帰るべき場所
最寄り駅から降車し、家を目指す。
住宅地の外れ、コロニー円周付近に開けた一等地がある。
ここが生活している家だ。
家といっても間借りしているところだが。
でも、本当の家といっていいものなのかわからない。
僕の保護者はここで働いている住み込みメイドだ。この家ではそのメイドの養子ということで、居候している身の上のため、空き部屋を一室貸してもらえている状況だ。
………訂正して言うなら家というにはデカすぎるので邸宅といった方がいいのかもしれない。
邸宅の門外についているチャイムを鳴らす。
この時間帯は門の施錠システムが働いている。
まあ鍵は開けられるのだが、めんどくさい。セキュリティーの暗証番号が一か月おきに変わるの?
しかも、12桁のランダム選択。
この件で、姉一号は、時々イライラして施錠どころか門ごと破壊して帰ってきたこともあった。
当然、お説教されていたが。
だから、家にいる姉たちがいるのであれば開けってもらうことにしている。
『……今、開けるから待って』
インターフォン越しに気だるげな声が出迎える。姉二号が出迎えるあたり今回のゲームは期待度が高いらしい。反応が早いことを見るに待機していたことが伺える。
開かれる門を通り、中庭に差し掛かったところで、テンションが高い声に呼び止められた。
「おはよ、トキ君!」
問題児の姉一号に捕まった。
四乃宮 真衣。
僕より2つ上の姉だ。
だけど、プライベートでの人懐っこさや、やんちゃさは今年で25歳を迎える人とは思えないものだ。
姉とは言っているが、僕は拾い子なので血のつながりはない。
さらに言えばこの四乃宮邸の現当主様でもある。
四乃宮家は、このコロニー内で代々重役を務めた家系であり、コロニー内でも邸宅を持てる富豪の家だ。
———しかし本人は自覚が一切なく問題ばかり引き起こす困った人である。
天才ではなく天災だ。
でも、幼い僕を拾ってくれたのも真衣姉さんだと聞いている。
記憶がないにしても感謝は常にしている。
この世界では、生きていくだけでも大変な世の中なのだ。
どうして拾ってくれたのかもわからないが、この人にはこの人なりの信条がある。
一度聞いてみたけれど、笑ってごまかされた。
そこらへんは、姉達が気にしないのであれば僕は別にどうでもいい。
だが、おつかいにどれだけの荷物を運ばされたのか知ってほしいためにリュックからガバガバとその場で出した。
「かなりの荷物じゃない? 何のためにお使いを頼んだと思っているのよ」
「防衛局員は、コロニー内での魔法を禁止されているはずだよ、真衣姉さん?」
「破ればいいじゃない?」
「ルールがなければ無法地帯になるよ」
この姉は、自分こそがルールであると言わんばかりの口調で言ってくる。
「かたーい。あなたは特例許可人だからべつにいいじゃない」
口をとがらせて、問題児の姉一号が拗ねていた。
特例許可人。
魔法の行使をコロニー内で使用を許された特別な身分のことだ。
ただし、事後で書類は提出しなければいけない。
つまり、だ。
確かに自分の魔法を使えば荷物という重量は関係ない。しかし軍属勤務の自分には魔法が規制されているため市街地で魔法を使うことは問題になる。特例でもない限りは特例許可人でも魔法は使用できない。ただ、特例条件時に即時使用できるように取り図られている。
そこを姉は突いているのだ。
ギリギリのアウトコースを責めるのが姉一号のやり方だ。
ただし、自分のことは棚に上げる。
「さ、夜勤明けでしょ? 荷物をいっしょに運ぶから早く寝なさいよ」
「———夜勤明けって知っているのなら、買い物頼まないでよ、真衣姉さん」
「♪~♪」
口笛をわざとらしく吹きながら聞こえないようにしているようだ。
それでいいのか、24歳。
そうこうしていると家の玄関から長髪でだぼだぼのジャージを着た姉二号が出てきた。
「………遅い」
どうやら待ちきれず、イラついて飛び出してきたようだ。
普段はスーツ姿なのだが、完全にオフモードである。
「早く、プレイしたい。箱出してよ」
「僕の気苦労くらい考えてよ、理奈姉さん」
愚痴と一緒に、脇に抱えていた小さな段ボールを渡す。
「よくやった、トキ」
そういって微笑みながら姉二号は箱だけ受け取った。
月下 理奈。
元々四乃宮家とかかわりがあった家庭であったが、両親が他界していしまったため、四乃宮家の元に引き取られ一緒に暮らしている。
あと、僕のことを切ってもいいサンドバックか何かと勘違いしている人だ。
「早くプレイしないと」
目をキラキラさせて箱を覗いていた。
おそらく、今回のゲームをやりたいためだけに有給をとったに違いない。
理奈姉さんはパッケージ版派だ。
なんでもそっちの方が効率いいとのことだ。
僕の労力効率は考えてくれないらしい。
無念。
いつまでも引きずっていると気分が沈んでいくので話題を変えよう。
「そんなに今作は出来がいいの?」
理奈姉さんに聞くには愚問かもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「今作はいつもと違う! 御三家がいつものタイプじゃないし、新タイプが追加されたから!」
目のキラキラ度が一気に増して話す理奈姉さんをみていると、少しだけ報われた気がした。
ただ、理奈姉さんのことだから、金ピカのコイを捕まえる旅から始まることだろう。
ああ、釣り竿を探すところからか………。
昔も一度だけ同じシリーズを理奈姉さんとやったことがあるが、完全にプレイスタイルが違った。
正直、色違いとかそんなものどうでもいい。
個体差とかも、別にどうでもいい。
ただ、純粋に出会ったヤツが友達であり相棒である、と思っていたから。
ちなみに、僕のプレイスタイルは、蝙蝠型を最優先で捕まえに行く。
かっこいいから!
