速さは、海を渡る — 刃の漂着 —
夜明けの雲を裂いて、青年は先に海を越えた。
小さなキャリーケースと、油の染みた工具箱だけが荷物だった。
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だが、彼の魂はまだ海の上だ。
コンテナに縛られ、鉄の腹で波を跨いでいる。
揺れる貨物船の軋む音を、青年は耳の奥で思い描いた。
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空港から港へ。
横浜の海風が、遠い島国の匂いを連れてくる。
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港湾倉庫の奥、船積みリストに刻まれた
見慣れた車体番号を見つけたとき、
心臓が一度、大きく鳴った。
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クレーンが唸る。
コンテナが地を叩く。
鉄の扉が開く音が、夜の入り口を叩いた。
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眠っていた刃が、
遠い海を渡り切って立っていた。
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潮気と埃を纏ったCR-X。
指先でなぞれば、父が残した血の匂いがまだ残っている。
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「ここが、お前の国だ。」
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ガレージではなく、港の片隅で工具を広げる。
緩んだボルトを締め直す。
液体パッキンを馴染ませる。
ブレーキを一度だけ踏み、
踏みしろに滲む異国の海を抜く。
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終わる頃、港の空はもう夜を孕んでいた。
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青年は小さく笑った。
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——刃を抜く刻が来た。
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遠い潮を纏ったまま、
蒼い目の侍は、国境を越えた。
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夜がまたひとつ、
侍を迎え入れる。