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報告

 扉を抜け、僕たちは王の間へと足を踏み入れた。

 僕もここへ入ったのは初めてだ。騎士団計十三隊が悠々と入れるくらいの広さはさることながら、廊下とは比べ物にならない豪華な装飾の数々に、目が移ろいそうになるのを必死に堪える。

 いや、それよりも目を引かれる所があった。


 それは、空の玉座だった。


 8人の大臣の中心には、本来この国の王、ゼルファイア陛下が座るはずの玉座。他国との面会でも、戦勝の報告でも、そこだけは決して空になることのない場所だ。

 だが、肝心の王はこの場のどこにもいなかった。ウォルター侍従長がこんな場所まで出てきたことと言い、なんだか胸騒ぎが治らなかった。


 その時、玉座に最も近い場所に立っていた男、ジェルマン政務大臣が一歩前へと身を乗り出した。

 眉をひそめ、口を固く結んでいる彼の表情から、多くは読み取れない。ただ一点、「やり切れない」という感情のみが、表情から伝わった。

 それをみた僕の心境や、まるで答え合わせでもしているかのように、胸騒ぎは時間を刻むごとに大きくなっていく。


「……騎士団諸君」


 ようやく開かれたその口から、重苦しく語り始めたジェルマン政務大臣。その声を聞くや否や、自然と肩に力が入って姿勢を正した。それはおそらく、僕一人ではないだろう。


「……このような時間に(みな)を召集したのは他でもない、重要な報告をするためだ」


 重要な報告。この国の実質的なNo.2の語るそれに、僕も周りも思わず息を呑み、身が固まり、彼の次の言葉を待った。永遠にも感じるような一瞬の間を置いて、ジェルマン政務大臣は口を開いた。


「本日未明、ゼルファイア陛下が……帰らぬ人となられた」


 動揺の声が、王の間に広まった。

 そんな中僕は、感情が死んだように固まっていた。


 陛下が……亡くなられた?

 彼の王は確かに御歳73歳の長寿であるが、陛下自身は直近では三日前にも、城下町へ降りて国民との対話を行っていたし、ご病気になられたなどという話も聞いたことがない。


 突然の訃報。

 受け入れられるものではなかった。怒りも、悲しみもない。

 ただただ空虚。僕の中には、何も残っていなかった。この国に仕える騎士であるはずなのに、仕えるべき“中心”が、突然抜け落ちてしまったような気がした。


「お鎮まりください」


 ジェルマン政務大臣の言葉が再び王の間に響くと、周囲の雑音は一斉に鳴りを潜めた。僕もハッとなって、前を見据える。

 そうだ、まだ詳細を何も聞いていない。そう思いながら、次の言葉を待った。


昨日(さくじつ)……陛下は、原因不明の病にかかられました。病原菌は、毒性の非常に強いものというのが、八番隊隊長クロッグ殿の見解です。幸いなことに、感染の可能性は低く、陛下の遺体の火葬に伴って、病原菌の死滅は可能とのことです」


 ジェルマン政務大臣の口から次々と並べられていく言葉の数々の意味を、僕はおそらく半分も理解することができていないだろう。ただ、なんとも言えない不自然さがあるのは、学の足りない僕でもなんとなくわかった。だって、あまりにも淡々としていて、まるで作文を読んでいるようだったから。

 これらの言葉は、「真実」を語っていないと、僕は直感的に感じた。


 それがどういう意図があってのものかはわからない。


 それに、僕の主観でしかないけど、大臣たちの悲しみには温度差があるような気がする。

 彼らの表情は一つとして揃っていない。悲しみに沈む者もいれば、まるで事務処理の続きを待っているような顔もある。

 それが正しいのかどうかは、僕にはわからない。上には上の世界があると、僕は思っているから。ただ――居心地は良くなかった。


 加えて、あまりに進行が早い気がした。

 陛下がこの世を去ったというのにも関わらず、もう火葬や次王の戴冠の話に移っていた。そりゃあ、陛下の死にいつまでも引き摺られちゃいけないっていうのは僕でもわかる。政治に空白を空けちゃいけないっていうことも。

 でも、あまりに淡白すぎないだろうか。ゼルファイア王は、このリサイナールの地を長きにわたって君臨してこられた、民からも愛された王だっていうのに、こんなに軽く流していいものなのか?


 わからない。

 僕がおかしいのだろうか。


 確かに、陛下と具体的に話したことなんて、一度もない。

 でも彼は、確かに民の……僕の憧れで、目標で、守るべき存在だったはず。


 王は、民との対話を欠かさず行い、民の声に耳を傾け、行動へ移してこられた。

 王は、戦場に出れば幾千もの騎士を束ね、鼓舞し、勝利へと導いてくれた。

 王は、強く、逞しく、そして誠実だった。


 そんな彼に関することの後始末が、こんな雑なものでいいのか?

 僕がこだわりすぎなだけなのだろうか……。


「夜明けから時計の針が3度回ったとき、彼のご子息であるアルノード・ゼル・リサイナール王子の、戴冠式を行う。騎士団諸君には、その様子をこの場で見届けてもらう」


 夜明けまで、もうまもなくだ。東の空は赤みを帯びており、太陽が顔を出そうとしている。

 しかし、僕の中の太陽は、永遠に上がってこないだろう。僕の心は、深い暗闇に包まれて、晴れる気配を見せなかった。

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