第6話 初めての冒険者ギルド
放課後、俺たち5人はダンジョン部の部室へ向かった。
カインも誘ってみたところ、「面白そうだ」とあっさり乗ってきて、そのまま入部することになったのだ。
部室に入ると、新入部員たちはすでに全員そろっていた。
俺たち以外は5人。全員男子。
(……まあ、ダンジョン部だしな)
横を見る。唯一の女子のマール。
……いや、ネオンも一応女だったか。
そのネオンは相変わらず無表情で、特に気にした様子もない。こういう環境に慣れすぎているのもどうなんだろう。
「それじゃあ、全員そろったわね。ギルド登録に行くわよ」
サーシャの号令で、俺たちは街へ向かって歩き出した。
引率はサーシャとセレーネの二人。
――だが。
セレーネはすでに、別の意味で囲まれていた。
「セレーネさん、その魔力ってやっぱり――」
「よければ今度、一緒に――」
新入部員の男子たちが、露骨に距離を詰めている。
見ていて分かる。あいつら、完全に目的が違った。
「あの5人、分かりやすいでしょ」
いつの間にか隣に来ていたサーシャが、小声で言った。
「セレーネ目当てで入ってきたの。上級クラスの子も混ざってるわよ」
「……やっぱりそうか」
「去年も同じ。脈がないと分かると、すぐ辞めていくのよね」
肩をすくめるサーシャ。
貴族社会らしいといえば、それまでだが――俺は、囲まれているセレーネを見て、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
(……別に、気にすることじゃないはずなんだが)
婚約のことは伏せている。口を出す立場でもない。
……それでも、面白くはない。
やがて街の中心部へと出る。石畳の通りには人があふれ、商人の呼び声と金属音が入り混じる。
その中心にあるのが――冒険者ギルドだ。
重厚な扉をくぐると、空気が一変した。酒と汗と、鉄の匂い。
広いホールの一角では、すでに冒険者たちが酒をあおり、笑い声をあげている。
(……騎士学園とはまるで別世界だな)
俺たちはその横を通り抜け、奥の受付カウンターへ向かった。
列に並び、順番を待つ。
やがて俺の番が来た。
「次の方。ああ、騎士学園の生徒さんね」
受付嬢が慣れた様子で微笑む。
「では、学園の測定結果をお願いします」
俺は今日の実技で配られた用紙を差し出した。
本来、冒険者は登録時に試験を受け、実力に応じたランクが決まる。
SからFまでの七段階。
受けられる依頼も、そのランクで制限される。だが――
「確認しました。騎士学園の生徒さんは試験免除でDランクスタートになります」
書類に目を通した受付嬢が、手際よく手続きを進める。
「貴族は魔法が使える生徒さんが多いですし、ギルドとしても大歓迎なんです」
そう言って差し出されたのは、小さな金属製のプレート。
Dランクのギルド証だ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
軽く頭を下げる受付嬢。
俺はその証を受け取り、掌の上で確かめた。
ひんやりとした重み。
それは――学生証ではなく『冒険者』としての第一歩を示す証だった。
(……いよいよ、か)
胸の奥が、静かに高鳴った。
「全員登録が終わったようね」
サーシャが新入部員全員を見渡し、軽く手を叩いた。
「来週は新入生歓迎ダンジョンの予定だけど――せっかくギルドに来たんだし、試しに簡単なクエストを受けてみましょうか」
クエストか。胸の奥がわずかに高鳴る。
実戦。初めての冒険者としての一歩だ。
俺たちはカウンター横の掲示板に向かい、依頼書を眺め始めた。
Dランクの依頼には魔物討伐も並んでいるが、多くは遠方で日数がかかるものばかりだ。放課後に日帰りでこなせるものは限られている。
だからこそ、迷う時間はほとんどなかった。
自然と、一枚の依頼書に視線が集まる。
「ボロンブラーク街道沿いの森にいるコボルトの討伐(ランクD)」
「これでいいかな?」
「「異議なし」」
