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魔法に沈むこの夜に  作者: みつめみみ


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ファティファルーナへ

 ティナのファティファフルーナ出立は翌日に決まっていた。24時間以内にファティファフルーナでの常識や、向こうでの取るべき行動、ティナの偽装された身分についての情報を叩き込まれる。


 今まで他国に派遣された子の中には、夜おやすみと言い合ったのに、太陽が昇る前にいなくなっていた子達が何人もいた。そう考えると、1日という余裕があるのは随分とましなほうだと思う。

 妹たちに、さよならを言えるだけ、ましだと思う。


「ティナねえちゃん、行っちゃうの?」


 特に懐いてくれていたララが大きな瞳いっぱいに涙を光らせる。ララはまだ8歳だが、置かれている状況についてなんとなくは理解している。だから、わがままも言わないし、泣き喚いたりもしない。帰らない人間を何人も見送ったことがあるからだ。


「ティナねえちゃんは……」


 言いかけて、口を閉ざした。何かを我慢している。ティナはララを抱き寄せてそっと頭を撫でた。


「ララ」

「わがまま、言ってもいい……?」

「もちろん」

「ティナねえちゃんは、帰って来て……お願い……だから」


 一言一言を噛み締めるように言うララの言葉に、ぐっと胸が熱くなった。きっと他国に生まれて来たら、この年齢はまだ親に甘えてもいい時期だ。寂しさに慣れて良い年齢じゃない。


「……帰って、来るよ」


 期待させて、裏切ることは絶対にしたくない。だから、この言葉は嘘じゃない。嘘に、したくない。

 ティナも約16年間この街で過ごして来た。この街が嘘でできていることを知っている。だから、「諜報活動を終えて戻って来たものには、自由が約束されている」という言葉を丸ごと信じているわけじゃない。でも、目の前の妹を泣かせないように、その言葉を建前にすることはできる。


「私のお勤めは、2年だから。2年だったら、待てるかな?」

「…うん、待てる。待てるよ」


 8歳のララにとって2年なんて途方も無い時間だ。それを待つとしっかりと頷いた。柔らかで温かい身体をぎゅっと抱きしめた。

 最後に、自分の洋服の中でも幾分綺麗な花のワンピースと、なけなしの硬貨を数枚握らせて、ララと別れた。


「おい、行くぞ」


 上機嫌のアルフは酒臭い。ティナは、自分がいる組織に誰がどのように金を払っているのかを知らないが、他国に派遣されるたびに一定の金額が渡されていることを知っている。今回はきっと、さらに金払いが良かったのだろう。


「うまくやれよー?」


 にやにやと、アルフが笑う。


「お前がヘマしたら、ララも一緒に責任取ってもらうからな。下手なこと考えんじゃないぞ?」


 他国に派遣される女の子たちには、二つの枷がある。一つは、家族。友達。恋人。どんな人間関係でも利用される。そして、身体に仕込まれている魔道具。ヘマをすれば、遠隔でも魔法を発動させて身体はぐちゃぐちゃになる威力があるそうだ。身体のどこにあるのかは本人も知らない。


「ほら、乗れ」


 ぼろぼろの馬車に詰め込まれる。荷物は麻のカバンに詰めた着替えが数日分と、王立学校の制服だけだ。ちょっとした岩場でも馬車全体が揺れて、とても休むことはできない。道順が分からないように窓をしっかりと閉められているので、辺りは真っ暗だ。

 16年間を過ごした母国から去るのはあっという間のことだった。

 真っ暗な箱の中で揺られているのは、まるで荷物みたいだ。


(ああ……それは、そうか。私たち商品、なんだから……)


「おい、起きろ」

 

 頬を叩かれて目を覚ました。1日ほどは時間感覚があったのだが、それ以上になると真っ暗闇の中で平衡感覚も失って、気を失ってしまった。

 馬車から下ろされると湿地帯のような場所だった。浅い池の周りを翡翠色の苔が覆っている。


「満月の晩にここからこいつを飛ばせ」


 アルフに渡されたのは、光の一筋も反射しない真っ黒な紙。ただの紙のように見えるがこれは魔道具だ。ここに情報を書き込んで母国に流すのがティナの仕事だ。


「お前は2年で売ってるが、お前をこの国に置いておくだけでも銭が掛かる。この紙1枚買う金で、ガキ3人は仕入れられるんだ。そんで、俺の金が無くなったら、食えなくなるのはガキからだ。分かってるよなあ?」

「……はい」

 

 飢えて、泣きじゃくる子ども達の鳴き声は耳の奥にいつでも聞こえるほど覚えている。

 素直に頷くティナに満足したのか、アルフは馬車へと乗り込んだ。


「俺もなあ、ぐちゃぐちゃになった死体の回収係なんて、毎度毎度嫌なモンなんだよ。しっかり働けよなあ」

「っ」

 ひらひらと手を振ってアルフは去った。もっと見張られるものかと思っていたが、魔道具による監視があるから充分ということなのだろう。

 アルフが指すファティファフルーナで死んだ人間が、今まで去っていった女の子達の誰なのかと想像しそうになり、吐き気が込み上げた。


(大丈夫、大丈夫)

 

 ぎゅっと手を握って青くなった手を温める。

 ティナの魔法は自分には作動しない。けれど、気が動転した時にはこうするのがおまじないみたいなものだ。


 太陽の位置から見てまだ早朝のようだ。冬は終わったとは言え、春先に羽織ものが無いのは冷える。とは言え、母国も今も、外套なんて立派なものをティナは持っていない。ぶるりと身震いして、北の方角に歩き始めた。


(……大丈夫、やれる)


 帰ると約束した以上、可愛い妹達達に嘘は吐きたく無い。それに、妹達がティナにとっての「枷」であるということは、同時にティナが満足な働きをするまでは少なくとも生かし続けてくれるということでもある。

 わざわざ馬車を数日借りて大国に送り込むぐらいには大きなお金が動いているのだ。絶対にティナが裏切らないように、ララを始めとして何がなんでも人質にし続けるだろう。


「もって、1年、かな」


 ファティファフルーナに派遣されるのは、王立学校に在籍する2年間と聞いている。でも、母国の裏通りは入れ替えが激しい。ティナは会ったこともないが、アルフの上のそのまた上にいる人間は、1年とちょっとですぐに入れ替わる。次に新しい人間に入れ替わった時に、仕事ぶりが悪いと判断されたらその時点で、ティナも、ララも、みんなも命はないだろう。


 この1年で、ナミア・シャイディレアを籠絡し、西方の情報を得て、母国に戻る。


 ティナのファティファフルーナでの人生が始まった。


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