フェティファルーナ王立学校
賢都特区に着いたティナは、寮へと向かった。入学に関する諸手続きは既に済んでいる。
この国でのティナの名前は、ティナ・デリア。フェティファルーナの属国である商業国家にある、小さな商家の三番目の娘、ということに書類上なっている。
森の中で助けてくれた男とはお互い名乗らなかった。あの後、賢都特区の入り口まで送ってもらい、そのまま別れた。急ぎ去っていくような背中に頭を何度も下げるだけで、ティナも引き留めるようなことはしなかった。
木造の寮に着くと部屋に通される。寮は原則二人部屋らしいが、同室の人間はまだ入寮してないようだ。
二つあるベッドのうちの一つに腰掛けると途方もないほどの睡魔が襲って来た。それに抗えず、ティナはそのまま深い眠りに落ちた。
眠りに落ちて思い浮かんだのは、森での出来事。怖かったが、きらりと星のように流れる剣筋が恐怖の記憶を上書きした。
(もっと、もっと、ちゃんとお礼を言えば良かった……)
*
夜明けと同時に目が覚めた。朝の配達の仕事をしなくてはならないと思って、それからもう母国にいないことに気が付く。
用意されていた制服に着替えて、寮を出る。王立学校は一定の基準を満たせば貴族でも平民でも入学が出来る。服装で貧富の差が出ないように制服が用意されている、ということらしい。実際、ティナにとっては服を考えずに済むから非常に有難い。
ペールブルーのプリーツワンピースはティナには少し大きい。そして背中側のプリーツが一箇所ゆるんでいる。新品ではなくて誰かのお下がりだ。きっと、ティナの前にこの国で仕事をしていた誰かの制服だ。
(……大丈夫、ちゃんとやれる)
昨日は街並みを見る余裕が一切なかったが、朝のフェティファルーナの街並みは柔らかな光に照らされて眩しい。母国では道らしい道はなく、人も家も、動物もごった煮のようになだれ込んでいた。
レンガ道の歩道の脇にはさらさらと小川が流れ、色とりどりの花が植わっている。しかし自然が豊かなだけでない。オレンジの灯りを灯した街灯は、全て魔導灯、つまり魔道具によるものだ。魔道具を街中にふんだんに配置できる技術力も、経済力も、全てフェティファルーナが大国と呼ばれる理由のひとつだ。
そして、街のところどころに教会がある。国の名前にも含まれるルーナ女神のお恵みによって、人間や魔法が生まれたとされるのがルーナ神話だ。祈るルーナ女神の銅像が花に囲まれるようにして飾られている。
「ティナ・デリアさん、こちらに」
王立学校は、専攻によってクラスが決められている。騎士科、商業化、農業科、聖職科、そして魔法科だ。ティナは1年次クラスの魔法科に配属された。
ティナのターゲットであるナミア・シャイディレアは、3年次の魔法科に属している。学年は異なっても魔法科内での交流は多いとのことだ。
(どうにかして、早く近づかないと)
ティナの仕事は、ナミア・シャイディレアに近づき、どんな手を使っても西方との戦についての情報を仕入れることだ。まず注力すべきは来月の1年生のお披露目会だ。上級生も含めて参加する会では、1年生のそれぞれが魔法の披露をして、それから立食パーティとなる。この日ばかりは制服ではなく各々で正装で参加をする。
表向きは懇親会だが、魔法力や、家柄をアピールする場所でもあるのだろう。
そして、もう一つ注力すべきなのは、学年横断での実践研修。王立学校であるフェティファルーナは、設備費の多くを王国側が税金から負担する代わりに、生徒は国や大陸に還元する任務を追うことがある。魔法科の場合は、魔獣の討伐や、魔宮の探索などが挙げられる。これらは、学年に関わらず魔法の相性でグループが決められることが多いとのこと。
(やらないといけないのは、まず魔法力を上げて、学校の任務を成功させて信頼を得て……)
ふと、視線を感じた。
廊下の奥から、じっとこちらを伺うな視線だ。諜報員としての基礎教育の過程で、そういった視線を探知できるようになっている。
はっと振り向くが、誰の姿もない。
(何……?)
