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最初の命令

 夜が来るのは、いつもより早く感じた。祝賀の名残は消え、王都には仕事の空気が戻る。


 戴冠式自体はあっという間に終わり、僕たちは普段通りの訓練に戻った。いつものように、昼間は城壁内側の訓練施設で日が暮れるまで過ごし、月が顔を見せたら、僕たちは十一番隊の先輩方と共に、城下町の夜警任務に出かける。

 訓練で使うボロボロの鎧ではなく、この時ばかりは十一番隊で余っている綺麗な鎧を身に纏っている。いくら見習いとはいえ、人の目があるからね。

 骨董品の鎧とは違う、本物の重さに毎度辟易するも、弱音は絶対に吐かない。腰に装備された剣が、歩くたびに存在を示す。

 すると、ノルドの奴が任務中にもかかわらず、僕に顔を近づけてきた。何を聞かれたって僕は答えないぞ。任務中に私語なんてどやされるの確定だ


「ロック。昼間の王様の命令って……」


「おいそこの見習い。任務中は私語厳禁だ」


「……ッ! すんませんッス!」


 そら見たことか。

 でも、ノルドが聞いてきた「王様の命令」のことは、僕も気になってはいた。




 それは、戴冠式が終わって、一般の来賓の方はお帰りになった頃だった。騎士団だけは、王の間に残るように命令を出されていたのだ。

 空だった玉座に深く腰掛け、騎士団を見下ろすアルノード陛下は、ゆっくりとその口を開いた。


「騎士団諸君。忙しい中、再び集まってもらったのは他でもない。余の、最初の命を下すからである」


 その宣言に、僕は少なくない緊張が走ったのを鮮麗に覚えている。戴冠したその日に、王は一体何を命令するのか、固唾を呑んで待った。


「先ほど早馬にて、城下町南部の下級貴族当主、カリア・ハイド殿が、世間を騒がす怪盗の予告状を受け取ったと届いた」


 世間を賑わす怪盗。それを聞いたら、この王都、ひいてはこの国における該当者は一人しかいない。


 怪盗セレナーデ。


 正体は一切不明。予告状を送りつけ、貴族を狙う。


 襲われた貴族は数日間昏睡状態に陥る。

 命に別状はない。だが、目を覚ました後は、

 まるで別人のようになると聞く。


 その末路は、破滅だ。

 自ら破滅へ転がり落ちた者も、少なくない。


 ……それでも。

 その貴族がいなくなった領地では、

 不思議と民の暮らしが良くなったとも聞く。


 だから平民たちは、あの怪盗を義賊と呼ぶ。


 僕個人的な意見としては、人を破滅させておいて讃えられるなんておかしな話だと思うけど、救われた人がいることも事実。そこを無碍にはできないと、複雑な感情を抱いている。

 そして、そんな怪盗の予告状が、王都に住む貴族の元に届いたということに、騎士団内は少なくない動揺の声が上がっていた。


「先代はこの件について、少々甘く見ておられる部分があった。だが、かの怪盗は人を破滅へと導く悪である。アルノード・ゼル・リサイナールの名において命ずる。この者、怪盗セレナーデを捕縛せよ。なお、件の者を捕らえるまで、これを撤回しないものとする」




 ――そこまで思い出したところで、鎧が擦れる音がやけに大きく聞こえた。歩調を乱したわけでもない。ただ、夜の静けさが、昼よりも重く感じるだけだ。


 王が変わってから、夜の空気が変わった。


 確証はないけど、そんな気がする。

 いつもならまだ空いているはずの店が、戸締りを始めている。逆に夜から営業を始める店に灯がついているところがいつもより多い。そして、路地からこちらを覗く視線の数がいつもより多い。

 どれもこれも“気がする”程度だ。だけど、確実に今夜はいつもの夜とは違う。それは断言できた。


 瞬間、刻限を告げる鐘の音が、王都中に響き渡る。それを合図に、先頭を歩いていた十一番隊の方がこちらへ振り向いた。


「時間だ。予告通りなら、そろそろ怪盗セレナーデが動き出す頃だ。ハイド邸で護衛をしている奴らと合流するぞ」


 僕たちはそれに揃えて返事をしたその時、風が吹いた。何気ないそれに、僕は何の気もなしに空を見上げた。


 違和感を覚えた。


 視界の端、屋根の淵に、何か黒いものが動いたような気がした。鳥かなと思って目を凝らしても、それにあたるようなものは、どこにも見えなかった。


「おい見習い! 隊列を乱すな!」


「……ッ! す、すみません!!」


 まずい、いつの間にか隊列に置いて行かれていた。僕はその違和感を胸の奥底に仕舞い込んで、駆け足で隊列へと戻り、目的地であるハイド邸を目指した。




 護衛対象であるカリア・ハイドは、言うなれば小心者貴族だった。商人として優秀な成績を収めていた彼は、王より姓を与えられ、平民から貴族へと昇格したのだ。

 その本質は究極的な倹約家であり始末屋。無駄な支出を抑え、必要のないお金は全て自分の懐へと納め、商人ギルド、ひいては国に貢献していた。

 貴族になってから日が浅いということもあり、今は王都にて貴族としての格式を積んでいる段階。個人の領土は存在しない。


「……よりによって、あの人か」


「知ってるんですか?」


「噂だけな」


 先輩騎士がそう毒づく。

 その噂については、僕も知っている。


 曰く、ギルドにも国にも隠している、隠し金庫がある。

 曰く、性格は傲慢そのもので、使用人や騎士への当たりがひどい。

 曰く、奴隷を買って、人を人と思えない仕打ちを行なっている。


 どれも噂の範疇を出ないが、火のないところに煙は立たないというから、正直人間性の期待は……。


「おい、そこの騎士ども! ボーッと突っ立ってないで早くワシを守らんか!!」


 ……どうやら、噂がひとつ立証されたようだ。

 ヅカヅカと屋敷の奥へと引っ込んでいったカリア殿に気づかれない音量で、僕はため息をついた。


 ここから僕の、長い夜が――戻れない夜が、幕を開けようとしていた。

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