環状を抱く夜 —研ぐ夜 —
夜が深いほど、鉄の息は鋭く響いた。
コアラは環状を流していた。
組み上げたばかりの鉄馬。
まだ熱が通っていない心臓を、
ゆっくりと目覚めさせるように。
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アクセルを踏みたい衝動を、
右足の裏で押し潰す。
タコメーターの針は、
回転の向こうを睨んだまま、
ゆっくりと跳ねるだけ。
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路面の継ぎ目を拾う。
足回りの沈みを確かめる。
ステアリングが、
新しい牙の重さを指先に伝える。
昔のようにはいかない。
鉄馬はすでに、化物だった。
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低回転で走る環状。
退屈で、息が詰まる。
エンジンが、もっと踏めと言う。
胸の奥の棘が、もっと踏めと囁く。
けれど、踏まない。
今はまだ、牙を研ぐだけだ。
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ミラーに、若い光が滲んだ。
遠くから滑るように近づいてくる。
あの赤いテール。
白いR。
前にも見た。
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かつてのコアラなら、
息をするようにシフトを叩き込んだだろう。
何も考えず、針を跳ねさせ、
テールの向こうへ飛び込んだ。
激情のままに。
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だが今は違う。
ステアリングの先に映るのは、
過去じゃない。
牙を折らないための夜だ。
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若い牙は、横をかすめて過ぎ去った。
Rのドライバーが、こちらを一瞬だけ見た。
挑発か、それとも、
ただの獣の眼か。
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コアラは応えない。
踏まない。
ただ環状のざらつきを感じる。
馬の胸——
化物の心臓が、小さく息を吐く。
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慣らしは、夜の孤独だ。
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Rのテールが遠ざかる。
追わない。
牙を剥かない。
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それでも、
鉄馬の奥では音がする。
暗い闇の奥で、
剥き出しの刃が石をこする音。
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——まだだ。
胸の奥で、遠い声が笑った。
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牙を研ぐ夜は、
まだ終わらない。