「今作は3部作だからみんなでできる」
「え、僕も?」
「は? この家の一番の稼ぎ主のいうことがきけないの?」
容赦ない。
が、仕方がない。
実際、僕の給料一か月分で比較しても桁が違うのだから。
理奈姉さんのいう通りである。
まさしく、効果はバツグンだ。
そんなこんなで、この家の底辺権力者である僕は従うしかない。
「………わかったよ、理奈姉さん」
今回は僕と真衣姉さんも同時にやるらしい。
まあ、でも僕の場合は強力な助っ人(四歳児)がいる。
スミレちゃん(四歳児)は、僕よりもゲームが得意である。
つまり、ゴーストプレイヤーになってもらう。
それにここのところ不規則な生活リズムのため、ゲームをしている時間が取りづらいというのも理由の一つだ。
「サブタイトルは何だったかしら?」
僕と真衣姉さんは、ゲームをやる時間がとりにくいのでそういった情報に疎い。
基本的には、理奈姉さんから降りてくる情報でどういったものなのか知っていくスタンスだ。
ただ理奈姉さんは、昔のゲームを主体にやるのでみんなの話題からズレていることがあるので、今回のように時代に沿ったものは少ない。
格ゲーをやっているときは、
『まだだ! まだ終わっていなーい!』
って、叫んでいた。
今の人達に、どれだけそのネタをわかってもらえることか。
そうこうしている間に、理奈姉さんが段ボールを強引に開き、3つのパッケージが出てきた。
「エンジェルダークとデビルホープ、ピースキーパーの3つ」
3つとも独特なデザインで毒々しい表紙が見える。
とても全年齢対象のゲームだとは思えない。
「タイトル重くない?」
「システムは大人向けだから。今回はタイプ相性よりも、特性重視だから」
「いや、古参層向けだよね? 新規向けじゃないよね?」
「子供より大人の方がお金あるでしょ?」
それをいったら終了な気がする………。
———大人の汚い戦略が見え隠れしている。
「じゃ、真衣姉さんはピースキーパー、愚弟はエンジェルダークやって」
「りょりょ」
「はいはい、わかりましたよ」
この家族の中で一番地位が低い立場からすると選択権はない。
「ふふふ。わかればよろしい、愚弟」
まあ、理奈姉さんの要望はかなえてあげたい。
でも、基本的にスミレちゃんに渡すようにしている。
前に、ナトラス社のゲームを僕よりも理解していた。
コミュニティがどうだの、イベントを発生させるためには器用さが足りていない、とブツブツいっていた。
本当に四歳児なのか疑ったほどだ。
———が、問題がある。
「でも理奈姉さん。僕、本体持ってないよ?」
「えっ………」
「わたしも!」
「………」
そこは失念していたみたいだ………。
「………すぐ取り寄せる」
今の技術ならすぐ届くだろうけど………。
さすがに少し眠い。
それを真衣姉さんは見逃さなかった。
「理奈、早く家に入らない? トキ君は夜勤明けよ?」
真衣姉さんが理奈姉さんの間に入る。
「………興奮していた」
そういって二人とも邸宅に入っていく。
去り際にさりげなく、買ってきた荷物を持って行ってくれるあたり、二人の温かみを感じる。
食卓には、自分の分の食事にラップがかかっていたのでレンジで温め直す。
その間、居間の方に行き、こたつの中に入る。
この時期のコタツには、驚異的な吸引力がある。
一度、吸い込まれると抜け出せない罠だ。
最悪、意識を手放してしまう。
居心地の良さから、眠ってしまうのだ。
………でも、気持ちいい♡。
ああああああああああああ♡
どんどん体が引き込まれていく。
だけど、そんな幸せは姉一号の到着によって終焉を迎えた。
「はいはい、詰めて詰めて………蹴り飛ばすよ?」
「いや、もう真衣姉さんの脚が僕のお腹を蹴っ飛ばすから、動けないのだけど。あと痛い」
問答無用で、脚をコタツの中で脚をばたつかせるため、僕のお腹に踵落としが入る。
もし、朝ごはんを食べていたのならそのまま口からリバースしていたことだろう。
「我が家のコタツは、フロアに似合わず小さいからしかたないじゃない」
確かに小さい。
中に入れて二人くらいだろう。
なんでも、真衣姉さんのお母さんの時代から使っていたらしい。
でも、だからと言って僕を蹴っていいことにはならないからね、真衣姉さん。
「というか、もう出社時間だよね、真衣姉さん?」
