謎の影
怒鳴るカリア殿に促される形で、僕たち合流組は持ち場を割り振られることになった。
僕の立ち位置は門と中庭を巡回するルートに配属された。元々そこに配属されていた騎士たちと、異常がないかを照らし合わせる形でその場を見張ることが、今の僕の任務。ルームメイトということもあって、ノルドも同じ巡回ルートだ。
夜警任務中は、住民たちとの交流もひとつの仕事ではあったが、ここではそれすらない。ほとんどが何もない時間として終わるのだろうと、この時の僕は軽い気持ちで考えていた。
だが、違和感に気付いたのは、任務にあたってから、そう経っていない時だった。
5度目の周回。中庭から門へと巡回でやってきた僕は、これまで通り門の見張兵と異常がないことを照らし合わせて、再び中庭に戻ろうとしていた。
近くの繁華街で、夜職の客引きと、それを受ける通行人の話し声が少し遠くから聞こえる以外は、至って静かな夜。
だが、屋根の上から、何か聞こえた気がした。
風の音?
はっきり言って判断がつかない。後ろにいる門の見張りをチラリと見るも、二人は特に反応はなかった。やっぱり気のせいだったのか?
僕はどうしようもない疑問を覚えながら、再び中庭へと歩を進め始めた。
道中、中庭から門へと巡回を行なっていたノルドと合流した。
「よう、ロック。異常は?」
「特に。そっちは?」
「同じくだよ。ったく、ホントに“怪盗”なんて出るのかね?」
「バカ、ここは貴族邸だ。そういう私語はやめとけ」
手を頭の後ろに回してプラプラする彼に、僕は苦言を呈する。
確かにかの怪盗は、これまで王都で犯行に及んだ記録はない。今回、王の元に届いたっていう予告状だって、全文を聞いていないから、存在すら半信半疑だ。
だけど、貴族の方から護衛するように王へと依頼した上で、王自ら怪盗の捕縛令を出されては、「王直属騎士団」としては動かない訳には行かない。
カリア殿はまだ領地を持っていないし、自分専属の騎士団をまだ持ち合わせていないから、今回こういうことになっているのだろうが。
最も、これまで数多の貴族が怪盗に狙われ、誰一人としてその犯行から免れることができていない結果を見ると、“あのカリア殿”が、わざわざ大金を叩いて自分用の騎士団を結成させるのかは、疑問を浮かばざるを得ないが。
「そういえば、ノルド。念の為聞いておきたいんだけど、屋根の上とかに、何か違和感とか感じなかったか?」
「ん? 屋根の上? ……別になんともなかったと思うけど……何かあったのか?」
「いや……何か音が聞こえたような気がしたんだけど……姿とかは見てないし……」
「音……? どうせ鳥とかネズミとかの動物だろ? お前神経質になりすぎだって!」
そう笑いながら、彼は僕の肩をバシバシと叩いてくる。やめろ、こんな廊下で鎧に籠手なんて叩きつけたら音が響くだろ!
仮に破損したらどう落とし前つけるんだお前……!
「ちょっ、笑うなよ……! あぁ……なんか馬鹿らしくなってきた……」
「そうだよ、もっと馬鹿に行こうぜ?」
お前はもう少し考えることを覚えろよ。
そんなやりとりを終え、僕たちは再び巡回に戻った。
再び中庭に戻って、僕は中庭に常駐している騎士に、異常がないことを照らし合わせる。
その時、違和感が、形を成し始めていた。
あの時聞いた音はやっぱり風か気のせいだったのかと考えながら、何気なく屋根を見上げた時だった。
影を見た。
ここに向かう途中で見かけた気がした、黒い影だ。
だが、瞬きをした瞬間、その影はもう消えていた。
報告するべきか。だけど、見失ったものをどうやって追えばいい。第一に、あれは本当に人影だったか?
今見たものをどう言語化すればいいのかわからず、僕はその場で固まってしまった。
「おい、そこの見習い。ボーッと突っ立って、何をしている」
「え……!? あ、いや……えっと……」
「何もないならさっさと巡回に戻れ。ったく、最近の若いのときたら……」
ため息をつかれ、僕は頭の中をますます白くさせる。
と、とりあえず、言われた通り、僕は巡回に戻ることにしよう。巡回しながら、さっき見たものを整理することにした。
まず前提として、あれは間違いなく影だった。だけど、本当に人影だったかと聞かれたら、即答できる自信は正直ない。
だから、これを素直に報告したとして、上はまともに取り合ってくれるだろうか。人影と断定もできずに兵力を動かすのは、それこそ怪盗に付け入る隙を与えるだけじゃないのか?
僕があの影を追うにしても、この巡回ルートをほっぽり出して屋根にのぼる訳にはいかない。独断専行は最も隊列を乱す行為だ。ジャレッドさんが常日頃、口をすっぱくして言ってきたことだろう。
ダメだ、どうしようもない。今の僕の立ち位置じゃ、自由に動くことは許されない。少なくとも、あの影の正体を、ハッキリ掴むまでは。
巡回している廊下、ひいては屋敷内は、変わらず静かだ。だけど、その静かさが、言語化に苦しむような“事後感”を漂わせて仕方がなかった。
この屋敷は守られている。その信頼が、足元から音を立てて崩れているような気がしてならなかった。