首を傾げていると、背中側から大きな声がした。
「ねえ、あなた、1年生?」
ぶんぶん、と効果音が付きそうな程勢いよく、渡り廊下の向こうから走ってくる姿がある。首元のサテン地のリボンはスミレ色で、星のエンブレムが刻まれている。ティナと同じ魔法科の1年生だ。
「あたしも、1年生。ねえ、お貴族様?それともそうじゃない?あたしは、フィーネ。フィーネ・イレリア!商業特区出身なの」
まばたき一つの間にティナの元まで走り寄って来て驚いた。胡桃色の瞳はくりくりと輝いていて、光を吸い込むほどに明るい。小麦色の髪はおさげにまとまっており、跳ねるたびに一緒にくるくると揺れている。
「あのなあ、そうやって人に飛びつくな。この学校の人間がやばいやつに思われるだろう」
ペールブルーのブレザーを纏った男子生徒が後ろから続く。スミレ色のネクタイに星型のピンは、同じく魔法科の1年生の印だ。深緑の髪に手を当てて、ため息をつく。
「あんたも新入生だよな?俺は、カイリ。よろしく」
手を差し出されて、握手を求められていると気がついた。同年代の男性と話すことなど殆ど無いので、おずおずと手を差し出す。
「……私、ティナ・デリアです。魔法科の1年生です」
「だよねー!良かった。魔法科って人が少ないから、全然女の子に会えてなかったんだよねー。あともう2人しかいないらしいの」
学年の人数は、事前資料として教わっていたものと同じだ。確かに、フィーネという女子生徒と、カイリという男子生徒も書類上記載があった。
「ティナって呼んでいい?私もフィーネでいいよ。これも、カイリって呼んで」
「これって言うな。……いや、呼び方はそれでいいが」
すかさずカイリが返し、その二人のやりとりの眩しさにティナは目を細めた。
「はい。もちろん。……フィーネ、カイリ」
ティナは学生生活など送ったことは無い。同年代の女の子は周りに多くいたが、駆け引きなしで接することができたのはほんの数人だった。こうやって二人との話し方ひとつにも、怪しいところが無いか全く自信が無い。
「ティナは、留学生か?」
「え?」
どくんと胸が揺れた。けれど、顔色には出さないように息をそっと深く吐く。
「あーいや、目の色が珍しいなと」
「確かに、綺麗な桃色だよね。宝石みたい」
確かにティナの瞳の色は、母国では度々見られる色ではあるが、フェティファルーナや、この大陸では珍しいものだ。薄い鼠色の髪と地味な顔立ちに、珍しい瞳が乗っているので余計に目立って見えるのだ。
薬や道具で色を変えるという手段もあったが、宝石と同じように珍しい瞳の色を好む貴族は多い。道具として使えるかもしれないと言うことで、そのままフェティファルーナにやって来た。
「南のガラン国から来たの。商業国だから、こういう色の瞳もいるの」
二人はなるほど。と頷いた。ガラン国はフェティファルーナの属国で海に面した小国だ。フェティファルーナと公用語も同じ。人の動きも激しいから、書類上の偽りの名前を得ても辿り着きにくい、らしい。
話しながら、ああいやだな、と思った。こうやって嘘をどんどん自然に重ねるようになっていくのだ。でも、慣れなくちゃいけない。この国で早く仕事を終えて母国に戻るためだ。
けれど、胸は確実に痛んでいた。嘘つきになるには、ティナは真面目で、素直すぎた。
*
「……ええ。新入生のデータをこちらに。いえ、全件は不要です。魔法科のものがあれば十分。なるべく急いで手配をして貰いたい」
長い足を持て余すように組み、瞳を深く瞑った男が一人話している。
それから眉間に手を当てて深くため息をついた。
「この国で、これ以上好きにはさせませんよ」
ガラス越しの瞳は、紅く光っていた。
ティナ・デリア(15)
フェティファルーナ王立学校魔法科1年生。桃色の瞳に、薄灰色の髪色。
貧しい母国で孤児として生まれ、幼い頃ら諜報員としての基礎教育を受ける。使用魔法は「負の感情を和らげる魔法」。
性格は真面目で飲み込みは比較的早いが、不幸体質。好きな食べ物は、数年前に初めて食べたイチゴ。
フィーネ・イレリア(16)
フェティファルーナ王立学校魔法科1年生。胡桃色の瞳に、小麦色の髪。
フェティファルーナの商業特区出身の平民。土系統魔法を得意として、ゴーレムを操ることが出来る。
溢れる体力と笑顔が特徴。
カイリ・キャスクフィドル(16)
フェティファルーナ王立学校魔法科1年生。深緑の瞳に、同じ色の髪。
フェティファルーナの子爵家出身。防御魔法を得意としている。
フィーネとは乳母姉弟。真面目な性格だが、シニカルな面がある。フィーネのことは手のかかる地域猫のように思っている。