「いいじゃない。時間は自分だけの物よ? 仕事に支配されるなんて馬鹿らしくない? 少なくとも他人にとやかく言われるのは間違っていると思うのよ」
ふーん。
「紅葉さんの前で、同じことが言えたらその主張を信じてあげる」
「………せめて、コタツのぬくもりを———」
「二度寝するでしょ? ほら、着替えよ?」
遠くの方で、レンジのなる音が聞こえたので、一度、朝ごはんの準備だけを進めて真衣姉さんの部屋に向かう。
真衣姉さんの着替えを取りに行くためだ。
姉一号の部屋から出社用の衣類一式を取り出す。
リビングに戻ると、つけていたテレビから特報が流れた。
『速報です。宗教国家アルカディアが全コロニーに対して宣戦布告を発表しました。隣接するコロニーにでは、今でも交渉が続いておりますが、衝突の回避は困難を極める状況となって———』
また、面倒な話題が出てきた。
以前にも所要で行った時、あの国はめんどくさいしがらみがあって、人間至上主義者たちがコロニーの存在を神への妨害行為やら、人類の明日を閉ざす行為だとか、何かにと難癖をつけていた。
そしてここに至って、宣戦布告………。
「また? トキ君さぁ、もう一度行って来たら?」
「何言ってんの?」
「だってさ、この人たち現実が見えてないようだから」
「行っても同じ結果、もしくは時間稼ぎくらいにしかならないよ」
「そうかなぁ、あそこが導入している勇者システムさえぶっ壊せばそろそろ実感してくれると思うけど?」
「前回の勇者様を倒したけど、現状変わらないってことが実証されたよ」
「………ああ、そうだったわね。トキ君、サクッと仕事してきたんだっけ」
宗教国の思想には理解が及ばないからほんとに厄介である。
正直な話、いつでも潰そうと思えば潰れる国ではあるが人道的面から顧みて交渉というテーブルは用意されている。
それに歴史の浅い国であり、今から50年程度の建国だ。
だからこそ、強気で来ているという節がある。
道徳観を逆手に取った心理的圧力というやつだ。
『我々は弱いのに、暴力で解決するのか』、という支離滅裂なことをやっているのだ。
実際に暴力で解決しようとしているのは、自分たちなのに。
しかしながら、国際的な世論には確かに効果はある。
現場の最前線で何人の死体が詰まれようとも、コロニー側は発展した国としての教示を示さなければ、非難を受けることになる。
実に非合理的な話だ。
世界を俯瞰した視点からみれば現場での死人がどれだけ増えようとも、数字としか思われない。どれだけ世間が発展しても遠い世界のことだと切り捨てている。
いつの時代も民間人の思想と軍部の危機感は、すれ違い、摩擦が生じる。
まあ、でも落としどころを誤れば、アルカディア側も大粛清か国の崩壊を迎えるだろう。
はたして、こんな甘え切った思想に浸かった国に、そこまでの器用な舵をとる人物はいるのだろうか。それとも自滅願望でもあるのだろうか。
そんなとき、まるで思い出したかのように真衣姉さんが話を振ってきた。
「あ! ところでさ、うちの部署に早く移動してくれない? うちの隊員たちから要望が大多数きているんだけど?」
まただ。
別に興味ないのに。
「言っているでしょ? 特務隊には行かないよ。めんどくさい作業が多そうだし」
「給料は上がるよ?」
「めんどくさいのがいやだから今のままでいい」
「ちぇ」
自分の自由財産は現状のままでいい。
………いや、たしかに給料が上がってガチャできるならうれしいけれど。
どう見たって、剣崎と四乃宮のイザコザだろう。
「あきらめないから、はやく部署移動しておいで」
手をひらひら振りながら、着替え終わった真衣姉さんが玄関に移動していく。
特務隊なんて他部署が扱いきれない人物が最終的にくる厄介ごと部署だ。
絶対にヤダ。
そうでなくても僕の休日中に特務隊の人から『姉さんを止めてくれ』、と苦情が出た結果が明日の休暇にあてがわれている。
これで何度目の振休だろうか。
自覚してほしいものだ。
そんな僕の気持ちなど気にせず、姉一号は気だるげに玄関に向かっていった。
「はあ、出社する前から帰りたい」
それは、社会人あるあるだから。
というか、真衣姉さんの場合、好きな時間に出社しているから、だいぶ優遇されていると思うけれど。
………それを許さないメイドが一名いるだけだ。
出社用のリュックを背負って、しぶしぶ出ていく姉一号の背中を見届けてから僕は、朝食にありつくことにした。