表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大人への道程  作者: 石原裕
第六章 天使の涙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/55

第2話 約束の場所に純一は現れなかった

 三か月後、純一は「天使」の部屋に移り住み、彼女の仕事の無い日には二人して彼方此方へ出かけた。彼女には「パラダイス」で稼ぐ金が有り、純一には夢が在った。

 だが、それから数カ月もすると、純一は平気では居られなくなった。男の誇りと言う奴に苛まれ始めた。

真実の男だったら、色々な勘定を女に払わせるだろうか?真実の男だったら、自分の恋人が夜毎半裸で飲んだくれ共の前に立つのを黙って観ているだろうか?

 或る日の昼前、「天使」が目を覚ますと純一がキッチンの窓から裏庭を眺め下ろしていた。その身体は笑いを堪え切れないかのように震えていた。彼女はにっこり微笑い、抜き足差し足で忍び寄って、後ろから彼に抱き着いた。だが、純一は泣いていたのだった。

純一は胸にたまって居た思いを一息に吐き出しだ。傷ついた男の誇り、ヒモのような後ろめたさ、自立への強い欲求・・・

「俺は東京へ行きたいんだ!」

純一は「天使」に打ち明けた。

「東京には芸能プロが山ほど在る。オーディションの機会も此処よりは遥かに多い。東京に行けば絶対に歌手として独り立ち出来るだろうし、一花咲かせる自信も在る。東京に向かう旅費と車を買う金が有りさえすれば、この夢は実現出来るんだよ」

更に彼は言った。

「その金は、錦江湾の近くに住む叔父から借りられるから、君も一緒に東京に行ってくれないか!」

 暫くして、「天使」は「パラダイス」に退職届を出した。

誰もが反対した。

「あいつと二人で行ったところで、この先、碌なことにはならねえよ」

「あいつが東京で眼なんか出る訳ないだろう」

「二、三年もすれば、別れて此方へ帰って来るのがオチだろうな」

「お前も此処に居てこそ、「天使」なんだ。東京へ行けば唯の石ころなんだぞ」

「天使」は必死に抗弁した。

「わたしは彼の夢を叶えさせてあげたいの」

「わたしは彼を支えたいの」

「わたしは彼を愛しているの」

「わたしは彼と生きたいの」

社長が今にも泣き出しそうな顔を人に見せたのは、それが初めてだった。「モナリザ」を盗まれたばかりの美術館の館長のような顔をして椅子から滑り落ちそうになった。

 土曜日の夜、最後のショーが終わった後で、常連の客が全員集まって、「天使」の為のお別れパーティーが催された。その筋の連中も出席して悲しみに顔を曇らせていた。彼等は「天使」に、東京で色々と顔の利く連中の電話番号を教えたばかりか、ネックレスやスーツケース、大きなケーキまでを贈った。

 ところが、山ほども在るプレゼントを抱えて、彼女は約束の場所へ行ったが、純一は現れなかった。純一はその時、鹿児島警察署の取調室に居たのである。二人の刑事が彼を殺人罪で起訴する為の調書をパソコンに書き込んでいた。その晩、純一は東京行きの旅費を稼ごうと、出刃包丁を持って深夜営業のスーパーに押し入った、が、格闘になった挙句に店員の一人を刺し殺してしまった。純一は刑務所に収監されることとなった。

 数日後、「パラダイス」の常連客の一人が「天使」に電話を架けて来た。その筋の連中の一人だった。

「純一は長期の刑を喰うことになるだろう。どうだ、パラダイスに戻って来ないか?」

「嫌よ。あそこに居たら彼のことを思い出すだけだわ」

すると、その客は彼女に告げた。

「そうか。じゃあ、元気で、な。お前の振り込み口座に東京へ行く旅費と当座の生活費分程度は預けてあるし、東京へ着いたら直ぐに仕事に着けるように手配も済ませてあるから、それらを使ってくんな」

「天使」は二日間泣き暮らしてから、東京へ旅立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