速さは、海を渡る — 化物の咆哮 —
闇の環状を裂く二本の刃。
西洋の風が、古い風を置き去りにする。
父を越えた侍の瞳が、闇の奥に影を捉えた。
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夜に滲む、低く深い咆哮。
背骨を叩く音。
——ワンダー。
スクリーン越しに胸に刻んだあの音。
化物の牙が、夜を噛みちぎっている。
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古豪の光はもうミラーに映らない。
侍は奥歯を噛んだ。
——行く。
アクセルを踏み抜く。
隙を突き、化物を抜く。
だが、獣の瞳が背を狙う。
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北浜が迫る。
タイトコーナー。
ブレーキが火花を散らす。
インに刺す。
侍は先に潜り込む。
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路面のざらつきが腹を叩く。
鋭い刃。
影が遠のいた気がした。
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次の瞬間、背中が震えた。
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低い咆哮が真後ろで噛みつく。
——速い。
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北浜の闇を裂く刃の脇を、
白い牙が滑り抜ける。
ワンダーが、ぶち抜いた。
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鋼の心臓が肺を蹴る。
侍は笑う。
負け犬の笑いじゃない。
「まだだ。」
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クラッチを叩く。
ギアを叩き込む。
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化物の牙が夜に散る。
その先に車列。
小僧どもが道を塞ぐ。
化物のテールがわずかに揺れる。
——ここだ。
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ステアリングを切る。
列を裂く。
刀を突き立てる。
テールを滑らせ、隙間を縫う。
若い光を両断する。
ミラーの奥、化物の牙が遠ざかる。
斬った。
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環状の風が背を撫でる。
蒼い目は、まだ前だけを見ていた。
背後で亡霊の咆哮が吠える。
だがもう届かない。
父を越えた。
古豪を越えた。
憧れた化物を越えた。
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侍は夜を斬り裂いて、遠ざかる。
西洋の風が、環状を駆け抜けていった。