惨劇の始まり
朝食をとるときにはすでに真衣姉さんは家を出ていた。
正確に言えば、紅葉さんに蹴り上げられて家を追い出されていた。
『指定時間を自分で言っておいて遅れるなんて言語道断。口にくわえていってきなさい』
紅葉さんが真衣姉さんにサンドイッチと水筒にブラックコーヒーを持たせて、文字通り蹴っていた。
予想はしていたが容赦ない。
———それはさておき、僕と理奈姉さんは朝食をゆっくり食べていた。
紅葉さんは、その傍らで慎ましくたたずんでいた。
食事を終えると、気になっていることを口にした。
「それにしても、真衣姉さん遅れずにつけたかな?」
「さあ? 出ていった時間からすれば、ギリギリなんとかついたころ合いじゃない?」
防衛局についても検問室で検査を受けてからの入場となるため、それなりの時間的余裕を持たないと不慮の事態で遅刻は免れない。
その件で先ほどまでたたずんでいた紅葉さんが口を開いた。
「おそらく、無事に到着はしますが、仕事の決行時間は遅延するでしょう」
まるで未来を見ているように話している紅葉さんが不思議だった。
到着はできるけど作戦に支障がある。
つまり不測の事態が必ず起きるといっているのだ。
「何か知っているの、紅葉さん?」
理奈姉さんが不思議そうに聞き返している。
僕も不思議だ。
自信に満ち溢れた声から確定事項と言わんばかりに聞こえる。
なぜだろう。
「今回、私はまだお嬢様を許しておりません。昨晩の件で、私の仕事を増やした償いをしてもらいます」
怨恨。
もはや執念さえ感じる。
だって背後に『ゴゴゴゴゴゴ』ってわかりやすいオーラが漂っている。
「あ、あの、具体的にどんなことが起きるのでしょうか、紅葉さん………」
「目には目を歯には歯を、です」
うん?
どうゆうことだろうか。
「お嬢様に持たせた、コーヒーに下剤が混入しております」
一服盛っていた。
それがメイドのすることなの?
姉一号のことは放っておいて僕は、東ブロックへ行くために準備をしていた。
さて、準備が整ったので出発しようとした時だ。
珍しく、慌てた表情をした紅葉さんがこちらに駆け寄って来た。
「紅葉さん、どうかした?」
その問いに、
「地上東ブロックが襲撃されていると報告が来ました!」
その言葉で頭が真っ白になった。
だって、警報は鳴っていない!
「今しがた、アラネアから連絡が来ました! すぐに———」
その言葉を聞き終わる前に、僕はゲートを開いて目的地に跳んでいた。
「つきましたよ、大佐」
「あ、ありがとう」
いまだにお腹がうなり声をあげているなか、目的地についてしまった。
できれば、今すぐにでもウォシュレット付きトイレに引きこもりたい気分だが作戦決行を決めたのは自分だ。
まさか一服盛られるとは思ってもみなかった。
作戦時間を一時間も遅延することになった。
未だに唸り声をあげているお腹が不安で仕方がない。
こんな時は、早く済ませるに限る。
「目的の建物の索敵はどうしますか?」
「いいよ、すぐ突入で。めっちゃ苦しいし………」
「大佐、しっかりしてください。日程を決めたのは大佐なんですから」
「いやね、うちのメイドに一服盛られるとは思ってなかったから………」
「日ごろの行いが悪いのでは?」
私の心を抉る一言を発するとは………。
この部下、有能では?
