あたり900ギル――前世の感覚でいえば、だいたい9万円。
初日の稼ぎとしては上出来すぎる。
「結構稼いだな」
ダンが満足そうに笑い、マールも「こんなにもらえるんだ」と目を丸くしている。
初めてのクエストでこの成果なら、確かに浮かれるのも無理はない。
そんな中、少し遅れてセレーネがこちらにやってきた。
「おかえりなさい」
「セレーネ、先に戻ってたんだ」
「ええ。あの人たちのクエスト、薬草採集だったから」
さらりとした口調だったが、少しだけ呆れが混じっている。
「しかもFランクよ。街のすぐ外で、簡単に終わるクエストだったわ」
なるほど、と俺は納得する。
あの5人は上位貴族とはいえ、戦闘能力はそれほど高くない。
騎士としてではなく、将来の政略結婚を見据えて学園に来ているタイプだ。
だからこそ、安全な依頼しか選ばない。
「結局あいつら、セレーネを連れ回してピクニックしてただけじゃないか」
思わずため息が漏れる。
セレーネは苦笑いを浮かべたが、否定はしなかった。
――やっぱり、そういうことか。
胸の奥に、さっきサーシャから聞いた話が引っかかる。婚約者として守るべき存在が、こうして狙われている現実。
それを改めて突きつけられた気がした。
ギルドでの手続きを終え、俺達はそろって学生寮へ戻ることにした。夕方の街はまだ活気が残っているが、一日の疲れがじわじわと足に来ている。
その帰り道。
セレーネが俺とネオンにだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「ねえ二人とも。今日、私の部屋で一緒に夕食どう? 入学祝いってことで」
「「了解」」
即答だった。ネオンも特に異論はないらしい。
「といっても、料理は用意してないから何か買って帰ることになるけどね」
「だと思ったよ」
思わず笑いがこぼれる。こういうところは昔から変わらない。
結局、俺とネオン、セレーネの三人で食事を買って帰ることになり、ダンたちとはここで別れた。幼い頃から当たり前だったこの距離感。だけど今は、少しだけ意味が違う気がした。
俺とネオンは一度自分の部屋に戻って風呂で汗を流し、再び制服に着替えた。部屋には洗浄の魔術具があり、魔獣討伐で汚れた制服もすぐにきれいになる。
簡単に身支度を整え、先ほど買った食料を持って女子寮へ向かう。受付で訪問許可を得て、セレーネの部屋へ入った。
女子寮も基本的な造りは男子寮と同じだが、違うのは一人部屋という点だ。
セレーネは一人でこの部屋を使っている。俺たちはテーブルに食料を広げ、そのまま夕食を始めた。
「あらためて、ボロンブラーク騎士学園への入学おめでとう」
すでに部屋着に着替えているセレーネは、風呂上がりなのか長い髪からほんのりと湯気をまとっていた。
その柔らかな空気に、思わず気が緩む。
――懐かしい。
セレーネが学園に入る前はこうして三人で過ごすのが当たり前だった。本当の姉弟みたいに。
「ねえネオン、あなた本当に男子寮で暮らすつもり? 本当に大丈夫なの?」
「今さらよ。ずっと男として過ごしてきたんだし、このくらい平気」
「表向きには、でしょ。実家では普通に女の子してたくせに、アゾートと同室なんておかしいわ」
「私は気にしないし、アゾートも私を女だと思ってないから」
「そんなことないでしょ。ねえ、アゾート?」
急に話を振られて言葉に詰まる。
確かにネオンを女として意識することはほとんどない。
……だが昨夜、部屋着姿を見て目のやり場に困ったのも事実だ。
とはいえ、それを口にする気にはなれない。
「所詮ネオンだし、全然気にならないよ」
そう答えた瞬間、ネオンがギロリとこちらを睨んだ。
――さっき自分で言ってただろ。
「本当に? それはそれとして、学園で男のふりをするのも大変じゃない?」
「うーん……まあ大丈夫かな。あんまり喋らないようにしてるし、無口なイケメンで通してる」
「それ絶対違うだろ」
思わずツッコむ。
「俺はいつバレるかヒヤヒヤしてるんだ。正直やめてほしい」
「ほら、アゾートもそう言ってるじゃない。身体だって成長してるんだし」
「大丈夫だってセレン姉様。下着で押さえれば――」
「やめなさい!」
即座にセレーネの叱責が飛んだ。
ネオンが口をつぐみ、わずかに肩をすくめる。
「……本当に、いつまで続けさせるつもりなのかしら」
小さく漏れたセレーネの独り言。さっきまでの軽い空気が、少しだけ変わる。
「お父様から聞いたけど、例の準備が整うみたい」
その一言で、場の空気に緊張が走る。
「早ければ今年中に決着つけるって。ネオンの男装も……たぶんそれまでね」
――やっぱり、そうか。
内戦。
それに備えて進められている準備。
「二人とも、ウチの騎士団のことは学園では絶対に口にしないで」
セレーネの声は静かだったが、有無を言わせない強さがあった。
俺の頭に、ハーディンとニックの顔がよぎる。もし本当にまた戦いが始まるなら――あいつらとも剣を交えることになるのか。
さっきまでの穏やかな食卓が、急に遠く感じる。楽しげに話す姉妹の声を聞きながら、俺はただ黙って考えていた。
この平和な時間が、いつまで続くのかを。




