裏通りのティナ
「私がフェティファルーナ王国の王宮に、ですか」
ティナは、桃色の目に影を落としながら鸚鵡返しした。
「ああ。めでたいじゃないか、栄転だぞ?フェティファルーナで成果を上げればお前にとっても輝かしい功績となる」
ティナのような末端を管理するアルフは、赤に近い琥珀色の酒をぐるぐると指でかき混ぜながら、がははと豪快に笑った。
ティナはその言葉が嘘だと知っている。栄転だ、と言ってフェティファルーナに派遣された仲間で帰って来た子はいなかった。花みたいに笑っていた子も、雪みたいに美しい姿だったあの子もだ。
「派遣先は、フェティファルーナ王立学校だ。魔力のあるやつは優先して入学できる。お前みたいな、しょーもない能力でも需要があるってわけだ。滑り込ませるにも苦労したんだぞ?大国の王立学校だぞ?お坊ちゃんがごろごろいるようなガッコだぞ?」
アルフ自身はどこの出身か明かしていないが、独特なアクセントからこの大陸の出身でないことは明らかだ。この国には、そんな人間ばかりが流れ着く。家族や社会からも切り離された、どうしようもない場所だ。
「お前のターゲットは、こいつだ。ナミア・シャイディレア。シャイディレア伯爵家の坊ちゃん。父親は会計局局長サマ。母親は王宮の出身。まー、所謂ぼんぼんってやつだ。こいつから、抜ける情報は抜けるだけ抜いてこい。特に、フェティファルーナが西方との戦争を計画してるか、だな。この情報は高く売れる」
「……はい」
「おいおい。そんな冴えないカオすんなよ?お前がうまく仕事をやれば、うちへの報酬も増えるんだ。そしたらまだ稼げないお前の妹分たちもおまんまが増えるってもんだ」
ティアが育った国は貧しい国だ。女性の半数は身体を売って日銭を稼いで、半数は一定年齢になるまで育成されて貴族に買われる。買われる目的は、情報収集。つまりスパイだ。情報収集の手段は、ほとんどが色欲を利用するというもの。つまり、どちらにしても女を売るのだが、まだ希望があるのが後者、ということになっている。
ティナは一応は希少な魔法使いということで、これまで女を売る仕事をせずに間も無く16歳になる。妹分には、10歳も迎えていない子達が多い。彼女たちが何も知ることがないように、ティナは一生懸命働いていた。
しかし、貴族に売るための教育を受けさせるにもお金が必要だ。組織のお財布状況が悪くなれば、手っ取り早く金を稼ぐ方針に転換することだってある。子どもが安く買われれば、最終的に待っているのは悲劇しかない。
「ティナー。お前はツラがちょっとは良くて、能力が使えるから、ここまで育てたんだぞ?」
ティナが暗い顔をしているのに気が付いて、嘲笑うようにアルフが言った。
「……はい」
「ふん、じゃあうちでの最後のお勤めだ。向こうの通りの”ビョウイン”行ってこい」
ティナが用いる魔法は、ただ一つ。負の感情を和らげる魔法。それも、対象は魔法使い限定だ。
魔法使いが希少な世界で、魔法が使える相手が魔法使いに限られていること。それから、魔力の回復でもなくただ感情を和らげるだけ。汎用性もなく、華やかでもない。
裏通りで活躍できるのは、闇病院に駆け込むしかない人間が、”トラウマ”を超えて再度金稼ぎができるようにするのみだ。それでも、2週に1人ぐらいの頻度でしか存在しない。
ティナが向かった裏通りの病院では、ぼろぼろのベッドに黒髪の男が横たわっていた。全身が爛れており、息をするのも辛いようで、息を吐くたびに震えのようなものが全身の筋肉を走っている。
「火魔法に失敗したんだって、さ」
手元のカルテをつんつんと抑えながら、闇医者が言う。
ティナは、震えるような男の手を握って、祈る。それがティナの魔法の発動条件だ。
(お願い、治って……)
苦しみはひとそれぞれ。体の痛みが治っても、治らなくても、それで全てがハッピーエンドではない。特にこの国の裏通りにいる魔法使いなんて、なおさらだ。
でも、せめてティナの魔法で一筋でもしあわせの一筋が見えてくれたら。
手のひらから、どろりとしたものが流れ込んでくる。血管が詰まるように、濃く、深いカタマリ。ティナの視界が黒く点滅して、息が遠くなる。
「……っ」
怖い、痛い、と目の前の男が手のひらを通して言っている。見ればまだ、幼い顔をしている、ティナよりも幼いのかもしれない。これが初めての仕事だったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫だから」
神様なんていないって知っているけれど、祈るような形でぎゅっと手のひらを握る。溢れるようだった呼吸がだんたんと落ち着いて来て、男はゆっくりと目を閉じた。
「さすがだね。あんた、本当にフェティファルーナに売られるの?うちにいなよ」
闇医者が歌うように言うが、ティナは痛む頭を抑えるようにして沈んだ。魔力を使うたびにこうだ。人の負の感情を吸うたびに、自分が沈んでいく。




