速さは、海を渡るー 蒼い目の侍 ー
青年がいた。
遠い海の向こう、
雨と風の街で育った。
---
幼い頃、父が操る車が好きだった。
錆びたガレージの奥、
油の匂いと煙草の煙。
隣に座り、夜の街を流す。
窓の外の光と、メーターの針が跳ねる音だけで
胸が踊った。
---
やがて父はハンドルを置き、
家族のために走るのをやめた。
だが少年は違った。
---
時が経ち、
父の形見のように古いCR-Xを手に入れた。
島国から来た、小さな獣。
錆びついた鉄を磨き、
部品を探し、夜を走る。
---
彼は調べた。
この小さな獣の血筋を。
走る理由を。
そうして辿り着いた。
---
日本には面白い車がいる。
峠を駆ける走り屋がいる。
首都高に潜む悪魔がいる。
そして——環状。
夜に群れをなす獣たちの話。
---
遠い国にいながら、
蒼い目は日本を学んだ。
道路の形、空気の匂い、
一度も踏んだことのないアスファルトの熱を
想像で何度も走った。
---
いつしか彼は思った。
この獣の血筋を、
自分の血で繋ぎたいと。
---
誰よりも速く。
誰にも追いつけない速さで。
---
そんなある夜だった。
スマホの画面に滲む
ひとつの走り。
亡霊のようなワンダーが、
環状の闇を食い破っていく。
---
「まるで獣だ——」
言葉が喉を突いた。
---
——これだ。
心臓が跳ねた。
まだ見ぬ国の、見たことのない夜。
画面越しに、鉄と血の匂いが届いた気がした。
---
青年の蒼い瞳に、
ひとつの光が宿る。
---
速さは国を越えた。
海を渡った。
次に牙を立てるのは——
この俺だ。
---
夜が、呼んでいた。