ダンが即答し、マールもこくりと頷く。ネオンも特に反対はないようだ。
決まりだな。
依頼書をカウンターに持っていき、受付嬢から簡単な説明を受けていると――
「アゾート達はコボルト討伐にしたのね」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにセレーネが立っていた。
相変わらず目を引く美しさだ。周囲の視線が集まるのも無理はない。
「あなたたちなら問題ないと思うけど、初めてのクエストは先輩が随行する決まりなの。私がついて行ってあげるわ」
自然な口調だが、その視線はまっすぐ俺を見ていた。
――少し、嬉しい。
そう思った瞬間だった。
「セレーネさん」
横から割り込む声。
例の五人組だ。
「我々は薬草採取のクエストを受注しました。ぜひとも我らの随行をお願いしたい」
その中の一人が、芝居がかった仕草で手を差し出す。
「もし魔物が現れても、この私たちが必ずお守りいたします。どうかご安心を」
……いや、それ薬草採取だろ。
心の中でツッコミを入れるが、口には出さない。
「あの、ちょっと――私は……」
セレーネは困ったように言葉を選ぼうとしたが、
「さあ、こちらへ」
五人組は半ば強引に彼女を囲み、そのまま連れていってしまった。
あっという間の出来事に、取り残された俺たちは無言でその背中を見送った。
「……行っちゃったな」
ダンがぽつりと呟く。
マールは苦笑い、ネオンは無表情。
そして俺は――なんとも言えない、引っかかる感覚だけが残っていた。
あいつらに腹が立っているのか、それとも――
「もう、仕方ないわね、あの人たち」
空気を切り替えるように、サーシャが肩をすくめた。
「じゃあ、あなたたちには私が随行しますね」
にこりと笑う。
軽い調子だが、その目はしっかりと俺たちを見ていた。
「一応言っておくけど――コボルトでも油断すると普通にケガするからね?」
その一言で、空気が少しだけ引き締まる。
遊びじゃない。これは、実戦だ。
「……了解」
ダンがニヤリと笑う。
「いいじゃねえか。初クエスト、気合入れていこうぜ」
俺も頷いた。
――こうして、俺たちの最初の依頼が始まる。
◇
「このあたりが目的地よ」
ボロンブラーク城下町から東へ延びる街道を進むと、やがて視界の先に森が広がった。
この森に生息するコボルトを討伐する――それが今回のクエストだ。
コボルトは繁殖力が高く、群れで旅人を襲う厄介な魔獣だ。だからこそ数を減らし続ける必要があり、ギルドでは常に依頼が出ている定番クエストでもある。
サーシャが一歩前に出て、振り返った。
「それじゃあ森に入る前に、役割を確認するね」
手際よく編成が決まっていく。
カイン 前衛物理
ダン 前衛物理(水魔法)
アゾート 後衛魔法(火・土)
ネオン 後衛魔法(火・土)
マール 回復(光)
サーシャ 後衛魔法(水・風)
「うーん……前衛が二人で後衛が多いわね。バランスが少し悪いかな」
サーシャが顎に手を当てて考える。
「アゾートかネオン、どちらか前に出られる?」
「なら俺が行きます」
即答した。ネオンを後衛に残した方が火力は安定する。
「助かるわ。じゃあその編成で行きましょう」
役割が決まり、俺たちは森へと足を踏み入れた。
思っていたより視界は悪くない。木々の間隔は広く、ところどころに開けた場所もある。戦闘には向いている地形だ。
しばらく進むと――
「いたぞ」
ダンが低く呟いた。
前方、およそ百メートル。コボルトの群れがこちらを捉え、牙をむいて突進してくる。
「来るわよ」
サーシャが一歩下がる。
「私はサポートに徹するから、まずはあなたたちだけでやってみて」
――初陣だ。
俺はすぐに指示を飛ばす。
「了解。まず俺とネオンで先制。火で数を削る。そのあと前衛で一気に詰める。マールは回復準備」
簡潔に。だがこれで十分だ。
「え? でも詠唱してる間に――」
サーシャが言いかけたその瞬間、炎が走った。
――ドンッ!