「でもね、私はいつも通りに………」
「早く済ませましょう。ぐずぐずしてないで突入してください」
『この部下、もしかしてうちのメイドの親戚では?』、と思ってしまった。
先行部隊に遅れながらも合流し対象建造物を見る。
見た目は旧都市にある町工場を連想させるものだ。
これが一夜にして現れるのは不可解だ。
通信を確かめるためにみんなに一声かける。
「警戒を厳となせ。罠の可能性が大いにある。故に慎重を期して対処に当たれ」
皆に外線で通達する。
しかし、問題が発生した。
「大佐、南エリア外部隊と通信できません。機材故障でしょうか?」
「的場ちゃん? ここは敵地だよ? 通信遮断をしている可能性が大いにあるよ。通信兵、ジープで、ここから移動して通信可能エリアまで後退し、南エリア担当部隊と連絡し、作業に当たれ」
「了解」
まったく、いつもの的場ちゃんらしくない。
いつもなら、こんな初歩的なことを言う人間ではないはずなのに………。
的場ちゃんとは長い付き合いだ。
すでに今年で15年一緒にいる。
だからこそ、違和感を覚えるが今はおいておく。
人間だれしも、かみ合わないタイミングがある。
周辺索敵を終えた部隊員から入口を発見したとの報告を受けているが、罠の可能性があるところからご丁寧に入る必要はない。
「C4爆弾を設置しろ」
「はい」
入口に罠の可能性があるのなら別な入口から入るだけである。
「総員、耳をふさげ」
「点火!」
すさまじい爆発とともに壁は崩れ落ちていた。
「総員、ここで待機せよ。中は私が確認してくる」
「了解です。その間、周辺索敵しておきます」
教育の成果か、言われずとも自分の役割をこなしていく部隊を誇らしく思う。
気持を切り替えて内部に突入する。
突入して早々に、床に転移魔法陣が書かれているのを見つけた。
魔法は一人一つの原則ではあるが、こうして魔法陣を書いて自分とは違う系統の魔法を使用することは可能だ。
ただその分、手間と時間が必要になるのも事実。
実用性としては、いまいちだ。
トラップとしては、いいかもしれないが魔力感知にも引っかかる。
ただ、今回の魔法陣は何か物を移動させた痕跡があった。
情報を仲間たちと共有するため無線を入れる。
「内部に魔法陣発見。武器の輸送に使用された可能性あり。慎重に進む」
自分の装備している熱源感知器を頼りにあたりを索敵する。
しかし、あたり一帯を調べても何も出てこなかった。
諦めて引き返そうと思ったところである一室を発見した。
壁ごしだが、熱源と運動を感知した。
内部を確認しようとしたが、壁が分厚いのか遮蔽盤をしようしているのか。
仕方がないので、扉の取手に手をかけ勢いよく内部に突入した。
———間違いだった。
中には見覚えのある顔が参列していた。
忘れるものか。
ずっと、私のことを守ってきた人達の顔を。
その中に見慣れた顔があった。
慣れ親しんだその顔が———。
「………エバンス」
椅子にロープで身動きを封じられ———。
胸に爆弾を設置された状態で。
思考が停止している間に、ピーという音がこの施設中に響き渡った。
足元にいた人が私を部屋の外に蹴りだして———。
彼らは、
笑っていた。
エバンスもまた静かに笑っていた。
必死に手を伸ばし———。
あたりが光と衝撃に包まれた。
「かっ、は」
肺から湧き上がってくる息を吐きだし、自分の体を確認する。
幸いにも打撲と脱臼程度で済んでいる。
骨折や外傷がないのは不幸中の幸いだ。
脱臼した肩を無理やりはめ直して、瓦礫に手を伸ばす。
無様。
覆いかぶさっている瓦礫を吹っ飛ばし、自分の体を起こして施設外に出る。
体のあちこちが痛いが問題ない。
この程度は、うちの使用人に鍛えられている。
問題になりえない。
「四乃宮様、ご無事ですか!?」
駆けつけてきた部下たちを手で制しながら支持を出す。
「作戦中止、即コロニー戻る。的場ちゃん、南エリアにも通達」
「それが、南エリアの部隊たちとあいかわらず連絡が取れないんです。ノイズがひどくて連絡のしようがない状況です!」
つまり………
やられた!
北と南の両施設自体が罠!
そもそもわたしたちをこの場所におびき寄せることが目的か!
「急いで、コロニーに戻る。総員撤収、急げ!」
「なんですか、大佐。せめて理由を聞かせてください!」
隊員の一人が撤収準備を進めながら聞いてきた。
手を止めずに方針に従う姿は教育の賜物だ。
また、みんなが気になっていることを率先して聞くところもまた有能だ。
だが、ことは一刻を争う。
「奥に進んだ先に、熱源を感知して突入したところ見覚えがある顔を発見した」
昔、落ち込んでいた私に笑い方を教えて、鬼のメイドからかくまってくれたあの老人。
そして、お父さんが救った命。
「地上東ブロックの人だった」
地上東ブロックで商業を営んでいた人であり、我々が守らなければいけない人だ。