襲撃1
僕が転移したとき、魔力の本流とも言うべき圧倒的な光が見えた。
それは、光の柱となって消えていった。
急いで現地に向かうと———。
人がおらず閑散としていた。
その表現も適切ではない。
人が見えないのだ。
いつもこの時間であれば、商人たちのにぎやかな声が聞こえてくるはずである。
しかし、何も聞こえず人の姿も確認できない。
明らかに異常事態だ。
すぐに商業通りを過ぎ住宅エリアに走る。
が、ここにも人の姿を確認することはできない。
そう思ったときだ。
「お、おにいさん?」
呼び止められて後ろを振りむく。
ごみ収集箱の中から顔をのぞかせたのは5歳くらいの少年だった。
確かこの近所に住んでいる子供で、よくスミレちゃんと遊んでいた。
駆け寄ってみると、切り傷や擦り傷などの新しいかさぶたがある。
命に別状はないもののこの異常事態に巻き込まれたとみるべきだろう。
「何があった? この人の少なさは異常だ。町のみんなは?」
「わかんないよ。だって俺、お母さんに連れられて逃げてここまで来たんだ。でも途中でお母さんが捕まってそれで俺、………何もできずに隠れて………」
涙交じりに語ってくれたことは驚愕だった。
襲撃があったのであれば、防衛局に連絡が来るようにシステム化されていた。
市民権がなくても彼らの所属はこのコロニー3だ。
地上地区の守護は防衛局の義務だ。
しかし、この様子だと防衛局の派遣は来ていない。
どういうことだ?
「最初、お母さんが、通信回線がおかしいことに気が付いて周りの人たちもつながらなくて。そしたら遠くから悲鳴が聞こえて、それで確認した人たちからすぐに逃げるように言われたんだ。お父さんはアラームが鳴らないことに気が付いて回線復旧に行ったっきりで。戻んなくて………」
それが事実であれば、今回の襲撃は………。
「ほかに変わったことはなかった?」
「………最初抵抗しようとした人たちがいたんだけど、なすすべなく倒れていって。なんか魔法が使えなくなったらしくて」
魔法妨害………。
特定の金属片を散布することによって、数時間魔法を妨害することができる。
しかし、高価なため実践で使用することはかなり稀な事象だ。
だが、こと今回において最悪だ。あらかじめ対策をしておけば、妨害も防げるがその装備を個々の住民は所持していない。さらに言えば襲撃者は対策を行っているため魔法による襲撃で一方的に蹂躙できたはずだ。
「その襲撃からどのくらい時間が立っている?」
「え、えっと。ついさっきくらいかな。さっきの光の柱をみて変な人たちがいなくなったから」
———そこまで時間は経過していない。
そして警報は鳴っていない。
だったら、襲撃者たちはどこに?
「これからエリアを確認するから生き残っている人をいっしょに探してくれる? 手伝ってくれないかな?」
「え、怖いよ………」
「大丈夫、この空間に知らない反応があったらお兄さんが対応するから。それに………」
「それに?」
心の奥底から燃え上がる炎が感情を高ぶらせる。
『殺したいでしょ?』
また内側から声が聞こえてきた。
「———、なんでもない」
あくまで安心させるためいった言葉だったけど逆に少年の顔が歪んでしまった。
相変わらず、僕の人付き合いスキルはうまくないらしい。
———それに、あの親子のことが心配でじっとしていられないのだ。
空間認知を展開する。
目的の人たちを探す必要がある。
エリア展開したところ生存者がポツポツ存在していることが分かった。
その中で、目的の人物を発見した。
「アラネアさん!」
「だ、旦那様!」
声のした方向を見ると、ボロボロのアラネアさんがいた。
文字通り、ボロボロだった。
右腕は捻じれ、右脇腹は裂け、右脚に至ってはグシャグシャになっていた。
通常であれば、彼女は人間に遅れをとるとは考えにくい。
何より魔眼があるのだから。
でも———。
「申し訳ありません。奥方だけでなくご息女までも取られてしまい———」
つまり、一方的に嬲られたのだ。
「先ほど意識を取り戻したのですぐに、紅葉様に連絡を取ったのですが、時すでに遅く………」
アラネアが何を言っているのかわからないほど僕は動揺していた。
………頭が真っ白になってしまった。
いや、こんなときほど深呼吸だ。