ほぼ同時に放たれた二つの火球が、先頭のコボルトに直撃する。
「えっ!?」
サーシャの目が見開かれる。続けて――
「よし初弾命中! アゾート、もう一発いくぞ!」
ネオンの声がやけに楽しそうだ。
【焼き尽くせ】
再び、炎。今度は群れの中央を焼き払う。
四発の火球が炸裂し、二十匹ほどいたコボルトの大半が一瞬で炎に飲まれた。
森には学園のような防御シールドはない。つまり――魔法は本物の炎になる。
悲鳴とともにのたうち回るコボルト。
……そして。
「……おい」
カインがぽつりと言った。
俺たち前衛三人は、途中で足を止めていた。
走る必要がなくなったからだ。
「……全部倒すなよ! 俺たちの出番がないだろが!」
「悪い。ネオンが調子に乗った」
「アゾートが悪い」
即座に返してくるネオン。
「いやいや、悪いのは全部お前」
――と、軽口を叩いている場合じゃなかった。
「てか、これ……まずくないか?」
ダンの視線の先には、燃え広がる炎。
コボルトだけじゃなく、周囲の木々にも火が移り始めていた。
煙が立ち上る。嫌な予感しかしない。
「……やばいな」
ダンが慌てて詠唱を始めるが――その頭上を、大量の水が一気に駆け抜けた。
――ザァァァッ!!
広範囲に降り注ぐ水が、燃え広がりかけた炎を一気に叩き消す。
サーシャだ。
「あなたたちねえ……」
ため息交じりの声。
「初クエストで森を燃やすのはやめなさい!」
「……すみませんでした」
もう素直に謝るしかなかった。
そして土魔法を発動すると、土塊を生み出して燃え広がる炎にかぶせていく。
消火、消火、消火。
しばらくして炎は完全に鎮まったが、焦げた匂いが森に残る。
静寂。そして――
「……初戦なのに派手すぎ。まったくもう」
サーシャは苦笑するしかなかった。
なんとか火は消し止められたが、焦げた地面の上で、俺たちは焼けたコボルトから討伐証明となる右耳を回収していく。
初クエストにしては――いや、初クエストだからこそ、やらかしが大きすぎた。
「加減がわからず、すみませんでした」
俺とネオンが頭を下げるが、サーシャは怒るどころか目を輝かせていた。
「ところで、さっきの魔法どうやったの? ほぼ無詠唱だったわよね?」
……やっぱりそこか。
俺は苦笑しつつ、昨日ダンたちに話した内容をかいつまんで説明した。
詠唱の短縮。言葉の核心だけを抜き出して発動する方法。
サーシャは途中から完全に食い入るように聞いていた。
「ちょっと信じられないけど……これだけ詠唱を短縮できるなら、とんでもないアドバンテージね。私にもできるかしら?」
「ええ。発音が難しいですけど、練習すればたぶん。ただ――」
俺は少しだけ真面目な顔になる。
「発動が早い分、連射すると一気に魔力を使い切ります。さっきみたいに」
「ああ、なるほど……」
サーシャが納得したように頷いた。
実際、もうかなりキツい。
だが前世の経験で言うと、外国人の話す日本語はどうしてもイントネーションにズレが出る。
セレーネやネオンは幼い頃から慣れているから問題ないが、サーシャやダンが同じレベルまで再現できるかは未知数だ。
逆に、もしこの世界に完璧な発音の持ち主がいたら。
例えば、妙に滑舌のいい語り口の人間とか。そんなやつがこの仕組みに気づいたら、俺なんかよりよほど強力な魔法を使えるはずだ。
(……いや、考えるだけ無駄か)
そんなことを思いながら、俺は軽く息を吐いた。
正直、もう魔力は残っていない。
最初の連射とその後の消火活動で、ほぼ使い切った。
「今日は魔法は温存し、これで前に出る」
俺が剣を抜くと、
「最初からそれでよかったんじゃないか?」
カインが肩をすくめて笑った。
「次は俺たちにも活躍させてくれよ」
「了解。今度はちゃんと残しておくよ」
ダンがニヤリと笑い、マールも小さく頷く。
「じゃあ次、行こうか」
サーシャの一言で、俺たちは再び森の奥へと歩き出した。
さっきまでの騒ぎが嘘のように、森は静まり返っている。
――だが。
この静けさが、ずっと続くとは限らない。