焦っていても仕方がない。
一つ息を吐き、一つ息を吸う。
それだけで、さっきよりは考えがまとまる。
まずは、アラネアの応急処置だ。
彼女は、人間とは違う『ホワイトカラー』だ。
だからこそ、これほど損傷することは通常あり得ない。
自前の魔力が底を尽きるほどに尽力してくれたのだ。
とにかく、状況を知りたい。
アラネアの応急処置として、以前渡した魔力の塊を渡す。
魔力の塊に口をつけると、損傷個所が少しずつ治っていく。
ホワイトカラー特有の瞬間的な修復がない現象を見れば、この現場は一目瞭然だ。
魔法妨害によって、一時的に修復困難な体にさせられた、とみるべきだろう。
動けるようになったアラネアさんにお願いをするのは酷なことかもしれないが緊急事態だ。
「生存している人たちを広場の中央まで」
保護した彼らを一旦中央広場に集める。
その過程で各場所に設置されている警報装置はことごとく切断されていた。
また警備を行っていた者たちの無残な死体を発見した。
口元を抑えられてから首筋に一撃。
即死に近い状態だ。
なにより———。
「転移陣」
去っていった人がいた、と聞いた時には追い付けると思っていたが、これで移動したのか。道理で空間認知ですら敵反応がないわけだ。
しかも転移陣は各方面に点々と存在しており、どのゲートをくぐったのか判別できない。
解析ができれば、座標の特定ができるのだがそんな時間はない。
ヒット&アウェイ。
目的はわからないけれど、一撃の名のもとに効果があろうがなかろうがダメージを与える。
厄介な相手だ。
これだけ用意周到に練られた計画だ。
まだ何かあるに違いない。
すぐにここの人たちを避難させなければ。
中央広場に集まってもらった人たちの数はおよそ50人といったところだ。
知っている限り、この地区の1割程度の人数になる。
彼らの話を聞く限り、最初子供の人質を盾に住民を無力化させていき、抵抗する人たちを殺していたらしい。
居なくなった住民はどこかに連れ去られた………らしい。
そしてあの親子もいなくなっていた。
アラネア曰く、最初にスミレちゃんが捕まりカルミラが何もできず連れ去られた。
そこで、スミレちゃんだけでも逃がそうとした結果アラネアが嬲られた。
その過程でスミレちゃんは、自力で逃げ最後に光の柱に消えていったらしい。
最初に見た光の柱は、スミレちゃんのものか。
あの光の柱がたったときに、敵は一瞬で撤退を決意したのだろう。
防衛局に何もさせないように。
くすぶる黒い感情が湧き上がってくるのを深呼吸で飲み込む。
いまは冷静に対応するべきだ。
ここからはスピードが大切だ。
まず保護した住民を何とかしなければならない。
回線相手は紅葉さんに設定してコールする。
すると3コールで出てくれた。
『どうでしたか』
『緊急案件。確認できる生存者は一割程度』
『なんですって⁉』
声色からして、紅葉さんも予想外なのだろう。
『これから生存者をそっちに送るから、まずは、手当の用意をお願いします。みんな所々、負傷しているから。送った後、僕は防衛局中央司令部に報告に行くから』
『わかりました。住民の受け入れはこちらが担当します』
これで話は付けた。
市民権がない人間をコロニーに入れるのは問題だが、守ることができなかった我々の責任でもある。
これで剣崎家は納得するだろう。
自分の体内回路に魔力を流し込んでいく。
座標を設定して空間と空間を繋げる。
そして入口と出口を設定して開く。
すると目の前に先ほどまでとは違う景色が映し出された。
四乃宮邸である。
そこに保護した住民を通していく。
数人を移動した段階で屋敷の奥から紅葉さんが出てきて、テント機材や、応急手当用の衛生用品、炊き出し用の器具を持ってきた。
「アラネアさんもそのまま紅葉さんと合流して」
「しかし、旦那様———」
「状況がわからないとこれからの対処に困るから………ね?」
「わかりました。紅葉様に事情とこれからの対処を委ねます」
「よろしく」
やっぱり頼りなる人だ。
全員が空間の向こう側———四乃宮邸に入ったのを見送って入口を閉じた。
今度は座標を防衛局中央司令部にゲートを出そうとした時だ。
緊急アラートが鳴り響いた。
おそらく敵の第二フェーズだろう。
「これは長い一日になりそうだ」